24 Challenging
慌てて席を立つ。
「ごめんなさい。勝手に読んで・・」
「これからあらゆる人に読んでもらうために書いているのですから構いません。読まれたとおり私の日記ではないのですから。」
「これは、何なんですか?」
「この城の、この部屋に残された記録。そのまとめです。」
「まとめ?」
「いつに誰が何をやったか、というのは多く残されています。けれどそれらは一つ一つ全く別の記録として保存されています。私は城がこの世界に移されてから、どのような経緯を経て今の形になったのかを知りたいのです。」
そして、自ら執筆中の、私がさっきまで読んでいた本の表面を撫でる。
「ようやくこの城の、いえ、この国の成り立ち。そしてなぜ女王がこのような王の試練を作ったかについて資料を紐解くことができました。」
先程座っていた場所の向かい側、エミリアさんと向かい合うように席に着く。
「その他にも、例えば星について調べた王も過去にいたようです。」
積まれた本の中から一冊の本を抜き出し、私の方へ向けてページを開く。
「コルデリアさんが作物や家畜の世話をする時に、しきたりによって暦を参考にすることになっているそうなのですが、その暦というのをこの本を残した王が作ったものだそうです。」
コルデリアちゃん、そんな仕事もあるんだ。
「一昨日、貴方とコルデリアさんが作っていらした望遠鏡。その王も製作したと、記録にあります。残念ながら実物はもう残って無いようですが。」
「え・・・」
割りとショックな事実だった。
もう誰かがやっていたのだと。
それもそうか。私達の世界では小学生が夏休みの自由研究でもやれるようなものだもの。
「他にも星空に関する観察記録や考察など、コルデリアさんも興味を持ってくださるものは、少なからずあるとは思うのですが・・残念ながらこの部屋には私以外ほとんど来ません。」
残念そうなエミリアさんの声色と表情。
私は、コルデリアちゃんのことをよく見てくれているのだなと少し感動した。
「それは、なぜですか?」
「それはおそらく、しきたりを破ろうとしたものだ、とみなさん思っていらっしゃるからだと思います。」
先程にもまして、悲痛そうな表情。
「今あるしきたりも、昔は誰かが新しいこととして始めたこと。何故新しく始めたかと言えば、それまであったしきたりが現実に則さなくなったからに違いないのです。それを忘れ、ただ闇雲に過去のしきたりにとらわれるのは、とてつもなく危険なことだと思いませんか?」
「私も、そう思います。」
心の底から同意する。
私が前の世界でもぼんやりとした感覚として常々思っていたことを、はっきりとした言葉として表現してくれた。
「それだけに、イファのことが残念で仕方がありません。それを理解し、行動に移すことができた数少ない人間だったのに。」
「・・・」
「それに比べて私は、頭だけがまわり、行動が追いついてこない。役立たずな人間です。このままではダメだとわかっているのに、まわりとの衝突を恐れて何も行動に起こせない。」
「そんなこと、ないですよ。」
それ以外に掛ける言葉は思いつかなかった。
「お気遣い、ありがとうございます。」
そう言うと、ティーポットからお茶を注ぐと、私に渡してくれた。
「ありがとうございます。」
そして、エミリアさんは手元のティーカップからお茶をすする。
私もそれに習ってお茶を口に含む。
コルデリアちゃんが入れたものより、少し味が薄い気がした。
「時折思うのです。もしあのトロッコがあのままトンネルの中に入ってきてしまっていたらと。」
「それは・・・」
「私たちはトロッコに轢き殺されていたでしょう。」
どこか遠くを見つめるエミリアさん。
「だから、イファが遠くへ行ってしまったことを悔やむと言うのは、私自身が今生きながらえていることを悔やむことになってしまいます。」
「そんなことは・・無いですよ。」
これまで私は、私が許されることだけを考えていた。
イファちゃんの代わりに皆が生きている。これは確かに真実かもしれない。
この事を本当に皆が理解してしまったとき、皆がどう思うか。
そしてエミリアさんはどう思うか。
これも私が受け入れなければならない罪なのだと思う。
このことは消して誰にも言ってはいけないのだと。
「思うのです。実はイファが自分の意思で、自らを犠牲にしてわたしたちを守ってくれたのではないかと。」
「っ・・・」
「新しいことには確かにこれまでにはなかった危険がつきものでしょう。イファは果敢に挑戦し命を落としました。けれど、私たちは新しいことに挑戦し続けなければならないのです。」
声高な、叫ぶような調子。
「遅かったかもしれませんが、私は覚悟を決めました。やはりこのままではダメだと。行動を起こし、何か変化を起こさなければいけないと。」
力強くそう言うと、こちらに向かって身を乗り出す。
真っ直ぐで、真剣な眼差し。
「私と一緒にこの世界を、この停滞した世界を救い出してくださいませんか?」
エミリアさんは私の手を取るとそう言った。
「私にできることなら・・なんでもお手伝いさせていただきますよ・・・」
「ありがとうございます。」
その瞬間。
「失礼致します。」
音もなくドアが開き、室内にコルデリアちゃんが入ってきた。
そして、わたしたちのそばまで来る。
「そろそろ夕食のお時間となりますが、いかがいたしますか?」
最初に出会ったときのような、あまり感情を感じられない表情と声。
ただどことなく、不機嫌そうに思えた。
「わかりました。食堂の方に向かいますわ。」
いつもと変わらない、優しそうな笑顔でエミリアさんはそう言うと席を立つ。
「わたしも」
わたしも、慌てて席を立った。
「それではご案内致します。」
いつもより少し歩くのがはやいきがする。
コルデリアちゃんに導かれ、食堂へ向かった。
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