夜明け


「その光と共に、砕け散れ――白龍ッ!」

「そこを――……どけえええええええええっ!」



 交錯は一瞬。



 ファラエルの纏う極寒の息吹ブレスと、ラティが纏う閃光の息吹ブレス


 大上段から振り下ろされる、極限まで圧縮されたブリザードの大剣。

 遮る物全てを穿たんと、亜光速の領域まで達した光の矢。




 すれ違う二騎。それはまるで、時が止まったかのような瞬間――。



 

 刹那――振り下ろされたファラエルの大剣が砕ける。


 すれ違いざま、ファラエルを貫通した光の矢は止まらずに加速。一条の閃光となり、窮地に陥ったグラン・ソラスめがけて天へと昇る。


 幾たびもの死線を潜り抜け、何者にも劣らぬ勇姿を誇った紫色の竜騎兵ドラグーン。その右半身が吹き飛び、背面の六条の翼のうち、四枚までが割れたガラスのように飛散する。



「我が刃――及ばず――か。すまぬ、ファラエル――」



 制御を失い、ひび割れた大地へと落下していくファラエル。



 リクトは、振り返らなかった。一瞥もしなかった。彼にはやることがあった。彼には、彼を待つ人がいる。ここが例え、数時間前に訪れたばかりの遠い異世界の地であったとしても、彼がやることは何も変わらなかった――。


(みんな――今行くっ!)


 光翼を展開し飛翔するラティ。純白の竜騎兵が向かうその先では、今正に攻城戦 シージの決着がつこうとしていた。




 ○   ○   ○




『姫様ぁっ! 中央制御室から伝令! 心臓コアのダメージは甚大! これ以上は保ちませぬ!』

『ひゃあ~~! こっちもガクガクだよぉ! ボクの予想だと、グラン・ソラスが動けるのはあと30秒!』


「はぁ――っ! はぁ――っ!」


 グラン・ソラス頭頂部のフレス・ティーナ内部。衝撃によって額から流血し、血と流れ落ちる汗とで、その美しい亜麻色の髪を頬に張り付かせたミァンが、荒い呼吸で呻く。



 ――序盤の劣勢から、グラン・ソラスはよく持ち直した。


 恐らく、途中でカリヴァンが出撃したためだろう。その後のグラン・レヴの動きは明らかに鈍っていた。ミァン以下ソラス王国の面々、そして自らも戦うと名乗りを上げた多くの民は、一丸となってグラン・ソラスを動かし、戦った。


 だが、攻城戦シージの開始から数分でカリヴァンから受けた損傷は大きく、その差はこの最後の時になって如実に表れてしまう。


 グラン・レヴが動く。既に武器も失い、グラン・ソラスと同様各所から黒煙を上げてはいるが、まだグラン・レヴは動けるのだ。



「はぁ――っ! はぁ――……っ。あきらめ、ない――っ!」



 ミァンは考える。勝つための策を。生き残るための策を。


 

(ソラス王国のため――? みんなのため――?)


 

 ミァンは考える。自分が戦ってきた意味を。これから先も戦い続ける意味を。



(なんのために――? いいえ――それは、先ほどよくわかりました――)



 ミァンは思い出す。思わず心の中で叫び、リクトが拾い上げた「助けて」という言葉を。あれは、「助けて」という意味だったのだ。



 そこには女王としての威厳も、気丈さもなかった。

 そこにあるのは、ただただ生を渇望する、一人の少女の願いだけであった。


 そして、かつての自分であれば恥じたかも知れぬその願いを、今のミァンは素直に認めることが出来た。



(そう、私はまだ死にたくない――。みんなと一緒に、もう一度見たい。みんなが笑顔で、平和に暮らしていた、あの頃のソラスをもう一度見たい――)



 それは、彼女が幼い頃より暮らしてきた、緑の木々溢れ、青く広がる湖と広大な草原、そして色とりどりの花々に囲まれた、在りし日のソラス――。 



(私は――まだ死ねない! みんなと一緒に、ソラスに帰るまでは!)



 ミァンがフレス・ティーナの操縦桿を力強く握り閉める。煌めくようなミァンの瞳に希望の光が宿り、その視線はまっすぐに眼前のグラン・レヴへと向かった。



 そして、その瞬間――!



「ミァァァンッ!」

「――リクトさんっ!」


 ミァンの大きな瞳に、夜明けの陽光のように立ち昇る光が差し込む。この光こそ、ソラスの民全てが死力を尽くして戦い抜いた先に掴んだ、希望の光――。


「ミァン、を使え!」

「リクトさんを――……?」


「手を出して!」

「手を……っ! ――わかりました!」


 ミァンが操縦桿を引き絞る。それを受けたグラン・ソラスの右腕が、最後の力を振り絞って天へと掲げられる。その巨大な掌は全開まで開かれ、何かを必死に掴もうとしているかのようだった。



「よおおおっし! いくぞラティ!」


 ――うんっ!――



 リクトとラティ。二者は同時に雄叫びを上げた。

 その叫びは、天上の大気を震わせて遙か彼方まで届いた。


 瞬間。ラティの体が閃光に包まれる。閃光は一条の光の刃となって天へと昇り、その衝撃は、まばらに散らばる雲海を円状に吹き飛ばした。


 それは、まさしく、ミァンが初めてリクトと出会ったときに見た――否。それよりも遙かに巨大な、天を穿ち、星々の領域にまで届く光の剣であった。


 グラン・ソラスがその光を掴む。

 グラン・レヴの足が止まり、怯えるように後退する。


 眩いばかりの閃光は全てを照らし、二体の巨神はその光の中で、巨大な影をお互いの背に落とした。



「ミァン!」

「――はいっ!」 



 グラン・ソラスの右腕がゆっくりと振り下ろされ、太陽と見紛うばかりの光がグラン・レヴの頭上から、袈裟斬りに降り注いだ。


 

 一閃。


 

 巨大な騎馬人ケンタウロスの影が斜めにズレる。同時に、振り下ろされた光はグラン・レヴを貫通。巨神の背後に広がる広大な草原に、果てすら見えぬ断層を刻んだ。




 大地を鳴動させ、崩れ落ちていくグラン・レヴ。




 その巨体から何騎もの竜騎兵ドラグーンが散り散りになって飛び去っていき、そのうち数騎は落着したファラエルを抱え、そのまま闇の向こうへと消えていった――。




 攻城戦シージによって荒れ尽くした草原の中央。原型を失い、岩塊と砂の巨大な山となるグラン・レヴ。そして、それを見下ろす人型の巨神――グラン・ソラス。




 グラン・ソラスの肩口から、ゆっくりと大地に光が差し込んでくる。

 それは、世界を照らす太陽の光だった。




 夜は明けた。

 攻城戦シージは、終わった――。

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