光芒


 左腕をロックされ、その巨大な片膝を大地へと穿つエクス・リューン。そしてそのエクス・リューンへと振り下ろされる、闇の神――デウス・バースの拳。


(避けて! リクトー!)


 エクス・リューン内部で響くファルの声。光の神はその声に応えるように、その眼光に再び力強さを漲らせると、一度は大地へと着いた片膝を急速に跳ね上げる――!



 インパクト――。



 三体の巨神が合体し、複合化した、デウス・バースの2000万トンを越える超弩級の巨体が浮かび上がる。エクス・リューンの全身が眩いばかりに発光し、その巨体の機動空間で光の粒子が渦を巻く。


 振り下ろされたデウス・バースの拳は、エクス・リューンの外套部分と右肩上部を削り取りつつも直撃はせず、反対にエクス・リューンの超質量を全身に浴びせ掛けられたデウス・バースは、天上の白雲を全身に纏わせつつ浮遊、大きく体勢を崩し、片翼のみとなった背面から、大陸ごと破砕せんばかりの凄まじい衝撃と共に落下する。


 エクス・リューンの左腕を掴んでいたことにより、距離自体は数キロしか飛ばされていなかったものの、超質量による体当たりを受けたデウス・バースの前部装甲は粉々に砕け散り、まるで流血したかのように、闇の粒子を吹き出しながら火花を散らす。

 

 砕け散った大地から噴煙が上がり、黒煙と共に裂け目から灼熱のマグマがその姿を現し始める。


 だが、エクス・リューンは灼熱のマグマにも戦く様子を一切見せず、ゆっくりとロックされた左腕をデウス・バースの脇下から引き抜く。そして更なる追撃をデウス・バースに仕掛けんと、ゆっくりと一歩を踏み出さんとする。だが――!

 

『GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!』


 デウス・バースの頭部、顎に当たる部分が突如として解放され、無人のはずのデウス・バースが、まるで意志を手に入れたかのような憤怒の雄叫びを上げたのだ。

 同時に、デウス・バースは片翼のみとなった翼を大きくはためかせると、倒れたままの姿勢で大きく後退しつつ浮遊し、即座にエクス・リューンとの距離を取り、体勢を立て直す。しかもそれだけではない、デウス・バースの闇の力が失った片翼部分に収束され、エクス・リューンの一撃によって砕かれた翼が、みるみるうちに再生していく――!


(リクト、翼や手じゃダメだ! あいつを倒すには、心臓コアを狙うしかない!)


 その声にエクス・リューンはゆっくりと頷くような仕草を見せ、再び両腕を広げて大地に立った。そしてその丁度狭間の空中では、巨神の力によるものではない閃光が幾筋も迸る。死闘を続けるアナムジア皇国の騎兵たちと、蘇った不死の軍勢。そして、その力を解放したミーティアと、必死に抵抗するミァン率いる、ソラス騎士団――。




 〇    〇    〇




『きゃあああああああ――ッ!?』


『ほらほらほらほら! どうしたんだい!? さっきまでの威勢の良さは! 少しその気になれば、一度蘇った雑魚共なんかいなくても、僕だけでここにいる全軍を皆殺しにだって出来るんだよ! わかっているのかい!? その意味がぁぁぁぁ!』



 その光景はまるで、天上に咲いた鮮血の嵐。



 二つどころか、数十にも分裂したミナイの円月が、夜の闇の中を亜光速で飛翔する。そしてその度、十騎にも及ぶ竜騎兵ドラグーンが一瞬で同時に惨殺、爆殺され、アナムジアの命が削り取られていく。なんとか凌ごうとするフレス・ティーナやブリングも、あまりにも多すぎるのその数の前に次々と傷を負い、後退を余儀なくされようとしていた。


『さすが古竜エンシェント――。そして円卓第三席というわけか……!』


『ようやくわかったのかい!? 君たちという存在が、いかに矮小で下らないものかってことがさ! でも、少し気付くのが遅かったね――』


 片腕を失ったまま、なんとか追いすがっていたバロアが、ガッツィオの搭乗部で呟く。バロアの言葉を聞いたミナイは、その表情に狂気の笑みを浮かべ、再び月下を舞い踊るように飛翔すると、ミーティアに追従する数十もの円月で周囲の空間ごと切り裂きながら、ガッツィオにトドメをささんと加速した。


