暁に手を伸ばして

ゆーが

Prologue

00 The Old Witch

 私が思うにね、人とは絶えず変化し続けなければいけない生き物なのだよ。そうでなければ物理的にも精神的にもすぐに壊れてしまう。

 どういうことだって?

 ありがたい、こんな老いぼれの話を真面目に聞いてくれる若者がいるとは・・・いやすまない。気を悪くしたなら許してくれ。このとおりだ。なにせ他の人間が皆いってしまってから、長い間1人この城で過ごしていたものだからね。

 そして、やつらの私に対する扱いといったら・・・いやすまない、君なこんな話には興味ないだろうな。さて、人はなぜ絶えず変化し続ければならないか、だったかな?

 まず物理的な話から以降じゃないか。今の君の体と、昨日の君の体は厳密には違うものなのだ。代謝というのを知っているだろう?

 君の世界では・・・なんっていったかな、ハンス・クレブスとかいう科学者が見つけたんだったか? 君が何かものを食べるとしよう。それは体内に取り込まれ、新しい君の細胞となって君の体の一部を成す。そしてもう古くなった細胞が体外に排出される。つまりだな、君の体は常に少しずつ作り変えられているのだよ。

 これの何が優れているかというとだな、例えば君が盛大に転んで膝小僧を擦りむいたとしよう。あぁ、気を悪くしないでくれ、別に君がどうこうというわけではなくて適切な例えが思いつかなかったのだ。それは数日もすれば跡形もなく傷口は消えてしまうだろう?

 少しづつ常に体を作り変え続けているから、多少の怪我くらいならそのついでにすぐ直せる。まぁ私くらいになると怪我の治りも遅くなってしまうがな・・・

一生のうちに怪我をしない人間などおらん。怪我をして一生その怪我を抱えたまま過ごす、というのは流石に不可能な話だろう。

 そしてこれは人の社会にも言える。私がおもうにね、社会を人の体、社会を構成する人々を社会の細胞、という風に例えることができると思うのだよ。

 社会を構成する人というのは常に入れ替わっている。年老いた人が死に、新しい人が社会の中に入っていく。

 さて、人の細胞というのは1年間ですべて入れ替わるそうだが、君の世界の、君が住む国、日本というのだったか?が1年間にどのくらいの人間が入れ替わるか知っているかね?大体年間100万人だよ。それだけの人間が死に、新たに生まれていきている。

 しかし人口が1億人を超しているとは、羨ましい限りだ。私の国は・・・いや、今は関係ないか。

 これは私の経験からくるものだがね。成熟した社会というのは良いものだ。ただ年老いた社会というのは、具体的に言えば代替わりを拒むようになってしまった社会というのはいけない。

 社会というのも怪我をするのだよ。地震や大雨、疫病の流行、他国とのいざこざ、他にも色々あるだろう。これも怪我をしたまま、一生過ごす、ということはないだろう。あれこれ工夫をして怪我を直していくだろう。

 ただ、な、こういったことがなくとも、社会の中で年長者から若者への代替わりというのは無くてはならないものだ。

 社会は人が作るものだ。そして人は社会がなくては生きていけない。うん?

 ああ、君は口うるさい親御さんがいなくても、自分ひとりで生活できると思っているクチかね?

 青いな、そして私にとっては羨ましい。それでもまあよく考えてみたまえ、君が毎月母親から受け取る小遣いを稼ぐのがどれだけ大変かはこの際置いておこう。君がそのお金を使う店、コンビニとやらでも、ゲームセンターでも、通学に使うであろう鉄道出会っても、全ては君が所属する社会があるから、お金を払うことで使えるものだよ。それだけじゃない、君が通う学校だって社会のたまものだよ。

 誰だって同じさ、社会がなければ人は生きていけないのだよ。でも自分の身一つでなんでもできると思えるのは若者の特権だ。その心意気は大切にしたまえよ。

さて、私は代替わりがなければいけないといった。なぜだと思うかね?

 社会の寿命と人の一生、どちらが長いと思うかね?そう、人の一生に比べると細胞の寿命は限りなく短いものであるように、人の寿命に比べて社会の寿命というのは限りなく長いものなる。

 ただ、年長者と言うものはこのことをよく忘れる。いや、忘れてはいないのだろうな、自分の後のことなどどうでもいいと思ってしまうのだろう。

 古い細胞が多くなり、代謝が遅くなる、まるで年寄りの体だな。こんな社会を作ってはいけない。私自身の戒めとして若者である君に伝えておかなければならない。

 壊死というものがあるだろう。体の一部が腐ることをそう言うが、社会でもそれが起きうるのだよ。信じられないかもしれないが。

 古くなった細胞が溜まり、その部分が腐る。切り落とすのは容易ではない。


 そろそろ別れの時間のようだ。こんな老いぼれの話を聞いてくれてありがとう。久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ。

 どうやら私の国に、新たな「王」候補が訪れるようでね。準備をしなければならない。

 滅びゆくこの国に強引に連れてきてしまうのは申し訳ないが、彼・・・珍しい、今回は彼女か、彼女もあのまま死んでしまうよりはマシだろう。

 今回で試練ももう打ち止めだろう。国を救うことは叶わなかったが、最後に君の国の未来ある若者を救うことをできたし、よしとするか。

 君ももう会うことは無いだろうが、達者で暮らしたまえ。では、な

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