幻影の巨神


 凄まじい衝撃と烈風。美しい花園で咲く、色とりどりの花々が揺れ、その花びらが狂風に巻き込まれて月下へと舞い上がる。


 衝撃の発生源は、石造りの壁面と通路に囲まれた、円状の庭園上空で激突する二つの息吹ブレス


 一対の光翼をはためかせ、左手の双刃断剣ダブル・ソードブレイカーと右手の盾で、迫り来る双月の息吹ブレスを必死で受け止めるラティ。そしてラティのそんな姿を睥睨するかのように見つめるのは、神仏を模した細身のフォルムに、二つの光輪を背面に備えた蒼色の竜騎兵ドラグーン、ミーティア。


 

「っ……く……そっ!」

『へぇ――』



 凄絶な閃光の放射がプラズマ光を辺り一帯に拡散させ、ラティの純白の機体にわずかずつ裂傷を刻み込んでいく。


 だが、それでもラティはその場から動かない。なぜなら、今その背後にはグラン・ソラスがあるからだ。戦闘態勢へと移行していない無防備な状態のグラン・ソラスが、この一撃をまともに受ければどうなるか――。



 リクトはそれを瞬間的に悟っていた。

 この円月が、どれだけの破壊力を秘めているのかを――。



『アハハハハ! 凄い凄い! ただの巨神なら一撃で殺せるミーティアの息吹ブレスを、正面から受け止めるなんてね!』



 月光の下、狂ったような笑い声を上げるミナイ。搭乗部で狂気の笑みを浮かべるミナイは、その美しい顔を醜悪に歪ませ、眼前でもがく獲物――クレハ・リクトを捉える。



「やらせない――」

『――?』



 閃光の放射の向こう、光翼を小刻みに加減させながら盾と双刃断剣ダブル・ソードブレイカーを構えるラティ。その姿を笑みと共に眺めていたミナイの耳に、リクトの声が届く。



「――俺は、みんなのために戦うって決めたんだ!」


 

 ラティ搭乗部、まっすぐに眼前のミーティアへと眼光を向けるリクト。


 リクトにはわかっていた。自分の行為が、今のこのミナイの襲撃を招いたのだと。その事実から目を逸らすわけにはいかなかったし、もう二度と、目を逸らすつもりもなかった。それはリクトの決意だった。だが――。




『おまえが――……』

「――っ!」




 狂気が爆ぜる。




『おまえがッ! を言うのかッッッッッ!』


「――!? やるぞラティッ! 全力だッ!」




 瞬間、蒼と銀、二つの光が空中で激突。溢れ出た光は半径数キロにも渡って大地を照らし、それと同時に、グラン・ソラス周辺で宴を開いていた者達もついに異常に気付く。




「り、リクト――!?」

「あの剣は……リクトの……!」


 そして、二騎の戦いの様子を物陰から伺っていたリンとミァンは見た。




 天上に昇る、巨大な光の剣を――。




 花園上空を中心として、リクトとラティが放つ光の剣が突如として出現。その剣はミーティアの放った円月の閃光を消滅させて収束。剣と同一化したラティが、ミーティアへと亜光速で突撃していく。



『カリヴァンは良く言っていたよ! 今君が言っていた、その台詞をねぇッ! ――本当に、本当に馬鹿なカリヴァン! そんな考えで戦っても、人は誰も感謝なんかしない! 人はゴミだ! 命はクズだ! いつか足下をすくわれて死ぬだけだって――死ぬだけだって、何度も、何度も言ったのにッッッ!』


「――っ!?」



 光の剣を取り込み、全身を純銀の閃光に染め上げたラティが加速。ミーティアへと突撃し、双刃断剣ダブル・ソードブレイカーによる斬撃を幾たびも繰り出す。先ほどよりも遙かに圧と威力を増したラティの一撃。それに対し、ミーティアは背面の双月を展開。ミーティア本体の周囲を浮遊する二つの円月は、まるでそれ自身に意志があるかのように、繰り出されるラティの斬撃を難なくいなしていく。