『もう、どうあがいても君たちは死ぬんだよ! アハハハハハ!』


 無数の円月がガッツィオに迫る。それは無慈悲な死神の鎌。その鎌から逃れることは、絶対的に不可能に見えた、が、そのとき――。




『……またかい? どうやら、本当に早く死にたいらしいね』


 円月が止まる。ミーティアは何かに気付いたかのようにガッツィオの寸前で停止すると、自身の背後へと声をかけ、ちらと後方に視線を移す。


『やらせないわ――! ここまでコンセントレイトしたシークリーの矢、撃てばアンタの壁を貫通できる! 動けば撃つ!』


 そこには、凄まじいエネルギーの奔流を纏った矢をつがえた、浅緑の竜騎兵ドラグーン、シークリーの姿が――。


『はッ! なら試してみると良い。君の矢が僕に届くのが先か、それとも僕の月が君の命を刈り取るのが先かを――ね』


『……後悔しなさいっ!』


 シークリー搭乗部、すでにリンの周囲の特殊な水晶面はひび割れ、リン自身も肩口と額から鮮血を滲ませている。シークリーの機動力は先ほどの戦いでミーティアによって破壊され、残された手段は矢へのエネルギーチャージだけだった。


 だが、リンはそれでもミーティアを見据えた。否、ミーティアの向こうにいる、リクトを視ていたのだ。リクトがあの姿になったのはなんのためなのか。そんなことはわかりきっている。沢山の命を守るために、リクトはあの姿になってまで戦ったのだ。ならば、自分がやるべきことはなにか。リンにはよくわかっていた。


(やらせない。あいつが必死に守ろうとしてるものを、こんなゴミみたいに――。これ以上、絶対にやらせない!)

 


『リン――っ!』

『馬鹿が! やめろっ――!』


 援護に入ろうとするミァンとロンド。だが、間に合わない。ミーティアはリンの警告にも構わず、即座に円月をシークリーに向けて撃ち放った。そして、それを読んでいたリンもまた、限界までチャージした矢を解放したのだ――。


『撃つ!』

『アハッ!』  


 夜空に迸る光芒。それは、リンの放った光の矢だ。シークリーが限界までその力と願いを込めた一矢は夜空の中を突き進み、遙かに力の上回るはずのミーティアの円月を、一つ、また一つと粉砕し、打ち砕いていく。が――。




『――それでも、僕には届かない』

『――っ!?』




 砕け散るシークリーの矢。そして、砕けた矢をはね除けてシークリーへと殺到するミーティアの円月。その一枚がシークリーの左足を切断。下肢を失い、爆発したシークリーに、円月はさらに攻撃を加えようとする。




(ここまで、なの――?)




 リンは、シークリー搭乗部で自身へと迫る円月を視ていた。それは、搭乗者の視覚を強化するシークリーの能力がまだ生きていることを意味していた。リンは、まるでその光景がスローモーションのように鈍化するのを、全身の感覚で捉えていた。




(リクト――あんたやっぱり、私たちの世界の人じゃなかった――)




 リンは、その鈍化した世界の中で、円月を視ることを止め、リクトであったはずの光の神を視た。リンには確かに視えていた。その巨大な光の渦の中で、必死戦うリクトの姿を。リンは、最後に視るならリクトが良いと、ゆっくりとした感覚の中で静かに思った。




(――ずっと視てた。私、のことをずっと視てた。だって、私以外の誰にも、から――だから、なんだか自分だけが特別なような気がして、特別な秘密が出来たような気がして、面白くて、ずっと視てた――なにも、しないで――)




 ゆっくりと落下していくシークリーの中、リンは初めてリクトを見つけた時のことを思い出していた。雨の中、必死に猫の死体を埋めようとしているリクトの姿を。




(ごめんね、リクト――。もっと早く、もっと長く、あなたと一緒にいられればよかったのに――私が、馬鹿だったから――)




