光翼
はるか天上。その肩口から数えて長さ数百メートルにも達する巨大な腕と、
瞬間、大気を震わせ、数十キロ先まで届かんばかりの爆風を発生させて激突する二体の巨神。
幾たびかの激突の後、その巨体を大きくはね飛ばされたのはグラン・ソラス。
まだ数合しか刃を交えていないにも関わらず、グラン・ソラスの強固な装甲にはいくつもの裂傷と亀裂が入り、ところどころから黒煙が上がっていた。
そして、対するグラン・レヴは無傷――。
後退し、小山ほどもある断崖を造成しながら片膝をつくグラン・ソラスに、グラン・レヴは冷徹なまでの正確さでその手に持つ馬上槍を構える。最早、グラン・ソラスにその一撃を防ぐ術はない――。
(――ここまで、なの?)
ミァンは、その槍が突き出され、迫ってくるのを見ていることしか出来なかった。
眼前に迫るグラン・レヴの一撃。槍の先端が激しい渦と気流を生みながら迫る。その穂先の勢いは緩慢に見え、しかし実際の速度は亜音速にすら達する。回避は、間に合わない。
(お願い、誰か――)
瞬間、ミァンの脳裏に父や母の笑みが浮かぶ。フレス・ティーナの操縦桿を握る手がガタガタと震え、自身の鼓動が早鐘を打つように激しくなる。
(誰か――助けてっ!)
――それは、彼女がずっと口にしなかった――いや、出来なかった懇願の言葉。
あのとき、リクトに戦えと言ったのはロンドだった。
逃亡を開始してから今日まで、兵たちの前では常に「力を貸して欲しい」と力強く宣言してきた。
全ては、自分を信じてついてきてくれた者たちを救うため――。
ミァンは、ずっとそう言い聞かせて気丈に振る舞ってきた。
本当は、一番助けて欲しいのは自分であったかも知れないのに――。
何の準備も、心構えもなく負うことになった女王という重責は、まだ十六歳の彼女の口から「助けて欲しい」というたった一言を奪い去り――――。
「――――わかったぁぁぁっ!」
閃光は一瞬。
グラン・ソラスの心臓部めがけて繰り出されたグラン・レヴの一撃は、突如として下方から出現した光の斬撃によって大きく軌道を逸らされる。
そして次の瞬間。まるでグラン・レヴからグラン・ソラスを庇うかのように、一体の
ミァンも初めて目にするその竜騎兵は、純白の甲冑に黄金の縁取り、そして背面には一対の勇壮な光の翼を大きく広げ、その手には同色の盾と、上下一対となった
「無事か、ミァン!」
「――リクトさんっ!?」
力強い声――。
ミァンは自身でも気付かぬうちにあふれ出していた涙にも構わず、操縦席から身を乗り出して叫んだ。
「無事だったんですね!? 良かった……っ!」
「ああ、ラティが助けてくれたんだ! ミァンやリンの声も聞こえてた!」
「ラティが? それに、私の声……?」
「助けてって、言ってただろ?」
その言葉に、ミァンはすぐに先ほどの懇願に思い当たる。そしてその懇願がなぜかリクトに届いていた恥ずかしさから、僅かに頬を染めてしまう。だがミァンはすぐに気を取り直すと、リクトを制するように口を開く。
「でも、これ以上あなたを戦わせることは出来ません! リクトさんとリンさんだけでも、ここから逃げて――」
「――友達!」
逃亡を促すミァンの言葉を、リクトは即座に遮る。
「さっき、ここに来たばっかりの俺たちのこと、友達って言ってくれたの。俺もリンもすげー嬉しかったし、助けて貰った。だから、今度は俺がミァンを助ける番だ!」
「リクトさん――……」
「――い――おい! リクト!」
リクトは力強い物言いで断言する。そして背面の光翼を広げ、体勢を立て直しつつあるグラン・レヴに向き直るラティ。そこに、少し遅れてブリングに乗ったロンドが飛び込んでくる。
