狂気、来たる
開戦から一時間が経過。
戦局は、アナムジア有利のまま決着へと向かっていた。
『グルセーブの全障壁破損! 再構築まであと40秒! 間に合いません!』
『構わん! 首の一つや二つくれてやれ!』
双頭の魔獣型巨神、グルセーブは、既にその全身から黒煙を発し、眼前に迫る獅子型の巨神、レイル・ランナに苦戦を強いられていた。
レイル・ランナの踏み込みは素早く、その上、レイル・ランナが持つ神としての力は、グルセーブが得意とする平地を次々と崩壊させていった。すでにグラン・ソラスと蛇神インボルクはグラン・バースにとりつき、強靱なロックをかけて白兵戦へと移行している。
グルセーブの援護に入ろうとしたクト・アハトも、敵竜騎兵が突如としてその矛先をクト・アハトへと向けたため、そちらへの迎撃に力を割いている状態だ。実質、グルセーブは一対一の
『障壁はいい! 獅子型の足を狙う! 滑り込ませろ!』
『目標! 獅子型前肢! グルセーブ、最大加速!』
『グルセーブ! 最大かそーーーーく!』
グルセーブの超弩級の後ろ足が跳ねる。グルセーブは最大限の加速を行うが、それを遠くから見た者はなんとも緩慢な動きにしか見えないだろう。
だが実際その初速は亜音速にすら達する。二歩目には音速の壁を越える超機動型巨神、それがグルセーブなのだ。だが、それは相対するレイル・ランナも同じ事。レイル・ランナはグルセーブの狙いを察知し、ほぼ同時に空中へと跳躍――足下へと潜り込んだグルセーブに、その1000万トンを数える全質量を重力の任せるままに叩きつけ――。
――迸る膨大なエネルギーの奔流。その奔流の直径は数百メートルにも及び、はるか海上、水平線の彼方まで極太の閃光が貫通。閃光の通った海面は真っ二つに裂け、海中に隠れた岩盤すら露出させて蒸発。膨大な水蒸気を発生させ、そのエネルギーの放出はグルセーブの頭上――レイル・ランナを直撃した。
『ふぅ――。あんたならやってくれると信じてたよ。将軍』
『こちらはいつでも撃てるよう待機していた。見事な誘導だった』
奔流を撃ち放ったのは、アナムジア皇国将軍、ウェントゥス・ヴェルデの居城、グラン・ヴェルデ。その巨体のほぼ全てが砲塔となった異様な姿は、その姿に違わぬ超威力、超射程の一撃を見せ、戦いに決着をもたらした。
グルセーブの頭上に降り注ぐ、レイル・ランナだったものの残骸。
こうして、大陸間戦争初戦、カルボーハル攻防の巨神戦は幕を閉じた。
そして、もう一方の戦いも――。
〇 〇 〇
「押せ、押せーーーーーー! ここを突破すれば制圧だぞ!」
「騎兵一列!
グラン・バース城内、最上層――。
前方からソラス王国騎士団、後方からインボルクによる白兵戦を仕掛けられたグラン・バースの兵たちは次々と投降。
最後に残った司令室もまた、押し寄せるソラス騎士団の騎兵突撃によって突破されつつあった。
「グレン将軍! 左右通路、制圧完了! 弓兵配置、完了しました!」
「うむ。残るは司令室だけか……」
「――いかがいたしました?」
未だ攻防の続くグラン・バース城内。しかし、突入したソラス騎士団は要所要所に次々と陣を構築し、エルカハル騎士団の抵抗を見事に抑え込んでいく。すでに剣戟の音も遠い急造の要衝で指揮を執るグレンは、蓄えた白髭を撫でながら困惑の声を漏らした。
「ぬるすぎるとは思わんか? 仮にもグラン級、この戦の主城だろうに……」
「まさか――敵の狙いは、別にあると?」
グレンの意をくみ取り、即座に罠の可能性へと至る副官に、グレンは頷きつつ言葉を続けた。
「いや、儂の考えすぎかも知れぬ。グラン級を無傷で手に入れられるのだ。勝てる戦は勝ちきるに限る。このまま制圧するぞ!」
「はっ! かしこまりました――!」
――この刻から数十分後、最後まで抵抗していた帝国騎士団も投降を開始。帝国の誇るグラン級巨神、グラン・バースは、アナムジア皇国軍によって制圧されることとなる――。
〇 〇 〇
アナムジア皇国とエルカハル神聖帝国。二つの超大国同士の戦い、その初戦がアナムジア皇国軍の勝利に終わり、再び城の姿へと戻った六体の巨神たち。今、その各所では戦の勝利を祝う宴が無数に催され、参陣したリクトたちもまた、その宴の中でお互いの無事を喜び合っていた――。
「ふぅ――」
ひとしきり宴を楽しんだ後、リクトは一人、火照った体を冷やすために広場奥の花園にやってきていた。
今日の戦い、リクトとラティが危険な状況になることは無かったし、リンやミァン、ロンドもまたそういった状況に陥ることは無かった。
