聖戦


 ――狂いし神のその力、無限なり。


 神の神たる力の前に、人も、竜も。みな傷つき、力尽きて倒れていく。


 迫り来る破局の時。にじり寄る終焉の闇――。



 だが、全てが闇に包まれようかという正にその時、一条の光芒が天を奔った。


 光芒は天を穿ち、我を忘れた無数の神々を打ち倒して、人と竜とに希望をもたらすまで戦い抜くと、傷ついたその体と魂を癒やすべく、この世界を去った――。



 ――ただ一柱。


 ただ一柱、その神だけは、狂ってはいなかったのだ。




 そして、その神の名こそ――。





「エクス……リューン――…………」


 グラン・ソラス城門前、フレス・ティーナ搭乗部。まるで夢を見ているかのような瞳で、眼前に出現した光の巨神を見上げるミァン。


 ミァンには、なぜ自分の口からその名が呟かれたのかがわからなかった。


 そもそも、なぜ自分はその単語があの巨神の名前だと知っているのだろう――。

 ミァンの脳裏に思い浮かぶ、当然の疑問。しかしそのときのミァンは、彼女が見上げた巨神の背中――その光景に、どうしようもない懐かしさと、狂おしい程の切なさ、その両方を感じていた――。



「リクト……さん……」



 ミァンは続けてリクトの名を呟くと、自身の胸を、その白い手で強く押さえた――。


 


 〇    〇    〇




 割れる天。渦巻く大気。無数の光が灯る天上がひび割れ、その先に人工的な光が広がる異様とも取れる光景。人々は天を見、そして彼らを守る巨神の姿を見た。それは、正に人々が思い描く神話の世界、そのものであった――。



『アハハハ! ――わかったよ。その巨神の正体は君だね? クレハ・リクト。どうやってるのかは知らないけど、その姿も虚仮威こけおどしにしてはある程度の力があるみたいだ!』



 グラン・ソラス上空。

 


 再び狂気の笑みをこぼしながら、その背に双月を背負ったミーティアが踊る。その眼前には光の山脈か、もしくは天を覆い隠す極光の渦としか取れぬような巨神の壁。


 ミーティアは幾たびかの円月による裂帛の斬撃を繰り出す。その狙いは最早カルボーハルでも、グラン・ソラスでもない。この戦場の周囲に存在する全ての人、全ての生命、草木も含めたあらゆる命を刈り取るために繰り出される、古竜エンシェント息吹ブレス。だが――。



『へぇ――?』



 光の巨神――エクス・リューンが、その光り輝く掌をゆっくりと差し出す。


 光の粒子が拡散し、まるで降り積もる雪のように、その光の粒子は辺り一帯、半径100キロにも及ぶ範囲を一瞬で照らし出す。


 そしてその光に照らされ、干渉を受けた円月が――双月の円環が消滅する。その力の消え方は、先ほどまでの激しい力のぶつかり合いではない。ただ穏やかに、静かに、全てを圧倒する光が、より弱い光を飲み込むかのよう――。



『――やるね。月の下にあるミーティアの息吹ブレスを打ち消すなんて。なら、僕もそろそろ真面目に仕事をしようかな』

 

 

 自らの月光が圧し負ける光景を見たミナイは、ミーティアの中でほくそ笑むと、そのまま月下を飛翔して旋回し、光の巨神エクス・リューンを睥睨する程の高空で停止する。そして六つの城とカルボーハル、グラン・バースに二つの城の残骸、それら全てを視界に収め、背面の双月を煌々と輝かせた。



『アハハハハ! 円卓がいないこと! 僕たち帝国の抵抗が弱かったこと! どっちも気になっていたんじゃないかい? 今から僕がその答えを教えてあげるよ! ――この戦場はね、実験場なのさ! 僕たち帝国のね!』


 

