第三章

開戦


 グラン・ソラスがアナムジア皇国へと身を寄せてから、瞬く間に二ヶ月が経過した――。

 

 その間、グラン・ソラス引き渡しを望むエルカハル神聖帝国と、同盟国であるソラス王国の保護を優先するアナムジア皇国との間で、幾たびかの交渉の場が持たれたが、それらは悉く頓挫。二大国間の緊張は、もはや限界に達しようとしていた――。


 もとより、両国は交渉で解決しようなどとは思っていない。全ては、開戦までの戦力の準備を行うための時間稼ぎ。


 城という巨大なエネルギープラントが、そのまま決戦兵器かつ、兵站となるこの世界での争いは、驚くほどスピーディである。二ヶ月という期間は二つの大国に、戦端を開くのに十分な時間を与えた――。




『――大陸南端の交易都市。カルボーハルを、エルカハル神聖帝国軍が攻撃――』




 戦端は、予想された通りのタイミング、場所で開かれる。


 広大なアナムジア皇国の領土中、皇都から最も離れた南端の大都市、カルボーハルが、エルカハル神聖帝国軍の攻撃を受けたのである。


「――来たか。兄上、ここからは――」

「ギャッハハハハ! クソ共が! 、そこに来やがったなぁー!」


 その攻撃に対するアナムジアの対応は早かった。既にカルボーハル周辺には、グラン・ソラスを中心としたソラス王国騎士団と、アナムジア皇国が擁する精鋭五城が待ち構えていたのだ――。




 〇    〇    〇




「姫とリクトは俺と組んで三騎突撃! お嬢ちゃんは援護を頼むぞ!」


「リンは初めての戦いなんだから、絶対に無理するなよ!」

「失礼ね! 模擬戦ならリクトにだって負けてないじゃない! リクトこそ、ちゃんと私の弓が届く場所にいなさいよ! 私が守ってあげる!」

「グラン・ソラスはグレンとファルに任せてあります。まずは騎兵戦での勝利を!」


『開門! 開門ーーーーー!』


 轟轟という凄まじい音と土煙、そして大震動と共に突き進む合計六つの巨大な城。

 お互いの距離は十キロ以上離れているが、その巨大さゆえ、まるですぐ近くに存在するかのような錯覚を覚える。


『姫様! カルボーハル城を目視! 距離10000! 既に攻城戦シージに突入している模様!』

『どうする? こっちも竜魂ソウルのチャージ、出来てるよ~!』


 グラン・ソラスの巨大な城門が開く。凄まじい砂煙が城内へと侵入し、周囲の整備兵たちが顔を向ける。そしてその先、はるか遠くの景色には、もやと霞のかかった巨大な人型がうっすらと目視できた。


「大丈夫、まだ白兵戦は挑まれていないわ! ファル、アナムジアのヴェルデ将軍に伝えて! グラン・ソラスは予定通り距離3000の段階で攻城戦シージを開始。先行して、騎兵戦をしかけます!」


『もう送ったよ~! 「竜の咆哮と共に!」 だって!』


 それと同時、四騎の竜騎兵ドラグーンはそれぞれに雄々しい咆哮を上げる。その咆哮は瞬く間にグラン・ソラスの上部へと拡散。まるで開戦を告げる角笛のように城内全域へと響き渡った。


「ありがとう、ファル! ミァン・ソラス。フレス・ティーナで出ます!」

「ロンド・アフレック。ブリング、出るぞ!」


「よーーーーっし! 行くぞラティ!」

「さあ、シークリー! 私たちの出番よ!」


 それぞれの竜騎兵ドラグーンが、各々の属性に添う紋様と陣を周囲に形成。その陣の解放と共に一瞬で加速。背後に巨大なグラン・ソラスを残し、天空の蒼穹、眼下の砂上、その狭間へと飛び出していく。




 閃光の光翼を大きく広げ、自由に空中を飛翔するラティ。

 紅蓮の炎を吹き出し、大空を力強く羽ばたくフレス・ティーナ。

 流麗な四枚羽根で泳ぐように加速するブリング。

 そして、空中にあっても直立の姿勢を崩さず、重力に逆らっているかのような飛行を行うシークリー。


 左右へと目をやれば、行軍を共にする五つの城からも千を超えるほどの白線が飛び出している。あの白線一つ一つが、全てアナムジア皇国の竜騎兵ドラグーンなのだ。


「すっげええ!」

「凄い数……!」



 空を埋め尽くさんばかり、無数の矢のごとき勢いで出撃していく味方の騎兵たちに、感嘆の声を漏らすリクトとリン。だが、すぐ側で飛翔するロンドはそんな二人を諫めるように口を開く。


「いいか、今度は味方が居るからって油断するなよ。どんなに強い奴でもな、乱戦ともなれば死ぬのが戦場だ。絶対に陣形を崩すんじゃ無いぞ!」


「わかった! ありがとうロンドさん!」

「わかってるわよ!」 


 

