10 The Way to Use Authority

「2人とも仲が良いな」

 昼食の最中、わたしと給仕をしていたコルデリアちゃんに向かって、ルドヴィカさんがそういった。

「王子とメイドが仲良くなることなどこれまで・・・いや、これこそ古い考え方なんだろうな、なんでもない」

 ルドヴィカさんのバツの悪そうな顔と、ローザさんの冷たい視線、そしてマリーさんの憎悪すら感じるような表情。

 すぐとなりからは、コルデリアちゃんが引きつった笑みを浮かべるのを感じる。

 いつも変わらない、エミリアさんの笑顔。不穏な空気を感じてか不安そうな顔をするイファちゃん。

「そう言う仕来りがあるんですか?」

「いや、これまでになかっただけだ。」

「そうですか・・・」

 昼食の時間は、特に何事もなく過ぎていった。

 朝と同じルートを辿ってコルデリアちゃんの部屋に戻り、続きに取り掛かる。

 ノミを木槌で叩きつける音、しばらくしてヤスリで木材の表面を加工する音に切り替わる。

「残るはレンズ、というかいちばん大切な部分なんだけど」

「それでしたら」

 作業を止め、机の引き出しから木の箱を取り出すと、コルデリアちゃんはその上に被せられていた白い布をめくった。

 その中には、板状のガラスとそれを削るためであろう道具類。そして、何枚かの完成したレンズが入っていた。

「何種類か作ってみたのですが、使えますか?」

 中の1つを手に取り、コルデリアちゃんの方を覗いてみる。その真剣な眼差しは、歪んで見えた。

「他のも見てみるね」

 作業に戻るコルデリアちゃんに他のレンズも向けて念入りに確認してみるも、その中に映る虚像には違和感がある。

 試しに机の上に置かれていた、昨日も見せてもらってた虫眼鏡を手に取り、それでコルデリアちゃんを覗き見ると、コルデリアちゃんの真剣な眼差しが大きく映し出された。

「どうですか?」

 コルデリアちゃんが望遠鏡の筒の部分をおき、工具を箱へ戻して、こちらに向き直った。

「こうやって見ると、ほら、あそこの木が大きく見えるでしょ」

 虫眼鏡と比較的歪みの少なかった倍率が低めのレンズをそれぞれの手に持つと、窓の外、城の周りに広がる森の木へピントを合わせた。

 手前側の虫眼鏡を覗いて見るようにコルデリアちゃんに目で合図をする。

「すごい・・・本当に遠くのものが大きく見えるのですね・・・」

 その木に反射した光は、屋根裏部屋の窓を通り抜け、対物レンズとして機能している度数の薄いレンズで倒立し、接眼レンズとして機能する虫眼鏡で拡大されて、網膜の中で像を結ぶ。

 虫眼鏡の中には逆さまになった木が写っている。歪みが目立つが、その枝につく葉を一枚一枚見分けることができる。

 他にも、城の塔や正門を拡大してみる。その都度2枚レンズを間の距離を調整してピントを合わせる。

「私にもやらしていただいても?」

「もちろん」

 片目を閉じ、レンズを覗き込むコルデリアちゃん。

「なるほど・・・」

 窓の外をひとしきり観測したあと、得心がいったのかコクリと頷くと

「虫眼鏡の方はいいんだけど、こっちのレンズは作り直したほうがいいかもしれない」

「わかりました・・・」

 そういうと、コルデリアちゃんはガラスと研磨用の道具を手に取る。

 そして目印を付けると、ガラス切りで円形に切り抜いた。

「実はこれ、窓ガラスの交換用として用意されてるものなんですよね。」

 まるで上手く言ったいたずらを得意げに話す小さな子供のように、こっそりと私に告白してくれた。

「え、それ大丈夫なの?」

「結構な数が用意されてますし、それを管理するのは私の役割ですから。」

「なるほどね」

 杓子定規的に物事を捉えることだと思っていたけど、意外とお茶目な一面もあるらしい。

「レンズの断面って円の一部を切り取ったものを、2つ貼り合わせた形になってるんだよね」

「そうなのですか?」

「ほら」

 用紙に円を描き、その円周上の点を通る2点を通る直線を引いて、円の一部を切り取る。

 そして、それを2つ直線の部分で貼り合わせたものを横に描き加える。

「これをくるっと1回転させたら、虫眼鏡のレンズと同じ形になるでしょ?水滴も、あれは円の一部を切り取ったというよりはほとんど完全な円だけど・・・」

 コルデリアちゃんが目から鱗が落ちたような表情をしたのはかなり意外だった。

「だから、できるだけ滑らかに、均一な丸みをになるようにすれば、きれいなレンズになるはずだよ」

「わかりました」

 ガラスを研磨する音が部屋に響く。

 手持ち無沙汰になった私は、横に積み上げられていたコルデリアちゃんの観測結果が書かれているであろうメモに手を伸ばした。

 

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