 ミナイの嘲笑が木霊する。瞬間、大地が鳴動を開始。それと同時に、仄かな光を発し始めるグラン・バース、レイル・ランナ。そして、ガドル・エガル――。






「これは……何が起こった!? 各城、状況を報告!」


『こちらグルセーブ! 昼に吹き飛ばした獅子型が再構築を開始!』

『こちらインボルク。鹵獲、臨検を終え、ほぼ無人のグラン・バースが再起動』


『クト・アハトです。これはまずいことになりましたねぇ。メタメタにした大鷲型も動き始めていますよ。対してこちらは竜魂ソウルの充填に時間がかかる。こんな酷い話がありますか?』




 ――グラン・ヴェルデ内部、総司令塔。 




 ミーティアの襲撃への対応を急がせていた将軍、ウェントゥス・ヴェルデは、突如として起こった異常事態に背筋が凍り付くのを感じた。


 元より、警戒は怠っていないはずだった。だが、まさか帝国最強の円卓であるシエン・ミナイが、このタイミングで単騎侵入してくるなどとは予想していなかったのだ。


 次々と報告される、哨戒に出撃していた騎兵隊の損害の数々。ミナイが侵入の際に事もなげに惨殺した騎士の中には、円卓第十七席、ダガン・フェリオも含まれていた。それらの報告だけでも、アナムジア軍にとっては危急の事態であり、状況は予断を許さなかったにもかかわらずの――今である。



 日中のうちに撃破、もしくは鹵獲した帝国所属の三体の巨神が閃光を発し、その上空と大地に巨大な紋様を刻み込む。そして一度は砕け、破砕されたはずの巨神を構成していた岩塊が空中に浮遊し、再構築を開始。それはまさしく、攻城戦シージ開戦の咆哮であった。


「馬鹿な……あの三体は今、ほぼ無人のはず。ましてや帝国兵など……。なぜ……なぜ動けるっ!?」


「将軍! 現在、我が軍で巨神への化身が即座に可能な城はありません! このまま一方的に攻城戦シージを受ければ、我が軍は壊滅します!」


「やむを得ん……全城、最大戦速でカルボーハルを放棄する! 撤退を――」


 ウェントゥスの決断は早かった。状況を不利と見るや即座に撤退を指示すると、そのまま他の城にも同様の指令を発しようと、通信用の水晶に向かい口を開いた、その時である――。


『――待って、待ってよ~~!』

「――!?」




 〇    〇    〇




『アハハハハハハ! 何が起こってるかわかるかい!? これはね、元々別々の城を一つに集めているのさ! そうすると何が起こると思う!? 本当に面白いことを考えるよねぇ、あの皇帝もさ!』



 歓喜の声を上げるミナイと、その背後でグラン・バースを中心として組み上がっていく複合巨神。その背には巨大な大鷲の羽根を持ち、頭部と腕部、脚部は獅子。そしてその胴体は強靱、かつ強固なグラン級――。



 通常の巨神を遙かに上回る巨大さと、圧倒的な破壊の力。

 その姿はまさに、破壊の化身、破壊の権化――。



 破壊神、デウス・バース。



『これが、グラン級の複合デウス化……。なるほど、クズの集まりにしてはなかなか立派になったじゃないか。が言ってた数倍の力ってのも、あながち大げさじゃなさそうだ。それに――』


 夜空の下、響き渡るミナイの声。そして脅威はそれだけにとどまらない。日中の戦いで破壊された無数の帝国竜騎兵の残骸までもが、次々と蘇生され、覚醒し、起動を開始したのだ。その光景は、その場にいる全ての人にとって正に悪夢と言えた。



『アハハハ! すごいすごい! 偉そうなことを言うだけあって、一度死んだゴミくずをうまく有効活用してるじゃないか! ――さぁ、君は僕とこのデウス・バース、そしてこの数百の竜を同時に、それも蛆虫共を守りながら、相手にできるかい!?』