 そして近づく巨神の姿。全長1000メートルを超える弩級の巨神と化したカルボーハルの姿は赤を基調とし、右腕には巨大なタワーシールド、そして左腕にもまた、帆船の帆のような巨大な盾が備え付けられた、完全に防御に特化しているかのような姿をしている。全身像は上半身こそ人型だが、下半身は巨大な長方形となっており、その基底部の下はグラン・ソラスの移動時のように浮遊しているように見えた。


 だが、すでにその天をも穿つ巨体の周囲には、無数の竜騎兵ドラグーンが蟻のように群がり、カルボーハルのあちらこちらでは激しい騎兵戦が行われていた。

 カルボーハルもその全身から万にも上る竜撃砲シュクリスを撃ち放っているが、殺到する竜騎兵ドラグーンの数を押し返すには至らない。


 しかもそれだけではない。カルボーハルの姿に遮られてよく見えていなかったが、すでにエルカハル側の三つの城も巨神へと変じ、人型、獅子型、そして大鷲型の山の如き威容が露わになる。


「グレン、ファル! 急いで! エルカハルはこのまま白兵戦でカルボーハルを潰すつもりです!」


「リクト! 俺たちも行くぞ! エルカハルの竜騎兵ドラグーンがカルボーハルの心臓コアに到達したら厄介なことになる!」

 

「わかった! リン、行こう!」

「言われなくたって!」


 黒煙を上げるカルボーハルの右腕へめがけ急降下するリクトたち。リンは僅かに距離を取り、シークリーの長弓をつがえ、構える。


 そしてリクトたちを先頭に、数百を数える竜騎兵ドラグーン竜騎兵ドラグーンの激しい空中戦、城塞戦が開始。カルボーハル周辺の空域で一斉に豪炎と爆炎の花が咲いた。


「はあああああああああ!」

「水――!? 水連の騎士が、なぜここにっ!?」


「――お前たちには貸しが溜まってるんでな。きっちり返して貰うぞ」


 敵の騎兵頭上から二振りの短刀で斬り掛かり、一閃の元に殲滅するブリング。

 その動きは流麗かつ華麗。ブリングの持つ短刀は、振り払われる度に美しい水流の軌跡を中空に残し、哀れな標的の鮮血を洗い流していく。


「よしっ! ここだラティ!」


 ブリングから僅かに離れた位置、ラティはブリングに気を取られた敵騎兵二体に光翼を広げ急襲。すれ違いざま、双刃断剣ダブル・ソードブレイカーで二騎の足関節部を叩き撃つと、振り向きながらの足払いでカルボーハルの壁面へと叩きつけ、二騎を一瞬で無力化する。


「――甘いな、いつまでそんな戦い方を続けるつもりだ?」

「大丈夫、やるときはちゃんとやるさ! ――それに、これでいいんだ。!」 


「――今っ!」


 刹那、ラティとブリングを遠隔から狙っていた二騎の敵騎兵が、その重厚な下半身を閃光の矢に貫かれて沈黙する。戦闘のため、激しく揺れる巨神の右腕の上にあって、正確無比な射撃を行ったのはリンのシークリーだ。シークリーの搭乗部で静かに息を吐き、精神的残心を決めるリン。


「ちょっと二人とも、無駄話しすぎ! どっちが気抜いてるのよ!」

「悪い! ありがとな、リン!」

「さすがだな。助かったぜ」


「ふふん! もっと感謝しなさい!」

(――そうよ。リクトはそれでいい。私も、リクトも、ここに来ても何も変わってないんだから――!)


 そしてその瞬間。リンの周囲へと群がってきた敵騎兵が一瞬で業火に包まれて爆発。不定形の炎が空中で一頭の竜を形作り、それはやがて真紅の竜騎兵ドラグーン、フレス・ティーナの姿へと変じ、安定する――。


「リンのことは私も守ります。安心して下さいね!」

「あ……あはは。なんだかんだ言って、最近はミァンが一番凄いよね……」

「はい! 私も、リクトと同じです。もう迷いませんから!」


 フレス・ティーナ内部で満面の笑みを浮かべ、リンに応えるミァン。その笑みからは、彼女の言葉通り迷いは微塵も感じられなかった。


「よし、このままカルボーハルに入ろうとしてる奴らを片っ端から片付けるぞ!」

「わかった!」


 再び飛翔する四騎の竜騎兵ドラグーン。数こそ少ないが、その全てが円卓クラスのこの四騎が連携を見せれば、打ち破れる者はそうはいない。立ち塞がる敵を次々となぎ払って突き進むその姿は、さながら一つの流星のようですらあった――。





『――きたきたきた~! 距離3000、予定の距離に入ったよ~!』

「わかりました! ファル! グレン! 始めて下さい!」


『こちらアナムジア皇国将軍、ウェントゥス・ヴェルデ! 全城、現時刻より攻城戦シージを開始する! ――竜の咆哮と共に!』




『『『『 竜の咆哮と共に! 』』』』




攻城戦シージを開始する!』

攻城戦シージ!』

攻城戦シージ開始だ! 皆の者、行くぞ!』

攻城戦シージだ! いくぞオラァ!』


『グラン・ソラス、攻城戦シージを開始します!』


 ――その刻、大陸全土は確かに震えた――。


 今、後にフリオング大陸全土を巻き込むことになる大陸大戦の幕が、切って落とされたのである――。





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