弩級



 大陸最南端の港湾都市、カルボーハル。


 南側には広大な海が広がり、カルボーハルを境として、北側には無限とも思える砂漠が広がる。


 紫紺の海と、薄茶色の砂漠のコントラストが混ざり合う中、大地を揺らし、六体の神が天上より降臨する――!




 大地が砕け、大陸が揺れる。

 天が割れ、蒼穹が滲み、白雲が消滅する。


 互いに十キロ以上の距離を開けつつ、等間隔で展開される幻想的な紋様の円陣。その円陣の直径もまた、数キロにも達する。


 天と地。その狭間へと浮上した合計六つの弩級の城は、大気を震わせる轟音と共に、その姿を各々が持つ真の姿――神たる姿へ、ゆっくりと化身させていく。



『いいか! 我々の勝利は、カルボーハルの防衛であることを忘れるな! 我々は巨神の数では勝っているが、カルボーハルを落とされれば、それは即ち敗北である! 全軍、最速で事に当たれ!』



 広大な大地に響き渡るアナムジア皇国軍将軍ウェントゥス・ヴェルデの指令。



 化身、停滞、そして――落着。



 巨神の降下と共に発生する、隕石の墜落にも匹敵するほどの衝撃。


 

 地表に堆積した大量の砂塵は風圧で吹き飛ばされ、地表は激しく削り取られる。岩盤が露出し、発生した衝撃波と大地震は、半径数十キロの範囲を超えて伝達。脅威を感じ取った動物たちが、群れを成して大移動を開始する。

 



 上半身全てが巨大な砲門。将軍、ウェントゥス座乗の砲撃城『グラン・ヴェルデ』

 

 全長数十キロもの長さを持つ鎖を全身に巻き付けた樽型の城『ガンケルプ』


 逆四角錐の巨大な胴体に、無数の細かい腕と足が生えた異形『クト・アハト』


 二つの凶暴な頭部を持つ、四足歩行の番犬『グルセーブ』


 巨大な杖を持ち、蛇型の下半身を持つ聖城『インボルク』



 

 そして、巨大な二つの足と、二つの腕。グラン・レヴとの攻城戦シージの際には失われていた、荘厳な外套を模した背面装甲と、強化された全身甲冑を装備した、グラン・ソラス――。


 化身を終えた神々は、今正にその身の自由を得たとばかりに、大陸全土に響き渡る咆哮を上げる。そしてそれこそが、攻城戦シージ開戦の合図でもあった。


 カルボーハルを中央に、互いの巨神がゆっくりと――。しかしその実態は音速にも迫る速度で距離を詰めていく――!




『グルセーブはカルボーハルの前に出る!』

『――ならば、クト・アハトは露払いをいたしましょう』 


 先手を取ったのは二つの頭部を持つ魔獣型巨神、グルセーブ。


 グルセーブは他五体の巨神に先んじて加速を開始。その巨大な顎から黒炎を覗かせて、凶暴な雄叫びと共に疾走する!


『全城最大加速! カルボーハルを守り、我らが役目を果たす!』

『グルセーブ最大加速! 魔力障壁、脚部集中!』

『脚部集中の代償として、全身障壁は消滅します! 再装填まで後三分!』

『構わん! 吠えろ、グルセーブ!』 



 まさに地獄の番犬と呼ぶに相応しい姿を持つグルセーブが、全てを吹き飛ばす烈風と共に、カルボーハルの前へと回り込む。その風圧は秒速数十メートルを軽く越え、急襲に備えることが出来ていなかった帝国騎兵の数十騎は、それだけではるか彼方へと吹き飛ばされていく。


 不思議なことに、グルセーブの足下では強烈な衝撃こそあれ岩盤の沈下は殆ど見られない。安定した地盤に支えられたグルセーブの加速は、無数の敵騎兵を粉砕、殲滅、爆散させる。


 だがそれと同時、周囲に群がる数百の敵騎兵から、一斉に激しい息吹ブレスの放射が開始される。グルセーブの巨体が衝撃に震え、その全身から豪炎と爆発、そして爆風が巻き起こる。


