守るべきもの


 ――グラン・ソラスが白兵戦へと突入し、グラン・バースとの戦いが最終局面に入ったのとほぼ同時刻。リクトたち四騎もまた、カルボーハル内部へと突入、先行して侵入した敵騎兵の掃討へと移行していた。


 広大なカルボーハル城内を高速で飛翔する四騎。道中、散発的に襲いかかってくる敵騎兵はいたものの、その数は少ない。そしてその最中、ロンドにとっては良く見知った声がブリンクに届いた。




『――カルボーハル騎士団、団長バロアだ。ロンド、お前が来てくれるとは嬉しいぞ。新しい第九席も一緒か』


『相変わらず無愛想な声だなバロア。戦況は?』


『問題ない。俺たちだけでも片付けられる。だが――』

『……どうした?』


『エルカハルの円卓が見当たらん。グラン・バースといえば、円卓十五席のルイ・バースの居城のはず。だが、開戦からここまで、まだ誰もルイの姿を見たと言うものがおらん』


『――円卓が、いない?』


 バロアのその言葉に、ロンドは疑問の表情を浮かべた。




 大陸間戦争の趨勢を決める重要な初戦。その初戦において、エルカハルは戦力を出し渋ったとでも言うのだろうか。だが、それならばグラン級の貴重な城であるグラン・バースだけを投入したことは腑に落ちない。


 そもそも、騎兵戦とは敵城を最小限のダメージで確保するための、重要な局面である。局面がひとたび攻城戦シージへと移行してしまえば、お互いの城は大きなダメージを受ける。それは、城という存在に衣食住を大きく依存しているこのフリオング大陸では、とてつもない損失なのだ。


 そんな重要な騎兵戦で、一騎で数百の騎兵に相当しうると言われる円卓を出し渋れば、それはそのまま、端から勝つ気はなかったとしか考えられないことであった。




「――ロンド、これは――」

「ああ、どうもきな臭くなってきやがった――引き返すか?」


「なに言ってるのよ、そんなこと今考えても仕方ないじゃない!」

「俺もそう思う。まずはこの城を守らないと!」


「確かにな――っと!」


 刹那、広大な通路脇から飛び出して来た帝国騎兵を神業的反応でかわし、同時に水流の息吹ブレスで弾き飛ばすロンド。尚も立ち上がろうとした敵騎兵に、リンの追撃の一矢が突き刺さる。


「大丈夫、狙ったのは足よ。しばらくそこでじっとしてなさい!」


「まったく。お前ら二人はどっちもひたすら甘いぜ。そっちはみんなお前たちみたいなやつらばっかりなのか?」


「そんなことないよ。俺たちの世界にも、色んな人がいたから――。戦うのが好きな人や、人殺しをして喜ぶ人だって、いると思う――」


 リクトはラティ内部でそう呟くと、操縦桿を握りしめる。

 加速する周囲の視界、あっという間に過ぎ去っていく石壁の通路。


 しかし、間もなくカルボーハルの心臓コアに辿り着くかというそのとき、リクトの目は意外な者たちの姿を目にし、ラティを即座に急降下させる――。






「うっわーーーー! まっしろなドラグーンだ! すごーーい!」

「帝国の騎兵じゃないぞ! きっとみんなを助けに来てくれたんだ!」


「――こんなところに、街の人がいっぱいいる!?」



 そこには、巨神と化したカルボーハル内部に収納された巨大な街があった。

 その街の広さは、ざっとみただけではわからない程の広大さだ。おそらく、港湾都市と呼ばれるほどの巨大な貿易都市の中枢が、ここに収められているのだろう。


「そうか、そういやお前は攻城戦シージの時に街がどうなってるか、知らなかったな」


「――本来、戦場へと赴く城は、城内の民を置いて戦地へと向かいます。ですが、今回攻撃を受けたカルボーハルや、以前のグラン・ソラスのように民を避難させる余裕がない場合は、民を城内に収めたまま戦わなくてはならないのです」




「じゃあ、もし今この城が敵にぶっ壊されたら……」




 リクトは最悪の予感にその鼓動を凍らせつつ、ミァンへと尋ねる。




「――竜騎兵ドラグーンで脱出できる騎士団とは訳が違います。城内の民は、皆命を落とすことになるでしょう――」


「――っ!」




 その答えに、言葉を失うリクト。そんなリクトの心中を察してか、ミァンはことさら落ち着いた声で言葉を続ける。




「先に戦ったカリヴァン・レヴは、それをわかっていたのだと思います。だから多くの民を連れたグラン・ソラスに、ギリギリまで攻城戦シージを仕掛けず、騎兵戦で雌雄を決しようとしていたのです」


「あの人が――」

 

 リクトの脳裏に、強大な壁として立ちはだかった騎士の姿が思い浮かぶ。たしかに、あの騎士は勇壮であり、好戦的ではあっても決して卑劣では無かった――。




 巨大な水晶面越し、ラティの足下で遊ぶ、大勢の子供たちの姿をリクトは見た。もしここで自分たちが負ければ、この子供たちもまた、全員死ぬことになる――。




 リクトは自分の胸の奥に、激しい炎が渦巻くのを感じた。一条の光が灯るのを感じた。そんなリクトの想いに呼応するように、ラティの純白の甲冑が僅かに暖かな光を発した。


「――よくわかったよ。寄り道してごめん! 行こうみんな!」


「ま、そういうこった。気合いが入ったなら、それでいい」

「ようは勝てばいいんでしょ! 勝つわよ。絶対に!」

「リンの言うとおりです。カルボーハルに住む人々のためにも、勝ちましょう!」


 ラティは最後に子供たちや街の人々に手を上げ、離れるように促すと、光翼を広げてゆっくりと浮遊――安全な場所まで高度を上げた後、一瞬で加速して飛翔した。




 ラティの姿が見えなくなるまで地上で必死に手を振る子供たち。




 リクトは子供たちの姿をその瞳に焼き付けると、ラティの操縦桿を力強く握りしめ、前を向いた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る