城と民

 

 広大な大地を西に向かって移動するグラン・ソラスは、いよいよ目的地であるソラスの同盟国『アナムジア皇国』の領土へと入っていた。

 周囲の気候も、地球で言えばステップ気候に近い乾燥した大気から、温暖かつ、僅かな湿度を感じる大気へと変わりつつある――。


 グラン・レヴとの戦い、そして、リクトとリンがこの世界にやって来てから二週間が経過しようとしていた――。




 現在、地球上の全ての大陸を一つにした物と、ほぼ同等の広さを誇るこのフリオング大陸には、二つの巨大国家がある。


 一つは、エルカハル神聖帝国。


 エルカハル神聖帝国は、古くから複数の国の連合で知られた地方に、突如として現れた新興国家である。エルカハルはその武力を持って周辺国家を次々と併呑。各国の持つ城と竜騎兵ドラグーンを接収し、急速にその勢力を拡大していった。


 だが、強硬な戦力増強と領土拡大を支えるべく、帝国内では厳格な階級制が敷かれ、元来の帝国民以外は四等、五等市民として激しい搾取を強要されており、その高圧的な支配には、常に恐怖と不満がつきまとっていた。




 そしてもう一つが、たった今グラン・ソラスが向かっているアナムジア皇国。


 アナムジア皇国は、ソラス王国とほぼ同時期――五竜歴百年頃に建国された伝統ある大国である。その領土は水が乏しいフリオング大陸にあって比較的肥沃であり、その上、代々の賢王は領土内での争いにうまく立ち回った。

 多くの国、多くの土地が攻城戦シージの激化による大破砕を一度は受けているにも関わらず、皇国の首都周辺は、この五百年の長きにわたり一度も外敵の侵入を許していない。


 だが、今この二大国家は極度の緊張状態にある。両国の領土の丁度中間で緩衝地帯の役割を果たしていたソラス王国が、エルカハル神聖帝国に敗北し、その領土を失ったからだ――。




「――じゃあ、そのアナムジアってところまで辿り着けば、安心ってことなの?」


「そうですね。いくらエルカハルが強大とはいえ、それはアナムジアも同じこと。そう易々と手は出せないはずです」


「ソラスとその国は、仲良かったんだろ?」


「はい、ソラスとアナムジアはお互いの建国当時からの同盟国です。きっと、助けになってくれるはずです」


 広々とした石畳の上を歩くリンと、リンに手を引かれて歩くラティ。そしてその隣を歩くリクトとミァン。四人は今、グラン・ソラスの城下街へと向かっていた。

 少しだけ不安そうに問いかけるリンに、ミァンは安心させるように微笑むと、目の前にある大きな木製の門を守る衛兵に声をかけ、その門を開けさせた。


「さぁ、着きました。ラティ――ここが、グラン・ソラスの城下街よ」


「わぁ――……!」




 ラティの大きな赤い瞳に、輝く日差しと青い空が映る。

 色とりどりの花々が植え込まれた町並みと、要所要所に設置された樹木による木陰が、小道に涼やかな安息地を作り出す。そして流麗な石畳が敷き詰められた大通りの左右では、心地よい音色と共に美しく透き通った水が、地下水道へと流れ落ちていく。


 ――門を抜けたリクト達の目の前に広がる光景は、活気に満ち溢れていた。多くの人々が道々を行き交い、商人は声を張り上げ、婦人達が食材を物色し、兵士達は研ぎ澄まされた武具に目を輝かせている。


「……すごい。みんな、生きてる……」


「たしかに、みんなあれからすげぇ元気になったよなぁ!」

「私たちが初めて見たときは、もっとボロボロで、大変だったもんね」


 思わず感嘆の声を上げて口に手を当てたラティに、リクトは笑って同意する。事実、リクトとリンが初めて目にした城下街の光景は酷いものだった。崩れ落ちた建物に、傷つき、疲れ果てた兵士達。そして、身を寄せ合って震える人々――。

 当時を知る二人にとって、僅か二週間で人々がここまでの笑顔を取り戻したこと自体、とてつもないことなのだ。

 

「ここに住む私たちは皆、巨神であるグラン・ソラスの加護を受けています。グラン・ソラスがその力を取り戻し、ここで生きる人々が活気を取り戻せば、負傷者の傷も早く治りますし、食べ物も豊富に取れるようになります。水だって、綺麗な水が流れるようになりますしね」