「――こいつ!?」


『どうしたんだい!? 新しい第九席は随分生ぬるいじゃないか! そんな腕で、カリヴァンを倒しただなんて言うんじゃないだろうね!?』



 刃を交えて数合。リクトはすぐに悟る。今相対しているこの竜騎兵ドラグーンが、自身の愛竜であるラティや、カリヴァンの駆るファラエルとは根本的に次元の違う存在であることを。



 ラティの動きが鈍い。否、鈍化されている。

 刃が、一撃が遠い。そう、事実遠いのだ。



 膂力、速度、魔力、射程、耐久力、反応速度。リクトが思い当たる限り、全ての力の格が違う。もはや熟練やセンスといった領域ではない。圧倒的な力の差、根本的な世界の違いがラティとミーティアの間には横たわっていた。



古竜エンシェント――って言ってた……それが、この力なのか!?)



 唇を噛むリクト。あのカリヴァンとの戦い以降、リクトは自分の中に眠る、を発動させる切っ掛けを自覚し始めていた。リンを救い、ミァンとグラン・ソラスを救った光の剣――。


 今リクトは、その光の剣をラティへと纏わせ、ラティの竜としての力を大幅にブーストして戦っていた。故に、のだ。もしリクトがその力をラティへと上乗せしていなかったら、ラティはミーティアに触れることすら出来ず、瞬きをする間に塵にされていただろう。



『アハハハ! それでも僕と同じ地球人かい!? てんで話にならないじゃないか! クレハ・リクトッ!』


「地球……!? じゃあ、あんたも俺たちと同じ!?」



 突然のミナイの言葉に、驚きの声を上げるリクト。ミナイは驚くリクトを嘲笑うと、幾筋もの斬撃を繰り出しながら言葉を続けた。



『ああ、そうさ。でもね、君は僕とは違うみたいだ。戦ってみてよくわかった――君は、だ。僕のように、あの世界で虐げられ、顧みられてこなかった人間とは違う!』


「虐げ、られた――」


『カリヴァンだけだった! あの世界でゴミのように捨てられていた僕を! 必要だと言ってくれたのは! 愛してくれたのは! カリヴァンだけだった! それを、はぁぁぁぁぁッ!』 



 ミナイの狂気の中に潜む、確かな傷跡。

 そしてそれは、リクト自身の中にも確かに存在する傷跡。



 リクトには彼を愛し、頼ってくれた数え切れないほどの動物たちが居た。彼を助け、常に見続けてきたリンが居た。この世界にきてからはミァンが。戦場ではロンドが居た。リクトは今までの自分が無数の存在に支えられ、助けられて生きてきたことをよく理解していた。


 そしてだからこそ、リクトにはミナイの狂気、その理由もまた理解できた。のだ。


 瞬間、リクトの手が僅かに緩みそうになる。しかし、リクトはその手を握り直すと迷いを振り払って叫んだ。



「どうして――っ。どうしてそんなことが言えるんだ!? 少なくともは、命をゴミだなんて思ってなかった!」



 リクトの脳裏に、無様に敗れ去った自分に対してトドメを刺さず、助けようとしたカリヴァンの姿が浮かぶ――。



『アハハハハハハハ! なに言ってるの!? 僕も君も、同じさ!』



 夜空を疾る蒼と銀、二つの光のラインが次々と交錯。交錯の瞬間、放射状のプラズマが飛散し、星空の下にまるでオーロラの如き閃光が迸る。


 

『君にとって、カリヴァンの命はゴミだったんだろう!? だから平気で傷つけた! だから殺そうとしたんだ! 違うかい!?』


「――違う! 俺はただ、あの人と全力で戦っただけだ!」




 凄まじい剣戟の果て、ついに跳ね飛ばされるラティ。だがラティは跳ね飛ばされつつも、空中で旋回しつつ双刃断剣ダブル・ソードブレイカーを繰り出す。刃断剣ソードブレイカーから純銀の光刃が幾筋も撃ち放たれ、ラティに追いすがるミーティアへと襲いかかった。



『そうかい! でもね、僕にとって、ゴミじゃないのはカリヴァンの命だけさ! それ以外の命なんてどうでもいい! いいや、むしろ見つけ次第潰したいくらいさ! 蛆虫以下の、人の命なんてものはねぇッ!』



