いつか、帰るために


 ひび割れ、荒れ果てた大地を、穏やかな太陽の光が照らす。


 東の空が白く輝き、先ほどまで漆黒だった空は、淡い紫色と暖色のグラデーションによって鮮やかに彩られていく――。


  

 

 陽光に照らされ、山ほどもある巨大な影を大地に落とすグラン・ソラス。


 戦いを終えたリクトとラティは、純白の粒子をその身に纏いながら、グラン・ソラスのすぐ側。激しい攻城戦シージによって、今や街一つ飲み込むほどの大きさとなったクレーターの中に、ゆっくりと降下していった――。




「ふぅ――おつかれさま、ラティ」


 ラティが差し出した掌から地面へと飛び降りると、リクトは共に死闘を潜り抜けた愛竜へと笑みを向け、ねぎらいの言葉をかける。すると、それを受けたラティもまた嬉しそうに喉を鳴らし、太陽の光を背に、その勇壮な姿を直立させた。


「ははっ! これからもよろしくな!」




「リ――トっ。リクトーっ!」

「――リン?」


 陽光の眩しさに目を細め、ラティを見つめるリクトの背後から聞こえる声。

 見れば、そこには何頭もの馬に跨がった騎馬隊と、老境の騎士、グレンの背に掴まってこちらにやってくるリンの姿があった。


「リクトっ! あんた大丈夫なの!?」

「リンのほうこそ! なんともなかったか?」


 リンはいななきと共に停止した馬から飛び降りると、そのままリクトに駆け寄って肩を掴む。そしてリクトの無事を確かめるように背中や腕、足をぺたぺたと叩き、その間にもぶつぶつとリクトの無茶を責める言葉を連ねていく。


「なにが「絶対に二人で帰ろうな」よ! いきなりやられたりして、私がどれだけ心配したかわかってるの!? 死んだら帰れないでしょ!」

「で、でもさ……俺のせいでリンをこんなとこに連れてきちまったし、俺がなんとかしようって――むぎゅ!」


 そこまで言ったリクトの頬と口を、リンは自分の掌で左右から押し潰すようにして塞ぎ、言った。


「いい!? この際だからはっきり言っておくけど、私は、あんたが危険なことをするのは絶対に嫌なの! あんたが死にそうになるなんてもっと嫌! ここに連れてこられたことなんかより、ずっとずっと嫌なの!」


「ぎゅん――(訳:リン――」

 

「つまりこういうこと――。あんたは、私を絶対に守って、私が困ってたら助けて、そして自分も危ないことはしないし、死んじゃだめ。それで二人で家に帰るの。わかった?」


「むぎゅっぎゅ!(訳:わかった!」

「――よろしい!」


 リンは一息に言い切ると、ようやくリクトの口を解放する。そんな様子を見ていたグレンを初めとしたソラスの騎士団も、少年と少女の微笑ましいやりとりに目を細めた。




「――リクトさん、リンさん。お二人とも無事でよかった」


 そして、そこに進み出るミァン。


 ミァンはすでに怪我の手当を受けたのか、額と肩口には布が巻かれ、その顔には疲れも見える。だが、彼女のその美しい顔にははっきりとした笑みと希望の色が浮かんでいた。


「リクトさん。ソラスを代表してお礼を言わせて下さい。あなたがいなければ、私たちは今こうしていることはなかったでしょう。本当に――ありがとう」

「お礼を言うのはこっちのほうだよ。ミァンも、ラティも、ロンドさんも、みんな俺のことを助けてくれた。ありがと!」

「そ、そんな! それに、リクトさんには……その…………」

「あっ――」


 何かを言いかけるミァン。だが、そこでリクトは何かを思い出したかのように声を上げる。


「そういえば、ロンドさんは!?」

「……――そういえば! じゃねえ。心配すんな。無事だよ」


 言いながら、ミァンの後方から現れるロンド。その姿に怪我はなく、僅かに砂埃で汚れている程度だった。


「まさかあの風雨の騎士を倒しちまうとはな。まぐれとはいえ、よくやったもんだ」

「うん。ロンドさんのアドバイスのおかげだよ。とにかく見た!」

「そっか――なら、俺のおかげで勝ったってことだな。せいぜい感謝しといてくれ」


 ロンドはそう言うと、踵を返し、手をひらひらと振りながら騎馬隊の方へと戻っていく。


「なによアンタ! もうちょっと素直にリクトを褒められないの? 感じ悪い!」

「はっ! こいつが俺のおかげだって言ってんだ。文句を言われる筋合いはねぇ」


 ロンドはそのまま自分の馬に跨がると、グラン・ソラスがそびえ立つ方向へと去って行く。その態度に憤慨した様子のリンに、ミァンが声をかける。


「リンさん、どうか許してあげて下さい。リクトさんの働きは、彼が一番よくわかっているはずです」


 ミァンは言いながら、どこか遠くを見るような目で話を続けた。


「ロンドは、王都での戦いで一度カリヴァンに敗れているのです。それ以来、ずっとその敗戦を背負い続けていました。もっと自分が強ければ、王都を追われることもなかったと――」

「ロンドさんが……」


「きっと、リクトさんがカリヴァンを打倒したことも、複雑な気持ちなんだと思います。ですが、彼はソラスが誇る最強の騎士です。リクトさんのことも、すでに認めていると思いますよ」


「そうなのかな。それなら嬉しいな!」

「ふーん……男って本当に変なところにこだわるのね。なんか早死にしそ」


 そう言って笑うミァンに、リクトも笑みを浮かべて力強く頷く。リンだけはどうも納得いかないという顔をしていたが、彼女もまた、先ほどまでの憮然とした表情ではなくなっていた――。




 ○   ○   ○




「グラン・ソラス! 移動開始!」

『グラン・ソラス! 移動開始ーーー!』


 ソラス王国女王、ミァン・ソラスの声が、広大な城内に響き渡る。


 それと同時、大地を覆うほどの巨大な城の基底部が、淡い光を発して浮遊。

 最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げ、攻城戦シージによって荒れ果てた大地を後にする。


 

「わあーーー! すごい! このお城、本当にお城のままでも動けるのね」

「うひゃー! 気持ちいいなー!」


 再び広大な草原へと戻っていくグラン・ソラス。疾走する城の城壁から見る景色に、目を奪われるリクトとリン。二人の周囲を、青い草の匂いを孕んだ風が包み込んだ――。


「――ねぇ、リクト」


 不意に、リンが口を開く。


「さっき、私が言ったこと――絶対に忘れないでね。忘れたら、許さないから」

「――ああ、わかってる。そんでもって、必ず帰ろうな!」


「うん――約束だよ」

「約束っ!」



 それは、二人が共に帰るための約束。

 二人で元の世界へと帰るための約束だった。



 今はまだ何もわからない。手がかりすらない。しかしそれでも、二人には支え合うお互いという存在があり、それは、二人にとってかけがえのない事実だった。




 だから二人は約束した。




 いつか、帰るために――。






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