25, Small Talk

 ルドヴィカさんとエミリアさん、そして私が席に着く。

 いつも通り配膳を始めたコルデリアちゃんにおそるおそる声をかけた。

「このあとで、また一緒に星みたいな」

「かしこまりました、あかり様。」

 無表情を装いつつ、どことなく嬉しそうな声を聞くことができた。

 わたしたち配膳を終ると、再び料理で満載にしたカートを押してマリーさんたちのところへ行ってしまう。

「今日は何事も無くてよかった。」

 ナイフとフォークを手に取りながら、ルドヴィカがしみじみとそうつぶやいた。

「一度悪いことが起こると、これからも悪いことが続いて行くようにどうしても感じてしまうが、やはりただの思い込みだな。それぞれの事柄に関連は無いのだから。」

「私もそう思います。」

心の底からも同感だった。

 理性では理解していても、感情で不安になってしまうのは人間の性なのだろうか。

 静かに料理を口に含む。

 美味しい。

「あのっ・・」

 この場の、特にルドヴィカさんに対する覚悟を決めたようなエミリアさんの声。

 緊張しているのが手に取るようにわかる。

「どうした?」

 そんなエミリアさんにルドヴィカさんは驚いたような声を上げる。

「これを気に、私、何か新しい取り組みを始めてみたいとおもいますの。」

 精一杯の力を込めて、席から立ち上がる。

「あかりさんも協力してくださるのですよね?」

「ええ・・っと、はい。」

 唐突に話題を振られ、一瞬慌てる。

 エミリアさんが入り口の方に向き直る。

「よろしければ、コルデリアさんにも協力していただきたいと思っていますの。」

 いつの間にかコルデリアちゃんがそこへ立っていた。

 どことなくその顔はこわばっているような気がした。

「まてまて、落ち着け。エミリア。」

 普段通りの頼りがいのありそうなルドヴィカさんの声。ただ、どことなく呆れたような色が声に含まれていたような気がした。

「それで、具体的に何をするんだ?」

「それは・・・」

 肩をすくめるルドヴィカさん。

「その志は良いことだと思うが・・・いまのしきたたりにだってそれなりの理由はある。そのことをきちんと考えてからでもいいんじゃないか?」

「はい・・・すみません・・・」

 おずおずと言った調子でエミリアさんは席に着く。

「それでも、新しいことに取り組もうとするのはいいことだと思うぞ。」

「ありがとうございます。」

 エミリアさんは申し訳無さそうな顔で頭を下げた。

 夕食を食べ終え、みんな思い思いに部屋へ戻っていった。

「お茶のおかわりはいかがですか?」

「ありがとう。」

 ティーポットから注がれたお茶がもくもくと白い湯気を立てる。

「おいしい。」

「もったいないお言葉、ありがとうございます。」

 嬉しそうに一礼をすると、机の上の食器を回収して厨房へ戻っていった

 優雅に食後のお茶を味わ・・

 あれ。

 何か既視感が。

 お茶を急いで飲み干し、コルデリアちゃんの後を追うように厨房へ入る。

「おまたせいたしております。」

 すでにすべて洗われた食器と、明日の朝の仕込みが終わっているのであろういいにおいいのする鍋。

「あっ」

 呆然と立ち尽くす私の手からティーカップを回収するとそれを手早く洗うコルデリアちゃん。

「何か手伝おうかと思っ・・」

「すぐ終わります。少々お待ちください。」

 机を片付けに行ったのだろう。いったん食堂にでたもののすぐ戻ってくる。

 そしてすでに用意してあったバスケットを手に持つ。

「おまたせいたしました。」

 そしてニッコリと弾けるような笑みを浮かべた。

 2人でコルデリアちゃんの部屋へ、そして窓から城の屋根へ出る。

 少し欠けてきた月が、まだまだあたりを明るく照らしている。

「やっぱり夜空はきれいだね。」

「はい。」

 2人手を握ったまま、夜空を見上げる。

 美味しいお茶とお菓子を頂きながら、過ごす2人だけの静かな時間。

「あのっ・・」

「あのっ・・」

 同時に声をかけようとして、同時に言葉を引っ込める。

「コルデリアちゃんから先に・・」

「あかり様から先に・・」

 再び訪れる一瞬の沈黙。

 咳払いをして、私が半ば強引に発言権を奪い取る。

「私、コルデリアちゃんと出会えて本当に良かったって・・・思ってるんだ。」

 いったん言葉を区切る。

「1人だけでお城のすべての仕事を取り仕切ってて、手先が器用で、頭も良くて、料理も上手だし、家事も完璧で、なんでもできて。1人じゃ何もできない私何かとは大違い。」

「そんなことありませんっ・・あかり様はとても素晴らしいお方です。」

 どことなく怒りの混ざった声。

「ありがとう。でも、私より年下のすごい女の子がいるんだってすごい勇気をもらえたんだ。」

「え・・・?」

「私でも、時間はかかるかもしれないけれど同じように凄いことができるようになれるかもしれないって。」

「私も、あかり様と出会えて良かったと思っております。」

「ありがとう。嬉しい。」

「そんな、もったいなきお言葉、ありがとうございます。」

 他愛のない、屈託のない話をした。

 お互いの好きなもの、苦手なもの、嫌いなもの。

 小さい頃の話、将来の夢。

 段々と夜が更けていった。

「ふわぁぁあ・・」

 思わず大きなあくびが漏れる。

「そろそろお休みになられますか?」

「うん、そうする。」

 コルデリアちゃんに案内され自分の部屋に戻る。

「失礼致します。」

 そして、王子服からネグリジェへ着替えさせてもらい、ベッドの中へ潜り込む。

「お休み、コルデリアちゃん。」

「おやすみなさいです。あかり様。」

部屋の電気が消される。

 それと同時に深い眠りに落ちた。

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