謁見


 リクトとリンにとって、皇都周辺から続く城への道のりは、驚きの連続だった。


 遠目ではわからなかったが、近づくにつれ明らかになる皇都の全貌に、二人は目を見張る。

 大陸でも有数の都市である皇都には、が規則正しく正円を描くように配置され、その中央に二つの巨大な塔を持つ主城『グラン・アナムジア』がそびえ立つ。


 それぞれの城にはその内外合わせて十万以上の人々が暮らし、全ての城を合わせた都市の規模は、二人の目から見ても現代地球の大都市と比肩しうるものに見えた。


 皇都の外観も特徴的で、ミァンの話ではだという、三角錐型の巨大な浮遊石柱が空中にいくつも浮かんでいた。それら石柱は街の中でなにかしらの犯罪が起こる度にせわしなく空中を移動し、当事者達を捕縛したりなどしている。なんでも、戦争の際には自律型の機動兵器にもなるらしい。



「――アナムジアって、ソラスとは随分雰囲気が違うんだな……。ソラスの街はおとぎ話の世界って感じだったけど、ここはどっちかっていうとゲームや映画の世界みたいだ」


「それぞれの国では、所有している城に応じて出来ること、出来ないことも変わります。例えば、グラン・ソラスは周辺の自然環境を整える力に優れていますが、アナムジアでは五つの城と、グラン・アナムジアを複合させることで、他国では考えられないような生活水準を実現していると聞いています」


「へぇ~~~! 城ってほんとすげぇな~~!」


 相変わらず博識なミァンの説明に、リクトは感嘆の声を上げつつ周囲を見回す。ベージュと白で整えられた街の建物と、広く、整備された石畳の道路。大通りでは何台もの馬車が同時に行き交い、左右に配された歩道も大勢の人々で賑わっている。

 

 また、そういった人々に対して商売を行う商店や売店の数、規模、造形すらも凄まじい。五階建て、六階建てのショッピングセンターのような建物や、二十階建ての塔のような図書館。大きな酒樽のような形をした盛り場など、リクトとリンが居た世界では、考えられないような造形の建物も無数に存在していた。


 街を歩く人々の服装や肌の色も様々で、かつ、そこに住む人々もまた、お互いの出自にとらわれず、独自のコミュニティを都市の中で構築しているように見えた。それら多様性すらも大きな器で受け入れているという事実は、この街の巨大さをより一層引き立て、この都市が大陸の中心地であるという実感を、訪れた人々に否応なく認識させていくのである――。




 ○    ○    ○




 たっぷり半日程もかけて城へと辿り着いたリクトたちは、一度リンやファル、グレンとも別れ、そのまま謁見の席上へと案内された。


 実際に辿り着いたグラン・アナムジア城内は広大で、席上までの移動には、翼竜に変形した移動型の竜騎兵ドラグーンに乗り、飛行しながら移動することになる。


 事実、城内の天井は高いところでは百メートル以上。低いところでも十メートル近くあり、城内を竜騎兵ドラグーンが闊歩することを想定して作られているのが見て取れた。



 ――翼竜による移動が終わり、リクト、ミァン、ロンド。そして少数の近衛騎士を連れたソラスの面々は、アナムジア皇国の皇帝、グロウとの謁見の場へと到着する――。




 大陸最強国家の皇帝――。




 このときばかりはさすがのリクトも着慣れぬ騎士の正装に身を包み、やや緊張した面持ちで正面を見据えた。




「――よくきた。堅苦しい話は既に済ませているのでな。楽にしてくれ」

 



 そのリクトの瞳に映ったのは、この世の物とは思えないほど豪勢な料理と調度品の数々。そして真紅に塗り込められた華美な内装と、その中心で豪奢な着衣に身を包んだ、妖艶な赤い髪と、射貫くような眼光を持った女性――。


 年の頃は二十代半ばだろうか。その髪と同様の赤い瞳は、こちらを値踏みしているかのよう。リクトはその視線から何もかも見透かされているような――見透かされようとしているような嫌な感覚を覚えたが、ギリギリのところでその視線から目を逸らさずに、耐えることに成功する。



「フッ……いい子だ。どうやら、ただのガキではないらしい」



 そう言って、その女は笑う。リクトはそこで我に返ると、目の前の女性が皇帝グロウであることに気づき、事前に打ち合わせをしていた口上をそのまま述べ上げようとする。




「あっと――その、クレハ・リクトです。本日はお招きにあずかり――」

「――楽にせよと言った。私はそんな言葉が聞きたくてお前を呼んだのではない」


「グロウ陛下。彼は……」


 リクトの口上を遮るグロウ。ミァンはリクトに助け船を出そうと一歩前に進み出るが、グロウは目線で用意された席に着座するよう促すと、そのまま話を続けた。


「――わかっている。リクトよ、ミァンから聞いた話によると、お前は異邦人らしいな?」


「異邦人? まあ、そうなる、のかな――?」


 グロウは再びあの値踏みするような瞳をリクトへと向け、唐突に異界からやってきたというリクトの話を口に出す。そして僅かに身を乗り出すと、そのまま矢継ぎ早に様々な質問を浴びせかけた。