 その攻撃に対し、グルセーブは吠えるようにその全身から数千もの竜撃砲シュクリスを撃ち放ち、特徴的な二つの頭部に備わった、全長数百メートルの顎で数十にも及ぶ竜騎兵ドラグーンをかみ砕き、破砕する。



『――全く、無茶なことをしますねぇ? 我々が来てなかったら貴方がた死んでますよ?』

『それでは、クト・アハトは宣言通り邪魔なトカゲどもを……殲滅!』

『殲滅! 殲滅! 殲滅!』 



 そして更にその後方に浮遊しながら出現する異形――クト・アハト。


 なんと恐るべき事に、クト・アハトは閃光と共に一瞬でその場に出現すると、その合計十六本もの曲がりくねった腕先から無数の閃光を放出し、グルセーブに群がる竜騎兵ドラグーンを次々と殲滅していく。その様は、正に哀れな地上の生物に神罰を与える神の如し。


 そして、クト・アハトという全重量1000万トンにも及ぶ質量が突如として大気中に出現したことにより、押し出された大気が渦を巻き、辺り一帯の気圧が混乱を来す。それは超巨大な竜巻、烈風となって周囲の領域をかき乱し、地面を抉り雷雲と雷鳴とを伴う竜巻と砂嵐を発生させる。そして、それによって巻き起こされた砂塵がクト・アハトと、カルボーハル、そしてグルセーブの全身を覆い隠し、エルカハルの巨神からの目視を防ぐ、高さ数キロにも及ぶ砂の壁を作り出したのだ。


 だが、エルカハルの巨神たちも黙ってはいない。最も素早い大鷲型の巨神――ガドル・エガルは、なんとその壁の上――はるか天上を飛行していたのだ。その翼長は3000メートルにも達し、大気だけでなく、蒼穹そのものを切り裂く天上の黒い影が、急降下と共に弾丸のような速度でカルボーハルめがけて襲い来る!



『お膳立てはしましたよ? クト・アハトは知的な神。肉弾戦には向いていない。原始極まる殴り合いは――』


『――俺たちに任せて貰う!』



 瞬間、砂塵の壁を貫通し、砕き、吹き飛ばして出現する巨大な二条の鎖。その鎖は一つの輪で数十メートルにも達し、その全長はそれこそ数十キロにも達する長大さ。そしてそれを操る巨神こそ、縛鎖の神ガンケルプ。その長大な鎖は見事空中のガドル・エガルを捉え、絡みつく。瞬間、雷鳴の如き閃光と圧倒的な摩擦によるプラズマの放射が空中で発生する!



『そのまま潰れてろおおおおおおお!』

『ガンケルプ、最大最速旋回! 右ーーーーーー!』

『最大旋回! 右周り! 敵巨神を地面に叩きつけるぞ!』

『味方を巻き込むな! 俺たちの腕を見せろ!』


 

 ――それはまるで、神々の遊戯。



 砂塵の霞舞う大空で、まるでハンマー投げのように翼長3000メートルにも及ぶ巨大な大鷲が、全長1000メートルの樽型の巨神に振り回され、投げ飛ばされ、地面へと叩きつけられる。



 全重量800万トンにも及ぶ重量が、超加速と共に地面へと激突。その衝撃は、爆心地を中心として、半径数十キロにも及ぶ岩盤の崩壊をもたらす。砂漠の横になみなみとたゆたう海が、衝撃で津波へと変じ、ひび割れ、砕け散り、陥没した大地に海水が大量に流れ込んでくる。一瞬にして大陸の南端、その地形を塗り替えるほどの圧倒的衝撃。



 そして巻き起こる爆風が収まると、そこには無数の裂傷をその身に帯びつつも、未だ羽ばたこうとするガドル・エガル。だが、ガンケルプの鎖はそれを許さない。捕縛完了である。




『一丁上がり! って――』




 瞬間、大地が三度震えた――。


 それはエルカハルの人型巨神、グラン・バースの踏み込み。その踏み込みは大地を大きく揺らし、カルボーハル前に飛び出していたガンケルプへと迫った。

 着弾。グラン・バースの異様に発達した巨大な両腕は、ガドル・エガル捕縛へと全力を注いでいたガンケルプを捉え、一撃のもとにその左半身を粉々に打ち砕く!