 だが、煌々と輝く蒼光を纏ったミーティアは、その光刃を回避しない。ミナイの狂気の笑みそのままに、強力な障壁がラティの光刃を打ち砕き、四散させる。そしてそれと同時、ミーティアの円月が飛翔。加速するラティすら上回る速度でその純白の機体に肉薄、攻撃に気付いたリクトは即座に右手の盾で防御を試みるが、円月はその盾ごとラティの右腕を切り裂き、もう一方の円月は、光翼の左付け根をいとも容易く吹き飛ばした。




(――あぐっ……――!)


「ラティッ!?」


『アハハ! もう限界かい!?』



 グラン・ソラスの遙か上空。幾たびもの剣戟と激突を繰り返した二騎は、二つの月を背景に停止。すでに全身の装甲に裂傷が入り、盾を失い、白龍の象徴たる光翼の片翼すら失ったラティに対し、ミーティアは全くの無傷――。



『そうだ。いいことを考えたよ――。君にとって命は大事なんだろ? なら、君が大事にしているもの、全部この僕が潰してあげるよッ!』



「グラン・ソラス!? ……違う!?」



 ミーティアの双月が再び輝く。しかも、その力は先ほどの比ではない。

 蒼と緋。二つの月が狂気の輝きを増し――。


 ――瞬間。その円月は元の街へと戻り、無防備になっていたへと放たれたのだ――。



「!? っざけるなぁぁぁ――っ!」



 刹那、既に限界に達しようとしていたラティから純銀の閃光が迸る。


 片翼を失っているとは思えぬ加速で急降下するラティは、その途上で光芒一閃。一振りの巨大な光の剣となり、その円月を打ち砕こうと、半径数キロにも及ぶ長大な光の斬撃を繰り出す。



「あそこには、街の人が!」


『アハハ! そうそう、一つ言い忘れてたけど――』



 拮抗する光と光。衝撃と衝撃。双月の下、凄絶なプラズマの放射光を発して再び相対する月と光。だが――その様相は一度目とは違った。




(――ごめん、リ、ク――ト――……)




『――僕とミーティアは、まだ半分の力も出していないんだよ?』



 刹那、膨れ上がる狂気。

 砕かれる光。



「ッ!?」




 ――砕け散る




 瞬間的に圧を増した円月の力。リクトとラティを包んでいた純銀の粒子が減衰し、消滅。光翼は消え失せ、純白だったラティの体は、徐々に灰褐色の姿へと戻っていく。ラティ内部のリクトもまた、全身から魂が抜け落ちるような感覚を覚えていた。まるで、自分自身そのものが叩き折られたような感覚――。




 もはや指一本動かせず、リクトもまた、ただラティと共に落下していくのみに見えた。その時――。



(あれ、は――)



 落下していくラティ。その中で、リクトは見た。戦いが終わり、再び活気を取り戻そうと、暖かな明かりを灯したカルボーハルの街を。多くの人々が、何も知らずに暮らすカルボーハルの街を――。



 そして、そのカルボーハルへと迫る、全てを消滅させる円月の一撃を――。






 ―――ドクン―――




(うっわーーーー! まっしろなドラグーンだ! すごーーい!)

(帝国の騎兵じゃないぞ! きっとみんなを助けに来てくれたんだ!)




 ―――ドクン―――




 まだだ――




 ―――ドクン―――




 剣は折れても――俺はまだ、折れちゃいない!


 


 ―――ドクン―――!

 




 

 落下するラティ。その胸部が突如として解放され、中から一筋の光が飛び出す。




 その光はまっすぐにミーティアの放った円月へと突撃、激突し、凄まじい閃光の放射と共に円月を押しとどめ、カルボーハルへの直撃を防ごうと立ち塞がった。




 ――そしてそのとき、ミーティアの急襲により戦闘態勢へと移行しつつあった兵員たち、そしてカルボーハルの人々は見た――。





 自分たちを守ろうと夜空の下に仁王立つ、見たこともない巨神の幻影を――。



 

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