 リンは、そこでリクトを視るのを止めた。泣きじゃくるリクトを助けようとしなかった自分を責めるように、瞳に涙を浮かべ、静かにシークリーの操縦桿を手放した――。








(――それは違うよ、リン)



 光芒、一閃。



「――え?」


『――なに!?』




(多分俺は、リンが気付いてくれたから、リンが見てくれたから、あの世界で生きられたんだと思う。皆に会えたんだと思う。リンのお母さんやお父さん、俺の養母かあさんや養父とうさんと、話せたんだと思う――。だから、ありがとう)




 砕け散る円月。ミーティアの円月を遮るように、光の粒子が収束。凄まじい量のエネルギーの奔流を見せ、その障壁は、ミーティアの月の力を易々と押し返した。

 そして、落下するシークリーを、さきほどラティにしたように優しく受け止めたのは――デウス・バースとの睨み合いを続けていた光の巨神、エクス・リューン。




「リク……ト……?」


(――ああ!)




『くっ――また、邪魔をッ!』


 ミーティアが飛翔し、デウス・バースの頭部へと向かう。ミナイは、明らかに焦っていた。無敵のはずのミーティアの月光が、幾度となく跳ね返され、砕かれる様を見せられる。そんなことは過去一度もなかった。その光景は、ミナイに激しい屈辱と、怒りを覚えさせていた。


『本当に、本当に頭にきたよ――。何度も、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も! カリヴァンを傷つけた上に、一体どれだけ、僕を怒らせれば気が済むんだい!? クレハ・リクトォォォォォォォォ!』


 そしてミーティアの姿が竜のそれへと化身し、そのままデウス・バースの頭部へと収まる。瞬間、デウス・バースは先ほど上げた咆哮よりもさらに禍々しい雄叫びを上げ、その背に双月の力を漲らせると、大地を鳴動させて三次元空間を震わせた。



『ミーティアが、巨神の導きに入った――!?』

『くそがっ! また面倒なことに――!』



 突如としてミナイが取った行動に、驚きの声を上げるミァンとロンド。


 巨神は当然そのままでも起動できるが、そこに強力な竜がとして組み込まれることで、更なる力をより効率的に使用できるようになる。しかも、今相手が取り込んだのは、伝説の古竜エンシェント、ミーティアである。デウス・バースの力がどれほどまで倍加されたのかは想像も付かない。


 しかし、それと相対するエクス・リューンは、そのままゆっくりと傷ついたシークリーを掌の中に収めると、その眼差しを眼下の他の騎兵たちにも向け、静かに頷いた。


(リン――。俺と一緒に行こう。俺とリンなら、何が来てもきっと乗り越えられる。俺は、これからもずっとリンと一緒にいたいんだ!)


(ずっと、一緒に――?)



 光の中に包まれたリンは、その光の中でリクトの姿を見た。そして、リクトが力強く頷き、自分に向かって手を差し出しているのを見た。



(ま、まったく……しょうがないわね……!)



 まるで愛の告白めいたリクトの言葉に、リンは光の中で頬を染め、そのリクトの視線を少しだけ外しながら、その手を握った――。



(いいわ。ついていってあげる。でもそのかわり――この手、絶対に離すんじゃないわよ――!)


(ああ――! 離すもんか! 絶対に!)



 瞬間、シークリーがその姿を変じる。その姿は異形の竜となり、そのままエクス・リューンの頭部へ収まると、光の粒子となって合一化し、燃えるような金色のオーラをエクス・リューンに与えた。




『『 さあ――! 』』




 闇のオーラに神月の力を纏って立ちはだかるデウス・バース。ミーティアの力すら取り込み、最早邪神とも言える力を見せるデウス・バースに相対するのは、黄金の鎧と光の粒子、そして金色のオーラを纏って仁王立つ、エクス・リューン。




『『 これで決めるぞ! 』』




 エクス・リューンは三度咆哮を上げる。その咆哮は、光の粒子を天空へと昇華させ、まるで夜の闇すら払うかのような閃光で辺り一帯を照らし出した。


 そしてこれが、光の巨神と闇の邪神。二つの神が拳を交える、最後の刻となったのである――。

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