『――同時に相手なんて、させるわけないでしょ!』


『!?』


 一条の閃光。それは光の矢。

 ミナイは撃ち放たれた矢に瞬間的に反応すると、背面の円月を展開、その矢を造作も無く叩き落とす。


『――誰だい。死にたがりは?』


『――これ以上、あんたの好きにはさせない! よくも……よくもリクトをっ!』


 不機嫌そうに目線を下へと移すミナイ。そこには空中で制止し、長弓を構える浅緑の竜騎兵ドラグーン、シークリー、そしてシークリーに乗るリンの姿――。


 しかしミナイがシークリーの姿をみとめたその瞬間、空中に浮遊するミーティアの周囲に無数の水球が出現。一瞬でミーティアを包囲すると、空中にあるままにミーティアを水没させる。


『まさか第七席の次は第三席と戦う羽目になるとはな……笑えねぇぜ』


 辟易したようにため息をつく、円卓第十四席、ロンド・アフレック。


『このッ……雑魚共が……!』


『それはどうでしょう!?』


 次にミーティアを襲ったのは、フレス・ティーナの豪炎。


 ミーティアを覆い尽くすロンドの水球が一瞬で蒸発。眼下から直径数百メートルにも及ぶ爆炎の柱が立ち昇り、ミーティアに襲いかかる。蒸発した水蒸気と黒煙、そして紅蓮の炎が渦を巻き、エクス・リューンの光に照らされた大地に、更なる彩りを加えていく。


 そして、三騎の攻撃に続くかのように、続々と方々の城から竜騎兵ドラグーンが出撃を開始。古竜エンシェントという絶大な力と権威を持つミーティアめがけ、戦いを挑むべく集結を開始する。



『――全軍、良く聞け! 我が軍の使命はカルボーハルを死守することである。敵城はかつてないほどに強大。敵騎兵は最強の古竜エンシェント――。我が軍の損害は免れないだろう。だが――』


 戦場と化した月光の下、将軍ウェントゥス・ヴェルデの声が響き渡る。


『だが、見よ! あの光の神を! あれこそ神話に謳われた伝説の救世神、エクス・リューン! 今、光の神は我々に微笑んでいる! ここでカルボーハルを見捨て、カルボーハルに住む多くの民を見殺しにして敗走したとあれば、もはや偉大なる竜に顔向け出来ぬと心得よ! ――全軍、竜の咆哮と共に!』



『『『『 竜の咆哮と共に! 』』』』

 



 〇    〇    〇




『おーーい! りーーくーーとーー! 聞こえるーーーー!?』


 そしてエクス・リューン眼下、グラン・ソラスから響く声。その声の主は、大きな帽子を被り、総司令室の窓からちょこんと顔を出していた、ファル――。



『グラン・ソラスを使って! 今のリクトはただの光なんだ! そのままじゃ、あの化け物を止められない!』



エクス・リューンへと必死に叫ぶファル。届くかもわからないその小さな声は、しかし、確かに光の神へと届いた。



『リクトーー!』



 僅かな停滞の後、エクス・リューンはファルに応えるようにその優しい眼差しを眼下へと向け、城のままとなっているグラン・ソラスへ手を伸ばす。



 そしてその光がグラン・ソラスの長大な主塔に触れる――その瞬間。



『ボクたちはみんなでソラスの仲間なんだよ! だから、ボクたちも一緒に戦う! 行こう、リクト!』


 

 三度の閃光。エクス・リューンの肉体を構成していた光の粒子は、グラン・ソラスを一瞬で覆い尽くすと、グラン・ソラスは急速にその姿を変じていく。


 無数の荘厳な紋様が天と地とに出現。それだけではない。どこからか聞こえる風の歌声。大地の呼び声。それはまるで、光の神、その帰還をこの世界が喜んでいるかのよう。グラン・ソラスの形状が僅かずつ変化し、その全身が発光を開始。黄金の粒子が金色に輝く全身鎧を構成し、グラン・ソラスの頭部にあたる甲冑からは、燃えるような赤い鬣が出現。外套は光り輝き、その両腕は、今までよりも更に力強く、三次元空間をつかみ取る――。




 今、グラン・ソラスを依り代に、エクス・リューンはその大地に顕現した。

 光の神によって数千年ぶりに踏みしめられた大地が砕け、衝撃が辺り一帯を揺さぶった――。



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