23, The Library

松明をもったコルデリアちゃんを先頭に、再びトンネルを城に向かって下り始める。

 今度も終始みんな無言だった。

 城へ帰り着き、ロビーのようなところに出る。

 太陽はそろそろ天頂付近にたどり着こうとしている。

 ルドヴィカさんはマリーさんたちの様子を見に、コルデリアちゃんは慌てて厨房に向かっていった。

「もうこんな時間ですし、私たちは食堂に行きませんか?」

 エミリアさんについて食堂へ。

 それぞれいつもの席に腰掛ける。

 これが今のわたしたちの距離感なのだろう、と思えるほどの絶妙な距離。

「それでその・・よろしければなのですが、」

「っはい・・」

 突然話しかけられて慌ててエミリアさんの方へ向き直る。

 どことなく煮えきらないような態度。

「よろしければ、食事の後、図書室の方へいらっしゃいませんか?」

「図書室、ですか?」

「はい。よろしければお見せしたいものがありますわ。もちろん無理にとは申しませんが・・」

 この世界にはどんな本があるのだろう。

「是非、行ってみたいです。」

 そして、私に見せたいものってなんなのだろう。

「よかったですわ。食事後ご案内いたします。」

「ありがとうございます。」

 しばらくして、ルドヴィカさんが戻ってくる。

「2人はまだ部屋にいるらしい。こういうときこそ皆で食事を取るべきだと言っては見たんだがな・・」

 そして大きなため息を付いた。

「こんなことを言っても仕方ないな。」

 コルデリアちゃんはわたしたちに配膳をしてくれると、今度はカートを押して食堂から外へとでていった。

 ルドヴィカさんは胃の中に強引に押し込むように食事食べきると、早々と席を立つ。

「すまない・・」

 そう言い残すと食堂からでていった。

 残された私たちは特に会話もなく、ただお互いのペースを確認し合いながら皿を開けた。

 最後にお茶をのみ、一息つく。

 そして、エミリアさんに合わせて席を立つ。

「どうぞこちらへ。」

 エミリアさんに案内されロビーを抜け2階へ。

 そして、階段を登りきった目の前にある、巨大な白い扉を開く。

「ここが、図書室ですわ。」

 そこには巨大な空間が広がっていた。

 まず目に入るのが、何故か部屋の中央に設置されたグランドピアノ。

 壁一面に設けられた本棚には、私がよく知った形の本の他に、巻物のようなものや、メモを紐で束ねただけのもの、そして明らかに本やノートに類するものではない、ガラクタのようなものまで押し込まれている。

 よくよくあたりを見渡してみると、よくわからないガラクタのうちのサイズが大きなものは、まるで自分も展示物だと言わんばかりに、真っ赤なフカフカのカーペットの上に堂々と置かれて、いや、展示されている。

 エミリアさんがグランドピアノの蓋を開け、その椅子に座る。

 そして私に目線でそばにある大机に座るように促した。

 重厚な椅子を引き、そこに座る。

丁寧なタッチで、ゆっくりとしたテンポの、落ち着く雰囲気の曲が奏でられる。

「この曲はイファが好きでよくひかされたものです。そして、イファが自分で引けるようになろうと練習していた曲でもあります。」

「そう・・なんですね・・・」

 突然イファちゃんの話ができきて、心臓がどきりと飛び跳ねる。

「この機械、ピアノと言うそうですが、これは何十何百年も昔に王子様と同じ世界からこの城にやってきた方が作らせたのだそうです。」

「そうなんですね・・・」

 よく演奏を聞いてみると、私も小さい頃に習ったことのあるものであることに気づく。

丁寧な演奏で、ミスも無いはずなのに、何故か曲に違和感を感じる。

なんでだろう。

「ここにあるもの、多くの書籍やノート、そして私にはその仕組も目的も理解でにない多くの機械は、かつてこの城を訪れた」

「そうなんですね。」

 そう答えながら、私は違和感の原因に気づいた。

 ピアノの調律がずれているんだ。

「正直わたしは、この部屋が苦手です。」

 そのことを指摘しようと口を開いたものの、エミリアさんのその言葉を聞いていったん閉じる。

「なぜですか?」

「この部屋を見れば分かります。過去にこの城を訪れた王子たちは例外なく、王子が訪れるまでの私達のしきたり決まりごとを守らず、国を乱すような行いをしたのであろうと。」

