そして、星に還る


 光――暖かな光。


 星空輝く夜の空に向かって立ち昇る、無数の光の粒子。



「綺麗――」



 光の中、リンはゆっくりと天に昇るその光に感嘆の声を上げ、空を見上げた。

 その光景の美しさ、そして優しさは、まるで先ほどまでの天変地異の如き死闘が、夢か幻であったかのように錯覚するほど――。


 リンは、自分を必要だと言ってくれた少年の手をしっかりと握りしめながら、その光景に目を奪われていた――。




「――リン。ありがとう」

「――え?」



 その声に、リンは視線を少年へと向ける。

 そこには、柔らかな微笑みを浮かべ、リンを見る少年の姿があった。


 少年――リクトは、リンに握られた片手にもう片方の手を添えて優しく握りしめると、リンの瞳をまっすぐにのぞき込み、口を開く。



「――本当は、凄く怖かったんだ。俺が、俺でなくなっちゃいそうで――。しかも、俺もそれをほとんど受け入れてて――」


「リクト……」



 そう言われて初めてリンは気付く。リクトの体のあちらこちらが、未だに透過し、光と一体化していることを――。



「大丈夫……。リンが、俺のことを俺でいさせてくれたんだ。だから、だい――」

「――馬鹿。あんたって、本当に馬鹿――」




 その姿を見て、視線を震わせたリンを安心させようとするリクト。だが不意に、リンはリクトを抱きしめると、そのまま光が立ち昇る地面へと倒れ込み、リクトの背に回した両腕に力を込め、横倒しのまま、リクトの瞳をまっすぐに見つめた。




「私、もうずっと前から決めてた。ずっとリクトの側にいるって。何があっても、絶対に離れないって。そしたら、こんなわけのわからない世界にまで来ちゃった……」



 少し寂しげに、そしてどこか自嘲気味に呟くリン。 



「ほんと、笑えるよね――?」


「リン……」


「私は――リクトがどこの誰だって構わない。とにかく、ただ私の側にいてくれれば良い。だから、私の許可もなしに私から離れられるなんて、思わないでよね――」



 リンは、いつしか涙を浮かべた瞳で――。

 しかし、笑顔で、リクトに向かってそう言った。


 それは、今のリクトにとって、何よりもかけがえのない言葉だった。

 その言葉はリクトにリクトという存在を与え、魂を与え、力を与えた。


 リクトは、リンの言葉に呼応して力と実体を取り戻したその腕で、リンを彼女がするのと同じように抱きしめると、彼女の首元に顔を埋め、そのぬくもりを全身で感じ取ろうとする。


「――わかったよ。俺も、絶対に離れない――!」

「そうよ――それでいいのよ――。馬鹿リクト――」



 純銀の光の粒子。夜空の中で佇む光の巨神。


 その中で、この世界にたった二人。地球という他の世界からやってきた二人は、いつまでもその光の中で、お互いの存在の大切さと、暖かさとを、確かめ合っていた――。




 〇    〇    〇




「エクス・リューン……」


「――? どうした、姫」


「いえ――」




 ――カルボーハル近傍。



 

 フレス・ティーナの胸部を解放し、穏やかさを取り戻した風にその身を晒すミァンと、その隣を飛翔するブリング。二騎の周囲にもエクス・リューンの放つ光の粒子は舞い踊り、その光は、そのまま崩壊した大地と騎兵達とを優しく癒やしていく――。


「どこか、遠い国の出来事のような――とても懐かしいような――そんな光景を、思い出していました――」


「国の――? そりゃあ、俺も故郷には帰りたいですけどね」


 ミァンのその言葉を、在りし日のソラスのことだと思ったのか、ロンドは曖昧な返事をすると、そのままブリングを加速させ、フレス・ティーナを先導するように前に出た。だが、ミァンは――。




『どうか、貴方だけは変わらないで――』


『愛しています。たとえ住む世界が変わっても、私は、貴方のことをずっと――』 


 

 

(あの声は、私の――そして――)


 

 ミァンはフレス・ティーナの解放された胸部甲冑の上で、夜空の下に佇むエクス・リューンを見た。その光景は、ミァンにどうしようもない切なさと、愛おしさを想起させる。そして今、その気持ちはそれだけにはとどまらない。その光の向こうにいる少年――リクトの姿もまた、ミァンにははっきりと見えていたのだ。 



(リクトさん――。私は、貴方のことが――)



 その呟きは、まるで降り積もる光の粒子に溶けるように風に乗り、そして、そっと消えた――。




 〇     〇     〇




「――皇帝陛下。シエン・ミナイとデウス・バースは敗北。また、カルボーハル上空だけでなく、フリオング大陸全土で影の世界への門が拡大しているようです」



 削り出された巨大な黒曜石造りの壁面。オブシディアンの黒で塗り込められた壁面に、赤熱の炎が揺らめき、その荘厳かつ漆黒の広間を照らし出す。



「――そうですか。ミナイとデウス・バース。この二つをもってしても倒せないとは……。やはり、救世神の名は伊達ではありませんね――」


 巨大な謁見の間に、まるで煌びやかな宝石のような、どこまでも美しいとしか形容できない透明な声が響いた。


 その声の主、豪奢な造りの玉座に腰掛け、白金の法衣を身に纏い、腰まで伸びた輝く金髪をなびかせた、神々しいかんばせの青年――。



 彼こそ、エルカハル神聖帝国初代皇帝――アレクシア・エルカハル。僅か数年で形骸化していた先王から玉座を譲り受け、元より共和制であったエルカハルを君主制へと移行させた。その後の領土拡大は圧倒的であり、今や彼の元には数百万という臣民が臣従する――神にも等しいエルカハルの絶対君主である。


「それで、ミナイはどうしました?」


「現在確認中です。ですが、ミーティアの反応は健常そのもの。恐らく、ミナイ様自身もご無事かと――」


「それは良かった――。こうしてようやく彼の願いが叶ったというのに、肝心の彼がいないのでは、あまりにも残酷ですからね――」


 アレクシアはそう言うと、ゆっくりと、優雅な身のこなしで立ち上がり、天上に輝く水晶鏡へと視線を移す。そこには、無数のビル群や家屋。鉄の馬車に、空飛ぶ鉄の鳥――。


 しかも、その光景は徐々に天上から大地へと近づき、アレクシア達その光景を見るものに、迫りつつあるかのように見えた。


「ここまでは、円卓会議の予想通りというわけですね。影の世界と我々の世界、二つの世界の融合――そうすれば、我々の世界もまた、かつてのような豊かさを取り戻すことができると――」


 アレクシアは言うと、階下から自らをのぞむ臣下たちに穏やかな笑みを向け、静かに宣言した。


「では、かねてよりの計画通り、します。アナムジアのグロウ陛下とは、私が直接交渉しましょう。皆、くれぐれもぬかりなきよう――」


「「「 我が祖国と、選ばれし民のために! 」」」


 その言葉に、一斉に沸き立つ城内。


 アレクシアはその光景を眺めながら、ただにこやかに、神々しい笑みを浮かべ続けるのであった――。


 



 そして、この宣言から一週間後。フリオング大陸と――即ち地球は、未曾有の邂逅を果たすことになる。そしてその邂逅は、二つの世界を巻き込んだ、最悪の悲劇と、壮大な奇跡の始まりでもあったのである――。





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旧版・攻城大陸 ここのえ九護 @Lueur

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