第四章
決戦
月は沈んだ――。
間もなく、長い夜が明ける。
遙か彼方、広大な草原をぐるりと囲むように浮かび上がる山脈の影――。
山脈の遠影がぶれる。時に小刻みに。時に大きく。
つい数分前まで草原だった大地に亀裂が入り、粉塵と土煙が音速を超えて吹き飛ばされていく。
まるで、大地震と流星の激突が同時に発生しているかのような大破砕。
そしてその中心地。踏み込み一つで大陸の岩盤までをも踏み砕き、その圧倒的な衝撃波によって大気中に真空すら発生させて殴り合う、二体の巨神――。
「はぁっ――はぁっ――! グラン・レヴの動きが、鈍くなってる――っ!」
グラン・ソラス頭頂部。ミァンはグラン・レヴが繰り出す
「ファル! グラン・ソラスの足を任せても構いませんか!?」
『もっちろん! まかせてよ~!』
「グレン! グラン・レヴの機動予測をもう一度やり直して!」
『かしこまりました! 姫様!』
次々と各所に声をかけ、ミァンは自身の操作を攻撃と回避のみに集中させる。
(私は――!)
感覚が研ぎ澄まされ、額を流れる汗も、度重なる戦闘による疲労も感じない。
「私は、決して一人ではなかったのに――!」
『姫様! グラン・レヴは
『そういうことならこっちの番だね! 右足前進! 距離300! このままつっこめー!』
馬上槍での一撃を躱されたグラン・レヴは、引き戻しと同時に距離を稼ぐため、その巨体の重心を後方へと移動させる。だがグラン・ソラスは逃がさない。
「左腕上昇、目標は
後方へと引き戻される
――インパクト。その瞬間、激突部周辺の大気全てが一瞬で消滅。同心円状に広がるソニックブームを発生させ、半径数十キロ内の三次元空間全てを鳴動させる。
初めて直撃を食らったグラン・レヴの全身がいびつに震え、その四つ脚が悲鳴を上げる。同時に、各関節部から蒸気とも煙ともつかぬ気体が激しく放出され、それはあたかもグラン・レヴの苦悶のうめき声のようですらあった。
『このまま左足出すよ! 重さならこっちが勝ってる! つぶしちゃおう!』
『姫様!
「わかりました!」
グラン・レヴへと凄絶な一撃を加えたグラン・ソラスが
「――グラン・レヴが!? カリーンめ……あれほど侮るなと――!」
「――うおおおおおおおおお!」
――天上。巨神の一撃で襲い来る衝撃波を真空のシールドで逸らしつつ、眼下で苦戦するグラン・レヴに目を奪われたカリヴァン。刹那、その隙を見たリクトがラティと共に高速で突撃する。
星空の下、激突する二騎の
「それは――っ、もう見てる!」
その声に応えたラティは光翼を展開。亜音速で迫る狂風の弾丸、その軌道を高速、かつ鋭角な空中機動で躱して加速上昇。一瞬でファラエルの位置まで接近すると、その手に持つ
「――速い、だが!」
ラティの斬撃を
「それも見た!」
高速反転し、右手の盾で
「ラティ!」
だがラティは即応する。
「ロンドさんの言う通りだ――。さっきは全然見えなかったのに、今は見えるっ!」
「やはり、恐るべき才覚――!」
空中を滑るように弾き飛ばされるファラエル、そしてその内部。円卓と呼ばれる選ばれた騎士のみが列席する称号、その第七席を賜るカリヴァンは、半ば驚きと賞賛を持ってラティを見据えた。
真の姿へと化身したラティの速度と機動性は先ほどまでの比ではなく、操縦者であるリクトは、刃を交えるごとにその反応速度を増していく。そしてなにより――。
「光……これがあの竜の
ファラエルの周囲を守護し、敵対者の動きを阻害するはずのブリザードが、ラティから発せられる光によって溶解し、その勢いを弱めていく。
ラティの発する閃光には明確な意志と圧力とがあった。その光はまるで障壁のようにラティを護り、刃のようにファラエルを害した。
「フッ――。どうやら、私は伏竜を目覚めさせてしまったようだ……が、それでこそ私が直々に手を下す価値があろうというもの!」
「――来るっ!」
背面の翼を広げ、ファラエルが飛翔。上昇したファラエルは鋭角に反転、翼を畳み、一条の流星と化してラティへと直下突撃。対するラティは迎撃の構え。光翼を展開し、光の障壁を構築する。
そして次の瞬間、二騎の竜騎兵は中空で激突。迸る閃光――。
ラティは降下するファラエルの勢いを殺しきれない。二騎は激しく鍔迫りながら、組み合う二体の巨神中央へと落下していく。
「見事だクレハ・リクト! 貴公と敵同士であったこと、偉大なる竜の導きに感謝せずにはおれん!」
「あんたは――そんなに戦いが好きなのか……!?」
「立ちはだかる強敵と戦い、勝利する! 騎士にとり、これ以上の誉れはなかろう!」
ラティ内部。一瞬で加速して流れていく周囲の景色。そして眼前で紫色の瞳を発光させ、凶暴な笑みを湛えているようにすら見えるファラエル。
闘争が身近ではない現代で生きてきたリクトにとって、カリヴァンが述べたその口上と信念は、とうてい理解しがたいものだった。だが――。
「――悪いけど、俺はあんたを倒して終わりじゃないんだよっ!」
ラティが吠える。きりもみの急降下から一転。二騎の竜騎兵は巨神同士の激戦、そのほぼ中央で弾かれるように二方へ分かれる。そしてそんな二騎に構うことなく、グラン・レヴはその手に持った数百メートルもの長さを誇る
ゆっくりと、大気を引き裂く轟音とともに落下していくグラン・レヴの
飛翔し、速度を上げ続けながら剣戟の火花を上げ、接近しては離れるを繰り返す。一条の光翼と、一条の紫色のラインが互い違いに入れ替わり、落下による凄まじい風圧と衝撃波すらものともせず、その雌雄を決するべく二騎の竜騎兵は刻一刻と決着の時へと近づいていく。
小さな山脈ほどもある
頭上では武器を放棄したグラン・レヴが、グラン・ソラスの肩口を痛烈に殴打。グラン・ソラスも同時に拳を繰り出し、クロスカウンター気味にお互いの装甲を粉砕。砕けた城郭が無数の岩塊となって落下していく。
「――ミァンっ!?」
「グラン・レヴ……これ以上は保たんか。ならば――!」
ファラエルが甲高い咆哮と共にラティの斜め上方へと後退。その装甲部から今までとは桁違いの寒気が放出され、周囲で落下する砕けた岩塊すら一瞬で凍結させていく。そしてそれほどの寒気、その全てがファラエルの
「終わりの時は近い! 我が必殺の剣を受けよ、クレハ・リクト!」
全てを圧倒するファラエルの――否、カリヴァンの剣気。それを正面から受けたリクトもまた、決着の予感にじっとりと汗ばんだ掌で操縦桿を握り締めた。
「俺は――――」
吹きすさぶブリザード。その中で、光翼を展開し、ゆっくりと構えを取るラティ。
「――俺は! あんたのいるその先に、用があるんだ!」
大上段に大気の剣を構えるファラエルめがけ、ラティが飛翔する。光翼が煌めき、全身から閃光を発したその姿はまさに光の矢そのもの。
そしてその光を両断せんと、刃を振り下ろすファラエル。
これが――死力を尽くして戦い抜いた二騎の竜騎兵。その最後の交錯だった。
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