第二章

招き


 女王ミァンと騎士団長ロンドがアナムジアの皇都に赴いて二日――。

 帰還した二人のもたらした報せは、驚くべきものだった。

 



「俺を、呼んでる――?」


「はい。アナムジア皇国の皇帝、グロウ・アナムジア陛下は、リクトさんとぜひ一度お話をしたいと仰っておりました」



 ここはグラン・ソラス城内――玉座の間。


 竜騎兵ドラグーンすら入ることが可能な大きさを誇る広間には、美しく、かつ荘厳な乳白色の壁面に真紅の旗が立てかけられ、大きく開いた石壁の窓口からは、暖かな陽光が射し込んでいる。


 大勢の騎士たちを引き連れて皇都からグラン・ソラスへと帰還したミァンは、開口一番、出迎えたリクト達に事の顛末を話し始めた。


「でも、どうしてその王様は、リクトのことを知ってるの?」


「――円卓だ。俺たちが必死こいて逃げてる間に、円卓からの勅命が大陸中に行き渡っていやがった」


 ミァンの背後で控えていたロンドは、その金色の髪を掻き上げて、さも面白くないという風に言った。


「第九席――それが、円卓でのお前の序列だ――。癪だがな」

「だい、きゅうせき――それに、円卓って?」


 リクトはロンドの言っている意味が掴めず、素っ頓狂な声を上げ、助けを求めるようにミァンへと視線を向ける。


「円卓とは、この大陸に存在する全ての騎士の力量を測り、格付けを行う権威機関です。全ての力ある騎士は、円卓からの叙任を受け、それぞれの力に相応しい席次を与えられます。そして、その席は全五十四席。ちなみに、その中で私は三十七席。そして、ロンドが十四席。先に戦った、カリヴァン・レヴは第七席でした」


「じゃ、じゃあ――。リクトはその円卓とかいう順番の中で、いきなり九席にされちゃったっていうの!?」


「はい――そうなります」


 声を荒げて尋ねるリンに、ミァンは静かに頷く。それはリンにとっては望まぬ事態であり、ソラス王国にとっては願ってもない僥倖でもあった。


「リクト。お前はわかっちゃいないだろうが、円卓の序列はこの世界では絶対だ。九席ともなれば、その名前だけで、相手にとっちゃとんでもない驚異に映る。言っておくが、俺たちソラスはお前のその序列をとことん利用させてもらうぜ。こっちもギリギリなのは、お前もわかってるだろ――?」


「でも、なんで俺がいきなりその円卓ってのに――? それに、俺がカリヴァンをやっつけたのは、ついこの前だっただろ?」


「円卓を構成する円卓会議の主催達は、皆不思議な力で大陸全土の出来事を見通しているそうです。恐らく、私たちの戦いもその目で見ていたのでしょう」


 尚も疑問を口にするリクトにミァンは答え、そのまま言葉を続けた。


「そして、グロウ陛下は新しく、そして異例とも言える早さで第九席に任ぜられたリクトさんとお会いしたいと仰っていました。ぜひ一度お話をしてみたいと」


「正直に言えば、会談の内容は良くなかった。アナムジアにしてみれば、俺たちは厄介な火種だ――。誰だって戦争はしたくない。しかも、今回は相手がエルカハルだ。戦えば、どっちもただじゃ済まねぇ。アナムジアにしてみれば、すぐにでも俺たちには出て行って貰いたいくらいだろうぜ」


 ロンドは肩をすくめて言うと、リクトの肩に手を置き、その上でリンに目を向けて口を開く。


「――悪いな、お嬢ちゃん。もう暫く、あんたの騎士を使わせてもらうぜ」


「は、はわっ――!? な、何言ってるの!? リクトは、私の騎士なんかじゃ……! それに、私は――」


「ははははっ! そう言ってやるな。俺たち騎士には、帰る場所が必要なんだよ――。それと――ファル!」


 顔を真っ赤にして否定するリンに対し、ロンドはからかうような笑みを向ける。そしてそこで言葉を区切ると、彼らの様子を少し離れた場所から見ていた小さな人影――ファルに向かって声をかけた。


「ほいほーーい?」

「明日はお前も来てくれ。向こうの近衛が竜騎兵ドラグーンのことで相談したいことがあるらしい」


「ふんふん? わかったよ~~!」


 ファルは片手を上げてロンドに応え、そのまま全身をふらふらと揺らしながら楽しそうな笑みを浮かべた。


「ところでさ――。明日、リンも連れてったらダメかな? 会談には無理でも、街を見せてやりたいんだけど……」

「そういうことなら問題ありませんよ。グロウ陛下にも伝えておきます」


 リクトの提案にはミァンも同意し、リンもまた、皇都に同行することとなる。


 こうして、会談についての情報の共有と段取りが一通りなされると、ミァンはその場にいる全員を集め、口を開いた。


「それでは皆さん。明日は宜しくお願いします」


「アナムジアの皇帝グロウといえば、最強国家の王のくせに、さらに円卓での席次も第二席とかいう化け物だ。お前ら、機嫌を損ねないように気をつけろよ」



 いつもはどこか余裕を感じさせるロンドの言葉も、このときだけは真面目そのもの。つまりそれは、歴戦の騎士であるロンドの目から見ても、皇帝グロウがそれだけの人物であると言うことを、何よりも如実に物語っていたのである――。

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