「野菜や麦だってこのお城の中で育つし、動物も大きくなるんでしょ?」

「ふふっ――グラン・ソラスの中には沢山の畑も、牧場もあるんですよ」


 美しい町並みへと歩みを進めながら、リンは未だに信じられない様子でミァンに尋ねる。既に何度も尋ねられた質問ではあったが、ミァンはリンのその問いにも笑顔で答えた。


「グラン・ソラスに残された神の力によって、城内にいる限り、衣食住に困ることはありません。でも、反対に城から離れれば、私たちの住むこの大陸は水に乏しく、食べる物も少ない不毛の大地です。ですから、人々は城に集まり、城が国となったのです。城が滅ぶとき――それは、国とその国に住む民が滅びることを意味しています」


「国があるから城が出来たんじゃなくて、城があるから国になったなんて――本当に凄いスケールの話だよな!」


 リクトはミァンの話に興奮した様子で身震いすると、ラティの手を引いて大通りへ駆け出していく。そしてそれと同時に、ミァンやリクト、リンの姿に気付いた街の人々が、笑顔で彼らを出迎えてくれた。



「おー! リクト! それに姫様! お嬢ちゃんも!」

「まぁ、姫様! 今朝採れたばかりの野いちごですよ、一ついかがですか?」


「リクトー! ドラグーンごっこしようぜー! 俺リクトやるから、お前カリヴァンな!」


「ちょっ! なんで俺がリクトなのにリクトの役じゃないんだよ!?」


「すごーい、あなた、とってもまっしろなのね! ねぇねぇ……どうしたらそんなに白いおはだになれるの? わたしもなりたーい!」


「――ありがとう。うれしい――」


 二人の目の前であっという間に子供達に囲まれるリクトとラティ。

 ミァンとリンもまた、道沿いの商店から次々に声をかけられ、前に進むのも覚束なくなってしまう。




「フッフッフ……このカリヴァン・レヴに挑むとはファッキン愚かな奴だ! クレハ・リクト!」

「うるせー! お前なんてこの剣で倒してやるー!」 



「あーあ、すっかりノリノリになっちゃって……ああなるとなかなか離して貰えないのよね~」 

「リクトさんは、子供達に大人気ですものね」


 そこまで言って、突然ミァンは真面目な顔となってリンへと向き直る。

 

「リンさん、私たちがまたこうして笑顔を取り戻せたのは、リクトさんとリンさんのおかげです。本当に、ありがとうございました」


「え――……? リクトはともかく、私は……何も……」


 改めてそのようなことを言われたリンは、不思議そうな顔でミァンを見つめた。

 だが、ミァンは笑顔で頭を振ると、そのまま話を続ける。


「リクトさんから聞きました。あのとき自分が戦えたのは、リンさんのおかげだって。リンさんを守りたくて、自分は頑張れたんだって――」


「リクトが……そんなこと……」


 ミァンは笑みを浮かべたまま目をつぶり、頷く。


「リクトさんにとって、リンさんはとても特別な女性なんでしょうね――」

「ミァン――……」


 ミァンのその呟きは、少しだけ寂しそうな色を帯びていた。

 そして、そう言われたリンもまた、そのミァンの言葉を否定も肯定もしなかった。


 リンにとって、間違いなくリクトは特別だった。

 だがリクトにとってはどうか。リクトにとって、自分は本当に特別なのかどうか――。


 なぜだかはわからないが、それを考えたとき、リンは少しだけ、リクトという存在を遠くに感じずには居られないのであった――。


 


 ○    ○    ○




「アナムジア皇国、皇都を目視!」




 甲高い鐘の音が城内に響き渡る。そしてそれと同時、城内が一斉にざわめき、多くの兵士、民、士官たちが城壁の上へと登り、ある一方へと目を向けた――。




「ねぇリクト! さっきの聞いた!?」

「ああ、やっと着いたみたいだな!」


 石畳の上を駆け抜けるリクトとリン。


 二人はそのまま石造りの階段を駆け上がると、爽やかな風が吹き込む天板を跳ね上げ、城壁の上へと身を乗り出す。



「うお……! す、すげぇ……!」

「お、おっきい……!」



 高くそびえる二つの尖塔。その尖塔はどちらも高さ数キロに達しようかと言うほど。そして二つの尖塔中央部には、巨大な太陽を思わせるオレンジと赤に塗り込められた円形の構造物。その様は、城と言うより塔。二つの長大な塔を中心とした、圧倒的に巨大な、大陸最強国家の城だった――。



   

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