 そして、その結果訪れるのは、散華。


 グラン・バースの一撃を許し、左半身ごと心臓コアを破壊されたガンケルプは、そのまま全てを吹き飛ばす大爆発を起こし、爆散。その爆発は周囲の巨神たちすら傾かせ、直径一キロを越えるクレーターを大地への裂傷と共に生み出す。さらに飛散した岩石群は、まるで火山の噴火を思わせる炎を纏いながら、周囲へと降り注いでいく。

 



『ガンケルプがやられた! エルカハルの人型、ありゃあグラン級だぞ!』

『――つまり、殴り合えばこちらは死ぬというわけですな。おお、厄介厄介――』

『グルセーブも迂闊には近づけない。となれば――』



 

『――グラン・ソラス! 前に出れるか!? エルカハルのグラン級だ!』



『もっちろん! まかせてよ~! グラン・ソラスが向こうのグラン級に白兵戦を挑むから、誰か続いて貰って良い? 多分ソラスだけじゃ騎兵の数が足りないと思うんだ~!』


『あいわかった。その役目、このインボルクが勤めよう!』

 

 破壊されたガンケルプの残骸を押しのけ、脱出してくる竜騎兵ドラグーンをその全身の城門で収容しつつ、グラン・ソラスが前に出る――!


 待ち構えるは、エルカハル神聖帝国の誇るグラン級巨神――グラン・バース。

 そしてそれと時を同じくして、二体のグラン級の眼下では、グルセーブと獅子型の巨神―レイル・ランナの激しい睨み合いが始まる。 




 戦いが始まって未だ十分と少し。しかしすでに周囲の地形は破砕され、岩盤は砕け、地表は露出し、海水は流入。その裂け目からは僅かに噴煙すら覗く。まさに神々の戦乱、その地獄絵図の再現。




 そしてその地獄絵図の中を、雄々しい咆哮と共に進むグラン・ソラス。




 待ち構えるグラン・バースは、その巨大過ぎる右腕を振りかぶると、グラン・ソラスめがけて数百万トンの質量と共に叩きつける!




『きたきたーーーー! 全障壁前面集中! このまま組み付いて白兵戦を挑むよ!』

『グラン・ソラスは鉄壁の城、心を一つとすれば破られはしない!』

『全障壁前面集中! 傾斜角45°! 衝撃を逸らし、白兵戦を挑む!』


『全軍、白兵戦よおおおおおおおい!』

『全軍、白兵戦よおおおおおおおい!』




 瞬間、雷鳴すら凌駕する爆音とプラズマとが天上で弾けた。

 グラン・バースが撃ち放った弩級の拳による一撃を、グラン・ソラスの障壁は見事に撃ち逸らしたのだ。だが逸らすと同時、障壁はガラスのようにひび割れ、粉々に砕け散る。




『よーーーっし! いくよみんな! 距離200、グラン・ソラス、前進ーー!』

『距離200! 右足、前へ!』

『みぎあーーし! 前へーーーーー!』




 グラン・ソラスが前に出る。その豪腕がグラン・バースの両肩を掴み、グラン・バースもまた、体勢を立て直してグラン・ソラスを掴みにかかる。



 膠着――。



 まるで空間そのものが鳴いているような、低く鈍い音が辺り一帯に響き渡り、そのまま二体のグラン級は動きを止める。




 だが――本当の攻城戦シージはここから始まる。




「「「ソラス騎士団! 全軍、突撃いいいいいいいいいいい!」」」




 僅かな時間経過の後、固定され、不動となったグラン・ソラスの城門が開く!



 そしてその城門の向こうには、なんと数万にも及ぶ兵たちと、無数の馬に跨がって炎竜の戦旗を掲げた騎士団の姿があったのだ!



「ソラスの残党どもが来るぞ! 一人も生かして帰すなぁぁ!」

「ソラスでの屈辱、今ここで晴らす! ソラス騎士団の名誉を見よ!」 



 彼らが狙うはグラン・バースの制圧。 



 戦闘開始から二十分が経過。



 その戦いは、騎兵戦から巨神戦を経て、ついに生身の人間同士の白兵戦へと突入したのであった――。

 

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