カルボーハルも陥落せず――もちろん、敵味方ともに無視できない死傷者は出たが、少なくとも、自分はまずやれることをやったのだという満足感が、リクトの胸には去来していた。
「――うん、大丈夫。一つ一つ、俺にやれることをやればいいんだ」
「――そうそう、それでこそリクトよ!」
「リクト、今日はお疲れ様でした!」
設けられたベンチへと腰掛け、拳を握って頷くリクト。そんなリクトに横からかけられる声が二つ。
「リン? それにミァンも――」
「わたしも……リクト、探しにきた……」
「あはは、ラティまできてくれたのか」
リンとミァンに隠れるようにしてちょこんと現れるラティ。三人はリクトをそれぞれ囲むようにして座ると、美しい二つの月の下で、談笑を始めた。
「でもさ――結局、なにも起こらなかったね」
「ええ――たしかに、今のところ皇国からも特に連絡は入っていません」
結局、あの戦いにエルカハル帝国の円卓は、一人も参加していなかった。
当然、その事実は即座にアナムジア皇国本国にも共有されたが、その時点では特にエルカハルにおかしな動きは見られなかったという。
「グロー陛下は「舐められている!」と随分お怒りだったようですが、私たちとしては間違いなく価値のある勝利です。そう心配しても仕方ありませんし、今はこの勝利を喜びましょう」
若干怪訝な表情を見せるミァンだったが、肝心のエルカハル帝国軍に、特段怪しい動きが見られないのでは考えても仕方のないこと。すぐに気を取り直して微笑みを浮かべると、リクトへと視線を向ける。
「うん、俺もそう思うよ。ラティも、今日は本当にありがとな――……って」
が、その時――。
「――ラティ!?」
「ラティ、どうしたの!?」
「にげて――にげて、リクト――逃げて!」
「逃げる……!? いったい、何から――」
リクトのすぐ横に座っていたラティ。そのラティへと視線を向けたリクトが見たものは、その小さな体を震わせ、全身から冷たい汗を流して怯えるラティの姿だった。
突然のラティの様子に、リンたちも即座に駆け寄ろうとする。だが――。
―――ドクン―――
『――やっと、見つけたよ――』
――それは、心臓を直に鷲掴みにされたような感覚。
――時が止まり、音が消え、五感全てが奪われたような感覚。
リンも、ミァンも、白竜たるラティすらも動けなかった。
そのとき、リクトはまず声のする方ではなく、自分の掌を見た。
左手が、ガタガタとひとりでに震え、じっとりと汗ばんでいる。
それは、圧倒的な死と破壊の予感。
――敵。
間違いなく、この声の主は敵であり、そして全てを壊すためにここに来た。
リクトは逡巡した。それは前へと進んで死ぬか、後退して死ぬかの迷いに等しい。
だが、そのときリクトの脳裏に浮かんだのは、カルボーハルで見た子供たちの姿だった。
「……っ! やるぞ、ラティ! リンとミァンは逃げて!」
「……っ!? わかった……リクトが、戦うのなら……! わたしも、戦う!」
「り、リクトっ!?」
「――リン、私たちはこちらに!」
リクトがラティの手を握る。
瞬間、迸る閃光。その閃光はそのまま眩い光となり、巨大な竜の姿を形取る。そしてその竜は人型へと化身、無数の粒子が夜空に煌めき、勇壮な一対の光翼と
「うおおおおおおおおおおおお!」
『アハハハハハハ! いい判断だよ! ――クレハ・リクトッ!』
加速――!
出現と共に飛翔したリクトは、空中でラティを旋回させ、先ほどまで自分たちを見つめていた頭上の存在――蒼色の
「――っ!?」
――刃が止まる。そこには何もない。何も無いはずの空間に、まるで巨大な壁が存在しているかのように、ラティの
『丁度いい! 僕もただ殺すだけじゃつまらないと思っていたんだ。僕の気が済むまで、せいぜいなぶり殺しにしてあげるよッ!』
「あんたは、誰なんだ!? どうして俺のことを知ってるんだよ!?」
『アハハハハハハハ!』
瞬間、ラティを襲う凄まじい衝撃――。
装甲のいくつかを失いつつ、謎の力によって空中を滑るように跳ね飛ばされるラティ。だがラティはその光翼を最大限展開すると、相手の出方を伺うように空中で右手の盾を構えた。
『……――僕の名前はシエン・ミナイ。円卓第三席、双月の騎士――』
ミナイの駆る蒼色の
『――お前に倒された、カリヴァン・レヴの――息子さ!』
「息子――!? あの人の――……しまっ!?」
刹那、二つの光輪から放たれた光速の斬撃が、ラティに迫った――。
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