第五章
星剣
エクス・リューンがその巨大な拳を突き出す。突き出された拳をデウス・バースが受け、殴る。天地を揺るがすその戦いは、大陸南端の岩盤を粉々に粉砕し、いつしか二体の巨神の足下には、ひび割れた岩盤に流入した海水と、裂傷から吹き上がる灼熱のマグマが、噴煙と水蒸気とを同時に上げ始める。
天上からの星々の光。砕け、割れた大地からの赤熱の光。そして二体が殴り合う度に巻き起こる巨大な落雷とプラズマの閃光。そしてさらにその豪炎の嵐の中戦いを続ける無数の
その様相はまさに神話――。
神話に謳われた伝説の戦い、その再現――。
『 うおおおおおおおお! 』
『 はああああああああ! 』
閃光のオーラを纏うエクス・リューンの拳が、デウス・バースの右肩を粉砕、よろめく巨体がたたらを踏んでマグマの渦を踏み抜くと、溢れ出たマグマは辺り一帯へと洪水のように流出し、周辺の地形を赤黒く燃やし尽くしていく。
『 まだだ、リン! 』
『 わかってる! 』
後方へと倒れ込まんとするデウス・バースの巨体をエクス・リューンは逃がさない。エクス・リューンはすかさずデウス・バースの砕けた右肩を掴むと、なんとそこを支点として、遠大かつ長大な左回し蹴りを、デウス・バースの頭部に叩き込んだのだ――!
その質量、数百万トン。全長数百メートルにも及ぶ岩石の塊を叩きつけられたデウス・バースの障壁が一撃で消滅。頭部がはじけ飛び、残る左肩と背面の巨大な翼が粉々に破砕。大陸そのものを鳴動させて、デウス・バースの巨体がカルボーハル沿岸の洋上へと叩きつけられる。大質量の隕石が墜落したかのような衝撃に、海水が一瞬で発熱し、蒸発。高さ数十メートルにも及ぶ津波が大陸に押し寄せ、マグマと混ざり合って溶けていく――。
『 ――ク、ククク! アハハハハハハハハッ! 』
『 ――やっぱり、あれでもダメか! 』
『 しつこい! 』
『 たしかに凄い力だ。認めてあげるよ、クレハ・リクト――。だけどね、それでも僕は倒せない。三体の巨神が合体し、さらにミーティアの力まで上乗せされた、このデウス・バースにはね! 』
辺り一帯に響き渡るミナイの狂気に満ちた声。
それと同時、あれほどの大破砕を受けたはずのデウス・バースの肉体が、みるみるうちに修復を開始。しかも、その修復速度は先ほどまでの比ではない。対して、エクス・リューンの全身には徐々にダメージの蓄積が始まっていた。
(リクト! リン! このままじゃエクス・リューンはともかく、体の代わりになってるグラン・ソラスがもたないよ! 早くなんとかしないと!)
『 わかってる――。でも、あいつを一発で消し飛ばすための力を溜めるには、時間が―― 』
エクス・リューン内部、光と同一化したリクトは、苦しげに唇を噛んだ。エクス・リューンの力を一点に集めれば、デウス・バースを消滅させることは出来るだろう。だが、そのためには当然ながら膨大なエネルギーを必要とする。そして、それだけのエネルギーを集めるための時間を、デウス・バースが――シエン・ミナイが見過ごすわけはないのだ。しかし、その時――。
『――時間を稼げば良いのだな。光の神よ――!』
『――グルセーブもようやく心臓があったまってきた――!』
『――ここまで我らと共に戦ってくれた礼をせねばな――』
『――クト・アハトも、そろそろ出番をと、申し上げておりますよ――!』
『『『『
瞬間、エクス・リューンの周囲で一斉に四つの紋様が天地に咲いた。
それはまさしく攻城戦開始の咆哮。しかもそれは先ほどの絶望に満ちた咆哮ではない。グラン・ヴェルデ。グルセーブ。インボルク。クト・アハト。四つの巨大な城が空中に浮遊を開始し、次々とその姿を巨神へと変じていく。
開戦から数十分。多くの
『ここまで来れば、あとは勝つのみだ! 全軍、死ぬ気で時間を稼げ!』
『捕まれば死ぬ! いいか、的を絞らせるな!』
『全軍の守りはインボルクにお任せを。各々の障壁を最大限強化致しましょう』
『クト・アハトもいよいよ、本気を見せる時がきたようですな――!』
次々と巨神への変形を終え、エクス・リューンを守るように前に出る四体の巨神。
リクトとリンはエクス・リューンの内部でその光景を見、思わず笑みをこぼした。
『 みんな――ありがとう――! 』
『 リクト、これなら――! 』
『 ああ――これならやれる! 』
エクス・リューンがその掌を天高く掲げる。天に輝く星のきらめき。その一つ一つが、掲げられたエクス・リューンの掌に呼応するかのように輝きを増し、その光は幾筋もの流星となって天を流れた。光が集まり、その光はゆっくりと、だが確実に一つの形を成していく。すなわちそれは――絶大無比な光の星剣、フラガラック――。
『 雑魚共が――。クレハ・リクトならまだしも、お前達がこの僕に勝てると本気で思ってるのかい!? 』
その光景に吠えるミナイとデウス・バース。瞬間、デウス・バースめがけてグラン・ヴェルデの巨砲が撃ち放たれるが、レイル・ランナを一撃で大破させたその巨砲の一撃も、デウス・バースはなんなく障壁だけで弾き逸らして見せた。
『 勝てるさ! けどな、勝つのは俺じゃない、俺たちだ! 』
『駆け抜けるぞ! 吠えろ! グルセーブ!』
『クト・アハトの最終手段、それは、超上空に転移して、貴方めがけて落下することですよおおおおお!』
障壁で巨砲の奔流を弾いたものの、それによって視界を奪われたデウス・バースはグルセーブの接近を許す。グルセーブはデウス・バースの足下から膝裏に回り込むと、その二つの顎で足回りへと切り裂くような一撃を放つ!
