Day1

01 Prologue

「なんでだめなんですか!」

 語気を荒げながら、私は目の前にいる初老の、この学校で体育館管理責任者という肩書を持つ男性につめかかった。

「なにかあったとき、誰が責任を取ると思っているんだ、君か?」

 タバコと加齢臭の混ざった独特の刺激臭が鼻を突く。うんざりとした表情を浮かべながら、目の前の先生はこちらへ向き直る。

「ですから、」

 手元に持っていたプリントを教頭先生の方へ向け、これで何度目になるかわからない説明を再びしようとする。

「それはいい、もう聞き飽きた。私がダメといったらダメなんだ。」

 禿げ上がった、油でテラついた頭を横に振り、プリントを押しのける。くしゃりとプリントが音を立てた。

「納得行きません。」

 思わず私の声が大きくなる。

「ダメといったらダメなんだ。いい加減にしろ!」

 次の瞬間、その先生の怒声が職員室中に響き渡った。

 他の先生は遠巻きにわたしたちのことを見つめている。

「全く最近の若者は聞き分けがなっとらん」

 机の一番上の引き出しからタバコの箱とライターを取り出すと、バタンと大きな音を立てて閉じる。

 それを裾が茶色く汚れたジャージのポケットに押し込むとこちらに目もくれず、椅子を机に叩きつけるように押し込むと、職員室を出ていった。

「姫路さん・・・」

 生徒会顧問の先生がそう声をかけてくれるまで、私は悔しさに肩を震わせていた。少し泣いてしまったかもしれない。

「大丈夫です。」

「そう・・・でも姫路さん、文化祭の、体育館での企画なんだけどね、もうあまり時間もないし・・・」

「大丈夫ですっ、大丈夫ですから」

 顧問の先生を振り切るように職員室を出て、そのまま女子トイレに駆け込む。このまま屈み込んで泣き出してしまいそうだった。

 洗面台に手をつき、鏡の中自分を見つめる。少し茶色がかったセミロングの髪は乱れ、目は赤く充血し、目元には涙が溜まっていたていた。

「うう・・・」

 目元を拭い、髪を整えて、もう一度鏡を覗き込む。

「もう大丈夫・・・」

 生徒会に立ち寄り、他のメンバーに顛末を伝える。室内にいる他のメンバーは一様に肩を落とした。

生徒会長は私のことを気遣うように、今日はもう帰るように言いう。

「今年もだめか・・・」

 退室するとき、会長の残念そうなつぶやき声が聞こえた。

 終礼からはしばらく時間が経ち、部活終了時刻まではまだ時間があるため、換算とした廊下を昇降口へ向かって進む。

 雲一つない青空に浮かぶ日はまだまだ高い。

「帰ろうよ、あかり」

 うつむきながらたどり着いた昇降口。名前を呼ばれ顔をあげると、そこには幼馴染の真がいた。

「またあの先生と揉めたの?」

 長い間一緒にいるせいか、何も言わずとも伝わってしまうらしい。

「うん」

「気にすることないよ。あの先生いつもあんな感じらしいんだ。そのせいかうちの顧問とも仲が悪いらしい。」

「剣道部が体育館使うことなんかあるの?」

「他校と練習試合を、保護者の人とかまで招いてやると流石に剣道場だと手狭だからね」

 真の所属する剣道部は県内でも有数の強さを誇る。真は1年生の時からレギュラーとして活躍している。今では後輩からは慕われ、先輩からは頼りにされているらしい。

「そういえば今日、部活は?」

「顧問の先生に突然出張が入ったらしく、今日は休み。」

「そうなんだ」

 話題が途切れ、少しの間の沈黙が訪れる

「そういえばさ」

 先程までとは少し変わった、真面目な口調で真がそう切り出した。

「カフェいない?奢るからさ。」

「いいよ。1人だと行きづらいんだよね?」

 すこしからかうようにそう言う。真は恥ずかしそうに頷いた。

 真とは幼い頃からの幼馴染。中学校は別の学校だったけれど、高校からはまた同じ学校になった。

 時折、ケーキだったりパフェを食べに行くのに私を誘ってくれる。小さい頃から甘いものが大好きだった私と違って、昔はそういうのあまり好きじゃなかった気がするけれど、時間が経てば人は変わるということなんだろうか?

 そして、真が選んでくるお店は凄い美味しい。

「でも奢りはいいからね?私だってお小遣いもらってるし。」

「たまには俺に見栄張らせてくれてもいいと思うんだけど・・・」

 真が選んだカフェはこことわたしたちの家の最寄り駅の途中にあるらしい。

 お互いに他愛のない会話をしながらプラットホームに出る。

 この時間帯の主な利用客はわたしたちの学校の生徒と、この近くにあるらしい私立小学校の児童たち。

 ラッシュ時とはうって変わって、プラットホームにいる人はまばらだ。

「あかりは頑張ってるよ」

「そうかな」

 はしゃぎ回る児童たちに、大きな声で話す生徒たち。それを見てみぬ振りをする周りの大人達。

「そんなことないよ。それに・・・俺、あかりのそう言うとこ好きだよ。」

「ありがとう」

 私は心からの作り笑いを、顔に浮かべた。

「今日行くところ、ホットケーキが美味しいんだって。」

「そうなんだ」

 電車が間もなく到着するというアナウンスが流れる。

 私たちは乗車位置に移動しようとした、その時だった。

「あっ」

 制服を着た小学生の男の子。前を見ずに走ってきた彼が私の体を思い切り押す。

 そのつんのめりながら前方へ1歩、2歩、3歩・・・黄色い点字ブロックを超えたのが見えた。

「あかりっ」

 まことの手がわたしのブレザーの襟をつかむ。

 近づいてくる電車のヘッドライトと、次第に大きくなっていく甲高いブレーキ音。

 ボタンが外れ、ブレザーの袖が抜けていくのを感じた。

「えっ」

 ローファーの下から地面の感覚がなくなり、浮遊感が訪れる。

 視界にうつるすべてがスローモーションのようにゆっくり動いて見える。

 逆さまになったまことと、プラットホームを支える骨組みが見えた。

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