「リクト! お前、なんともないのか?」
「なんともって……。それどころか、とんでもなく元気だけど」
「ロンド、リクトさんとラティに、一体なにがあったのです!?」
「ラティは……その竜は純血種だ。しかもこいつは、円卓で数百年欠けていた白竜の――」
「白竜――」
「――上だっ!」
リクトの身を案じ、そのまま状況の説明をしようとするロンド。だがそのとき、ロンドとリクトめがけ上空から猛烈な突風が吹き荒れた。
リクトとロンド、空中の二者はほぼ同時に反応した。だが、即座に回避機動を取ったラティに対し、ブリングはその本領が空中ではない。それが命運を分けた。
正確に狙い済まされた狂風の一撃はブリングの背面、流麗な水竜の尾びれを思わせる四枚羽根を粉砕し、機体の揚力を一瞬で奪い去る。
「ロンドさんっ!」
「チッ――……いいかリクト、やつの動きをよく見ろ! それがお前の勝ちを繋ぐ――!」
白煙を上げてグラン・ソラス胴体部分に落下していくブリング。そしてそれと入れ替わるように上空から出現したのは、たった今ブリングをいとも容易く破壊した紫色の竜騎兵――ファラエル。
「――我が居城、グラン・レヴを前にして歓談とは。舐められたものだな」
「カリヴァン・レヴ!? なら、今グラン・レヴを動かしているのは――」
「帝国の将兵を甘く見ないで貰おう。そちらと違い、巨神を動かせる者はいくらでもいる」
背面に広がる六条の翼を大きく展開するファラエル。それと同時、ファラエルの周囲に巨大な三つの竜巻が出現する。竜巻の中心部、ファラエルはその肩口から二振りの
「貴公があの剣の使用者だったとは――」
ファラエル内部、カリヴァンは眼下のラティに感慨深げな視線を向ける。その青い瞳に宿るのは、期待と、高揚――。
「――クレハ・リクト。なぜ私がグラン・レヴの指揮を他の者に任せ、ファラエルと共に出てきたかわかるか?」
「……あの馬鹿でかい馬も、さっきのを食らったらさすがに痛いってことだろ!?」
「そうだ。グラン・レヴの一撃を容易く逸らすあの斬撃。まともに食らえば、いかな巨神といえども無傷では済まん。そして――」
ファラエル周辺の竜巻が分裂と統合とを繰り返し、風はいつしか一個の巨大な生物であるかのようにうねりを増していく。そしてその狂風の向こう側、両刃槍を構えたファラエルが背面から凍結した水蒸気を周囲に放出、辺り一帯を猛烈なブリザードで覆い尽くす。
「――そしてなにより。貴公の真の力、この目で見たくなった! さあ、存分に果たし合おうぞ! リクト!」
「ミァン! 俺がこいつをなんとかするまで耐えられるか!?」
「っ――……」
その問いに、僅かに逡巡するミァン。
だが、迷いは一瞬だった。
今この瞬間、リクトと交わした言葉の一つ一つが、ミァンの心を支える力となっていた。彼女にとって、リクトが発した「助ける」という言葉にはそれほどの力があり、そして、暖かだった。
「――はいっ!」
「よーっし! 行くぞ、ミァン!」
片膝をついた体勢から力強く立ち上がり、大気を震わせる咆哮を上げるグラン・ソラスと、眼前に迫るグラン・レヴ。
そしてその狭間、光翼を展開して更なる上空へと飛翔するラティと、光翼を極寒のブリザードと共に迎え撃つファラエル。
大地を粉砕、鳴動させ、空間を引き裂いて互いに踏み込む二体の巨神。
円状に砕けた雲の中央へと上昇し、閃光の尾を引いて錯綜を開始する二騎の竜騎兵。
今、どこまでも続く広大な大陸の片隅で、滅亡に瀕した小国の運命を決する最後の瞬間が、その幕を開けた。
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