「第七席のカリヴァン・レヴに勝ったのだろう? いったいどうやった?」

「ん~と。こう、バーンってやってドーンって……!」


「馬鹿でかい剣でグラン・レヴを斬ったとか?」

「いや、斬ったのは俺じゃなくてミァンだけど!」


「ラティとかいう幼竜を白竜に目覚めさせたのもお前なのだろう?」

「いや――。あれは、どうなのかな?」



「フッハッハッハ! 面白いやつだ! 気に入ったぞ、リクト!」

「あはは……凄い量の質問だった……」


 会談が始まってちょうど一時間が過ぎようとしていた。


 酔いも回ってきたのか、皇帝グロウはリクトを自らの席のすぐ隣へと呼ぶと、ようやく質問を終え、肩に手を回してバンバンとリクトの腕の辺りを叩いた。


「ミァン。ロンド。お前たちは随分いい拾い物をしたようだな。どうだ、こいつをアナムジアに譲る気はないか? そうすれば、お前たちを匿い、エルカハルと正面きって戦ってやっても良いぞ」


 グロウはそう言ってミァンへと視線を移すと、リクトの肩を引き寄せる。グロウにしてみれば、面白い玩具を見つけたというような感覚であろうか。


「おお! そいつは願ってもな――」

「――だ、ダメです! 陛下、人身を交渉ごとにお使いになるのはおやめ下さい!」


 身を乗り出して承諾しようとしたロンドを一瞬で制し、ミァンが更に身を乗り出して答える。グロウはややあっけにとられた顔を見せたが、すぐに笑みを浮かべた表情に戻ると、リクトを手放し、片手をひらひらと振って頷いた。


「フハハッ! ――冗談だ。私とて皇帝。そのようなことで開戦を決断したりはしない。それにどうやら――ミァンは私の予想以上にリクトが大切なようだしな」


「そ、それは。もちろんそうです。彼には、何度も助けて貰っていますから――」



「おいおい、マジかよ……」


 だんだんと小さくなるミァンの声に、何かを悟ったロンドが戦慄し、グロウは更に笑みを深める。だがそこで、グロウは決意したように突然立ち上がると、リクト、ロンド、ミァンの全員へと視線をめぐらせ、口を開いた。


「先ほどの開戦条件は冗談だ。もとより、エルカハルとはいつか雌雄を決さねばならぬと思っていた。それがただ少し早まるだけのこと。恐れる理由は何もない」



そしてグロウは横のリクトを見つめ、言った――。



「だが、私はこれだけは聞いておかねばならぬ――。クレハ・リクト、円卓の新しい第九席よ――」


「俺に――?」



 そう声をかけられたリクトは、呆気にとられたような顔でグロウを見上げた。



「アナムジアとエルカハルが戦えば、敵も味方も万を越える死者を出す壮絶な物となろう――。聞けば、お前のいた世界は大層平和だったそうではないか。お前は、そんな戦いの引き金を自ら引けるのか? その戦いを、戦い抜く覚悟はあるのか?」


「万を、越える……」



 青ざめるて下を向くリクトに、グロウは続ける。



「お前は言ったな、自分は孤児だったと。だが、これからはお前が戦えば戦うほど、お前と同じ境遇の幼子は増えるだろう。それでも、お前は戦えるのか? お前はもう第九席だ。もし戦争が始まれば、戦わないという選択肢はない」



 押し黙るリクト。グロウのその言葉は、リクトにとって自らの過去を抉る、痛烈かつ純粋な問いかけだった。



「覚悟がないのであれば、いますぐにその席次を返上し、客人としての身分へと戻るが良いだろう。少なくとも、私はそれを責めはしない――」


「リクトさん――……」

 

 リクトは、自分の鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 カリヴァンとの戦いで、リクトはただ必死だった。リンを、ミァンを、グラン・ソラスのみんなを守りたいと。それだけを考えて戦った。



 だが今思えば、自らが倒したカリヴァン・レヴにも、そして崩れ去ったグラン・レヴも、多くの命を背負っていたはずなのだ。



 リクトは気付く。自分が、その事実から必死に目を逸らしてここまで来てしまったことに――。



 リクトは気付く。それが、自らが行ったことに対して、どれだけ無責任なことであったかを――。



「俺は――。俺は――…………」


 

 その時のリクトには、そう震える声を必死に絞り出すだけで、精一杯だった――。

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