そしてそれと同時、クト・アハトはデウス・バースの直上へと転移。その1000万トンに達する全質量をもって、デウス・バースへと特攻を仕掛ける!
『 それが、どうしたああああああああ! 』
『――っ!?』
『馬鹿な!?』
瞬間、グルセーブの頭部が爆砕。炎上する。あまりにも強固な障壁の前に、グルセーブの顎での一撃は反射され、その威力をまとに跳ね返されてしまったのだ。
そして直上からのクト・アハトの落下にもデウス・バースは即座に反応。白雲を砕き、身に纏いながら落下してくるクト・アハトを寸でのところで回避すると、クト・アハトが落下しきる前に、その四角錐の頭部を右腕で掴み引き上げる。そしてその獅子の掌の握力だけでクト・アハトの頭部を粉砕し、残る左腕でクト・アハトの下半身に掴みかかり、まるで紙かなにかを引き裂くかのように、クト・アハトを真っ二つに破断する!
『ぐああああああ! なんたる、なんたる力――!』
『アハハハハハハ! これで蛆虫が減った!』
狂気の笑みを浮かべ、眼下で爆散するクト・アハトに嘲笑を投げかけるミナイ。だが、そのミナイの視界に、今度は豪炎を纏ったフレス・ティーナ、巨大な水流の上に乗るブリンク。そして片腕を失ったガッツィオと、無数のアナムジア皇国騎兵の姿が飛び込んでくる――!
『巨神だけじゃないですよ! 私たちだって――!』
『やらせてもらう!』
『リクトだけに、やらせるかよ!』
デウス・バースめがけ、一斉に撃ち放たれる竜の
『きゃあああああああっ!』
『く――っ!』
『ぐおおおお!』
『 はぁ――! はぁ――! くそっ! ゴミが! 蛆虫が! 本当にイライラするよ――。ここまで、僕の邪魔をするなんて――! 』
デウス・バースと同一化したミーティアの搭乗部、苛立たしげに額を押さえ、苦悶の表情を見せるミナイ。デウス・バースの持つ強大な力は、ミナイの精神力をもってしても長時間制御し続けることは困難。それによる負荷が、徐々にミナイの肉体にもダメージを与え始めていた――。
『 頭が、痛い――。全部、あいつのせいだ……カリヴァンが傷ついたのも、今、僕がこんな目にあっているのも、全部、あいつの――クレハ・リクトの――! 』
中破したグルセーブと、大破したクト・アハトには脇目も触れず、粉塵と噴煙、そして白煙の渦巻く乱気流の中、蒸発を続ける洋上を、前に進み出るデウス・バース。
この向こうに、エクス・リューンがいる。あの光を、邪魔な光を消す。そうすれば、全てが終わる。ミナイはそう確信していた。そのはずだった――だが――。
『 わかるよ――。俺も同じだった。誰からも顧みられない、必要とされない。あの世界に、俺の居場所はどこにもなかった―― 』
『 クレハ――リク……ト――! お前に、なにが――! 』
粉塵と白煙の向こう側――。ミナイが見たのは、天高く昇華された、光の大剣。その頂点はもはや視認することも出来ず、星々の世界へと続く御柱のようですらあった。そして、その時ミナイは初めて気付いたのだ。自らの上空に、自分たちの生まれ故郷への扉が、その門を開いていたことに――。
『 でも、今の君は居場所を見つけたんだろ? あの人だって、君が帰ってくるのをきっと待ってる――! 』
『 黙れ――! カリヴァンのことを、わかったような口をきくな! 今の僕には、あんな世界いらない! カリヴァンがくれた世界が僕の全てだ! そのカリヴァンを傷つけたお前が、カリヴァンのことを語るんじゃあないッ! 』
加速するデウス・バース。海が割れ、マグマが割れ、大地が割れる。その加速は一瞬で音速を振り切ると、その巨体は大剣を大上段に構えたエクス・リューンめがけ、一気に突撃する――!
――しかし、間に合わない。
眼前へと迫るデウス・バースを見据え、エクス・リューンはその眼差しを一度静かに閉じると、力強い眼光と共に再び見開き、その手に持った星剣をゆっくりと振り下ろした――。
『 リクト! 狙うのは――! 』
『 ああ! ここだ――!』
リクトとリン、二人の声が重なる。
振り下ろされた星剣は、デウス・バースの頭部を回避し、すぐ横の右肩口から左大腿部へと両断。デウス・バースを構成していた中央の巨神、グラン・バース、そして背面の翼、ガドル・エガル。さらにはレイル・ランナの
それは、まるで時が止まったかのような瞬間。
だが、いつまでも続くかのようなその瞬間は、唐突に終わりを告げる。
低く、鈍い音が大気を震わせ、一つとなっていた三体の巨神がゆっくりと結合を解除。同時に、その肉体を構成していた岩塊が次々と砕け、崩壊していく――。
崩落した岩塊は、海中とマグマの海に没し、砕けた大地を癒やす一部となる。
溶け、混ざり合い、大地へと還る神々――。
その光景を、光の神はただ静かに、穏やかな眼差しで見つめていた。その優しい眼差しは、この戦いがたった今、真に終わりを告げたことを、静かに表していた――。
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