18, The Old Machine

「はぁ・・はぁ・・・」

「そろそろ終わりにいたしますか?」

 肩で息をする私を見て、コルデリアちゃんにそう言われる。

「そうする。コルデリアちゃんって体力あるんだね。」

 顔をあげると、服が濡れてコルデリアちゃんの体のラインがはっきりと目に入った。

「そう、ですか?」

「だって全然疲れてなさそうだし。」

 最後の力を振り絞って波打ち際から脱出し砂浜に仰向けに倒れ込む。

「大丈夫ですか?」

 コルデリアちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「うん、大丈夫。ただちょっとだけ横にならせて。」

「かしこまりました。」

 少し休もうと目を閉じる。

「あかりっ」

「イファ様、王子様はいま疲れていらっしゃるので」

「あかりってば」

「おやめください」

「えーっ」

 コルデリアちゃんの感情を感じさせないけれど強い意志を感じる声と、イファちゃんの底抜けに明るい声。

「あ~か~り~っ」

 覚悟を決めて体を起こす。

 先程までと比べて多少体力は回復したと思う。

「申し訳ございません、王子様」

「大丈夫、気にしないで。」

 申し訳無さそうなコルデリアちゃん。

 ただ、イファちゃんに苛立ちの感情を覗かせている様に見えるのは気のせいだと思う。

「それでイファちゃん、どうしたの?」

「ちょっとついてきてっ」

 イファちゃんはそれだけいうと、私に背を向けて走り出す。

「王子様、まだお休みになっていてもよろしいかと思いますが・・・」

「あのままにしておくわけにも行かないから・・・行ってくるね。」

「かしこまりました。私は他の姫様方のところにおりますので。」

「わかった」

 小さくなってきたイファちゃんの背中を追いかける。

「はやくはやく~っ」

「わかってるって」

 走るのはそんなに早くないようで、あっさりと追いつく。

「それで、向こうの方になにがあるの?」

「さっきあったやつ、トロッコだっけ?の壊れてないのがあったのっ」

 そして嬉しそうにニコリと笑う。

 視界の先に、いくつかの明らかに人口の構造物が見えた。

 海側に木製の桟橋と思わしきもの、そして陸側にトロッコのプラットホームがあった。

 桟橋からそのプラットフォームに向かって、かつては木製の歩道があったのだろう。いまは朽ち果てた木材が残るのみだ。

 城の地下と同じように、ポイントで2つに分岐されたレール。海側のプラットホームに引き込まれたその上に、サビと苔が目立つもののまだ原型をとどめたトロッコが止められていた。

「へぇ・・・」

 まさしくトロッコと言われたら想像するような、そんなトロッコがそこにあった。

金属製のフレームに木の板が止められてできた、上面が開いた2・3人ほど入れそうな箱が、これまた金属製の黒く頑丈そうな台車がの上に固定されている。

箱の側面にはブレーキレバーと簡易的なはしごが取り付けられている。

「これ、動くっ?」

「それは無理かな・・・けっこう危ななさそうだし・・」

 作るときに意図的にそうしたのだろうけれど、ここから城までずっと緩やかな下り坂が続いている。朽ち果てて歪んだレールを、長らく野ざらしにされたこのトロッコに下らせるのは脱線や暴走の危険性が怖すぎる。

「やだやだっ」

 線路に降りて1人トロッコを押す。イファちゃんが全身で力を振り絞ると、トロッコは数センチだけ前へ進んだ。

「はぁっ、はぁっ」

 そして膝に手をつき、肩で荒く息をする。

「大丈夫?」

「あかりも手伝ってよっ」

「危ないからダメだって」

 止めに入ろうとした瞬間、背後から足音が聞こえて来るに気づいた。

 後ろを振り返ると、なぜだか嬉しそうなかおをしたコルデリアちゃんがいた。

「王子様、そろそろ昼食をとルドヴィカ様が申しておりますが、いかがいたしますか?」

「私も戻るよ。」

「かしこまりました。それではご案内致します。」

「ちょっとまって、」

 踵を返し、皆のところへ戻ろうとするコルデリアちゃんにそう声をかけ、イファちゃんの方を振り返る。

「イファちゃん、みんなお昼ごはんにするみたいだから、一緒に戻ろう?」

「やだっ、トロッコを動かすのっ」

「イファちゃんっ・・」

「王子様」

 突然、コルデリアちゃんに手を掴まれた。

「ルドヴィカ様が、イファ様がわがままを言うようなら放っておくようにと。王子様は疲れていらっしゃいますし、他の皆も待っています。戻りましょう。」

 そしてぐいっと手を引っ張られる。

「わかったよ。イファちゃん、先戻ってるからね、」

 イファちゃんからの返事はなかった。

 そのまま手を引かれ、皆のところへ連れられていく。

「・・あかり様・・がどこかへ行かれてしまうのは、私、・・コルデリアにとってとてつもなく怖い・・ことなのです・・・」

 コルデリアちゃんが何かをつぶやいたようなきがする。

「何か言った?」

 コルデリアちゃんが慌てたようにこちらを振り向くと、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「いえ、なんでもありません。」

 なんだったんだろう。

 他の姫たちが見えてきたころに、ぱっと掴んだままの手がはなされる。

 見なくても、顔を真っ赤にしているのがわかる。

「コルデリアちゃんってかわいいね」

「そんなもったいないお言葉・・・ありがとうございます。」

 かわいいなぁ・・・

 頭をなでたくなるのを必死に堪える。彼女の立場もあるだろう。

 そんなこんなで皆のいるところへ戻った。

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