 私にも思い当たる節がある。

「すみません、貴方のことを悪く言うつもりはないのです。もちろん過去の王子たちにたいしても。」

「・・・?」

「確かに最初は彼らのことを憎む気持ちが何処かにあったと思います。姉様方に、あまりにも悪く言われたものですから。」

 なるほど。

「けれどある日、この王人たちの、王たちの試みは、結果はともかく志は正しいものであるときに気づいたのです。」

 ピアノの演奏が終わる。

 そして、はっと何かに気づいたような顔をする。

「すみません、お茶の1つもお出しせず。とってまいりますね。」

 遠慮する暇もなく、図書室の大きな扉が部屋の空気をかき乱しながら音を立てずに閉まるのが見えた。

 椅子に深く腰掛け、大きなため息をつく。

 ふと格調高そうな木材の1枚板で作られた大机の一角。

 金の飾り文字でタイトルが掘られた、分厚いハードカバーの本がうず高く積まれている。

 椅子の目の前には、羽ペンとインク。そして、ページの1/4ほどの部分にしか文字が書かれていない、空白が目立つページを広げて、分厚い本のようなもの置かれている。

 好奇心に負けて、ページをすすめてみると、真っ白いページが続いていた。

 作り途中の本なのだろう。エミリアさんが書いているのだろうか?

電気があるくらいだし、活版印刷機とかありそうなものだけれど。

いや、最初の一冊だし、何冊も作ることはないからいいのか。

最初のページに戻る。

その内容に興味を抱く。

他のものと比べて、少しクッションがヘタっているその椅子に腰掛ける。

そして、その文字を追ってゆく。


****

古の国は、滅亡の危機に瀕していた。隣国からの侵攻、国中に蔓延する疫病、そして頻発する天災がいにしえの国を襲った。古の王は国を危機から救うため古の魔女と契約を結んだ。

 魔女は契約に基づき、自然を穏やかで人の害を与えないものに作り変え、疫病を根絶やしにし、古の国を世界から切り離し、国とその民に永久の平和と安定をもたらした。対価として王は女王の座を魔女に明け渡した。

 王と女王のもと、国の民は規則正しく、理性的で、平和で安定した生活を送った。

 

 古の国の民は女王に割り振られた自らの役割に従い、あるものは畑を耕し、あるものは家畜の世話をし、あるものはかつて災害で傷ついたものや年老いた人々の看護をした。余暇には科学や芸術にいそしんだ。

 あるとき自らの役割を放棄し、さらに罪を犯したものがでた。そのものは女王のもとで改心し自らの役割を全うするようになった。

 人々は今の平和で安定した暮らしを女王へ感謝した。


 数十年にわたって平和と安定のとき続いた。人々は気が付かなかった。平和で安定した生活と、幸せな暮らしは必ずしも同一のものではないといいうことに。

ある時王が死んだ。それを看取った女王はその数十年前と変わらぬ美貌を悲しみに歪ませた。

ただ、国民は悲しまなかった。普段と変わらず自らの役割を果たした。そして、悲しみに暮れる女王を誰もが不思議に思った。「これからも私達の生活は変わらない」

かつてこの国を、国民を愛し、戦禍から救うため腐心した王、この忌むべき力のせいで虐げられていた自分に役割を与えてくれた王、そして自分が愛し、愛された王。その死に無感動な国民たち。女王は激しい怒りを覚えた。

そして気がついた。人々はあまりに長く続いた平和で安定した、ただひどく「退屈」な生活に心を蝕まれていることに。


かつて、問題を起こすものには若者が多かった。これまでと変わらない生活を望む年長者と、それに反抗する変化や刺激を求めてやまない若者。国民の結束を乱す度を越すものは女王から処罰を受けたが、年長者が彼らを疎ましく思うのは変わらなかった。

そして、かつて変化や刺激を求めた若者たちもやがて歳を重ね、年長者へなっていく。

人々は気が付いていなかった。王国の人口が減っているということに。

人々は気が付いていなかった。人はやがて老い、死んでいくということに。

人々は気が付いていなかった。人口を維持し、国を維持するためには新たな生命を迎え続けなければならないということに。


女王は確信した。この世界には変化が必要であることを。緩慢な死を迎えつつあるこの国、かつて王が愛したこの国を救うために。

王と女王の間に男の子はおらず、王位を継げるものはいなかった。女王は外の世界、かつてこの国も属していた世界から、新たな王を招くことにした。

新たな王は7日間王子として国を治め、女王に認められると王位につくことが許される。多くの王子がこの試練に挑戦した。王として国を収めることになったもの、情に認められず、また自ら望んで元いた世界へ帰るもの。彼らは外の世界の、進んだ知識を多くこの世界にもたらすことになった。


更に長い時間が過ぎた。

かつて多くの人々が暮らしていた国は深い緑に覆われた。かつて王と女王が暮らし、今はその6人の末裔の娘たちが暮らす城を残して。


****


「どうでしたか?」

「うわっ」

 いつの間にか目の前には白い陶器のティーカップが湯気を立てていた。

 そしてエミリアさんが背後にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る