22, Sin
「あいつが来てから、」
ドアが開いているのに気づいたのか、そこで言葉を区切りこちらに向き直る。
「あんたが来てから、碌でもないことしか起こってないじゃない」
突然向けられた怒声に、私は何も反応できなかった。
「月は突然欠けるし、突然ものすごい雨に降られるし、イファは死ぬし。あんたのせいなんじゃないの?」
「マリー」
険しい顔のルドヴィカさんがの厳しい声。
「とにかく、私はこいつがいなくなるまで、自分の部屋にいるから。」
ルドヴィカさんに怒られて少ししゅんとしながらも、気丈にそう言い放つと、乱暴に席をたつ。食堂を出ていくとき、扉の目の前にいた私を思い切り睨みつける。
なぜか、その視線が私の横にずれたと思うと、怯んだような表情を浮かべた。
「ふん」
全身で機嫌の悪さを表すかのように、肩をいからせながら足早に去っていった。
「どうしたものか」
先ほどとは一転、困った表情を浮かべたルドヴィカさん。
「そんなところにいないで、入ってきたらどうだ?」
そして、ドアの前から動けない私に向気治ると、そう声をかけてくれた。
「は、はい」
中へ入り、これまでと同じ席についた。
「私がついています。昨日あんなことがあったばかりで、気が立っているのでしょう。」
ローザさんがルドヴィカさんにそう申し出る。
「すまないが、頼んでいいか?」
「はい」
コルデリアちゃんの方へ向き直る。
「私が部屋まで持っていくから、私とマリーのぶんの食事を用意をしてほしい」
「かしこまりました。」
コルデリアちゃんは一礼をすると、厨房へ入り、しばらくして料理を詰めてあるのであろうバスケットを持って出てくる。
ローザさんは静かに席を立つと、無言でそれを受け取る。
そして、主にルドヴィカさんの方に1礼をすると、マリーさんを追って食堂を出ていった。
「それでは食事の用意の方を・・」
「ちょっとまってくれ、先に伝えたい事がある。」
コルデリアちゃんの言葉を遮ってルドヴィカさんがそう切り出した。
「この後、イファの供養に行こうと思うんだが、お前たちはどうする?もちろん、無理について来いとは言わん。」
「私は・・行きますわ・・・」
そう答えるエミリアさんの目線の先。誰も座っていない椅子。
「私も行きま・・」
笑顔を浮かべたイファちゃんが脳裏に浮かんだ。
そして、それを殺・・
「っ」
吐き気がこみ上げてくる。
「あかり様っ」
突然背中を丸めて口元に手を当てた私を見て、コルデリアちゃんが心配そうな声を上げる。
「大丈夫・・ありがとう・・」
コルデリアちゃんの暖かい小さな手が背中をさすってくれているのを感じる。
「無理はしないほうがいい」
「いえ、大丈夫です。」
力を込めて、そう答えた。
「わかった。コルデリアはどうする?」
「私も、ご一緒させてください。」
「わかった。あかりについていてやってくれ。」
「かしこまりました。」
コルデリアちゃんの料理でも、私達の間の思い沈黙を和らげるには力不足だった。
朝ごはんのあと、昨日と同じように地下のトロッコの操車場へ集合する。
そして、松明を持ったコルデリアちゃんを先頭に、イファちゃんのいる場所へ続くトンネルを進んでいく。
松明がぼんやりつ照らし出すそのトンネルは、昨日よりなぜだか狭く感じられた。
2人がすれ違うのがやっとのスペース。その半分を占める2本の錆と歪みが目立ち始めたレール。
私たちはその間を、足元に気をつけながら黙々進んでいった。
しばらくして、松明以外の明かりによってトンネルが照らし出されるようになったと思うと、出口が見えてきた。
それと同時に足が重くなっていく。
「あかり様、無理はなされないほうが」
「ううん、大丈夫。」
受け入れなければならない。私の下した決断と、その結末を。そして、私の罪を。
トンネルの外。
そこには木材と金属の瓦礫の山。
そしてその上に被せられた、不自然に、人形に膨らんだ敷物。
ルドヴィカさんが持ってきていたスコップで、線路脇に穴を掘り始める。
「私が変わります」
コルデリアちゃんが松明を地面に刺し、そう申し出る。
「いや、私にやらせてくれ。」
「失礼いたしました。」
あっという間に人が1人入れそうなほどの大きさの穴ができる。
そしてルドヴィカさんは汗を拭うと、敷物をはがす。
そしてイファちゃんの身体を抱えると、穴の中に移した。
その正面で、日本風に手を合わせ、お祈りをした。
「どうしてこんなことに・・・」
この世界の習慣なんだろうか、独特の構えをしたエミリアさん。
そのつぶやきには、悔しさがにじみ出ていた。
「あ・・すみません・・・・・」
慌てて口もとを抑えるエミリアさん。
「私が置き去りになどしなければ・・・すまないイファ・・・」
悔しそうなルドヴィカさん。
その2人のその様子が、私の罪悪感を掻き立てる。
コルデリアちゃんは私をかばってくれているみたいだけど・・・
本当のことを話さなければいけないだろう。
・・・いや
もしあそこでイファちゃんの乗ったトロッコが止まらなかった場合はどうなっていたか。
逃げ場のないトンネルの中、他の皆を轢き殺していただろう。
ルドヴィカさんもエミリアさんも優しい人だ。
このことを知ってしまったら、2人はどう思うだろうか。
彼女を犠牲にして生き残ったことについて、葛藤を覚えるのではないだろうか。
「皆、イファへの別れは済ませたか?すまん・・私はこの姿を見るのが辛くなってきた・・」
ルドヴィカさんの苦しそうな表情。
「私はもう大丈夫です」
エミリアさんも気丈にそう答えた。
「私も大丈夫です。」
「わかった。」
イファちゃんの体を自然にかえしていく。
そして、墓標としてこれまた城からもってきた十字架をたてる。
最後にもう一度、彼女に黙祷を捧げた。
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