19, Which do you choose, a girl or girls?

「イファはどうした?」

 戻ってきた私達2人を見て訝しそうな顔をする。

「王子様を見つけることはできたのですが、イファ様は見当たらず。再度探しに行ってまいります。」

 あれ・・・?

 後ろを振り返ると、先程までいたトロッコのプラットホームが目に入る。

 物陰に隠れて、イファちゃんの姿はここからは見えない。

「いや、いい。そのうちあいつも戻ってくるだろう。」

「かしこまりました」

 そして、コルデリアちゃんはバスケットの中から食器と軽食を皆に配る。

 いただきます。

 心のなかでそう言うと、それを口に入れた。

 美味しい。

「あ・・・」

 トロッコのプラットホームの上から、コルデリアちゃんがこちらの方を見ていた。

 エミリアさんも私につられて、そちらを向く。

「イファ、こちらに戻ってきたらどうですか?」

 普段より少し張った声。

 聞こえるかどうか少し不安だったが、きちんとイファちゃんの耳に届いたらしい。

「いやっ」

「イファ・・・」

「放っておけ」

 ルドヴィカさんが冷たくそう言い放った。

「イファちゃんって普段からこんな感じなんですか?」

 小さな声でエミリアさんにそう問いかける。

「イファはマイペースなところが多いですが・・・根は優しい子です。」

「そろそろ自制することも覚える年だ。」

 そう言ってルドヴィカさんは肩をすくめた。


 雲一つない、無限に広がっていそうな朗らかな青空へ、続々と分厚い雲が強い風によって運ばれてくる。

 雲行きが怪しくなる、とはうまく言ったものだと思う。

 灰色の分厚い雲が、青かった空を灰色へと染めようとしていた。

「そろそろ城へ戻りませんか?」

「そうだな。みんなもそろそろ遊び疲れただろう。」

 ルドヴィカさんは皆へ、城へ帰ることを提案した。

 コルデリアちゃんはロングスカートの裾をつまみながら一礼をすると、広げた荷物を片付け始める。

「ルドヴィカ姉様がそう言われるのでしたら。」

 そういうマリーさんと無言で頷くローザさん。

「イファ、そろそろ帰りますよ。」

 エミリアさんが、こちら側のトロッコの操車場を物珍しげに物色するイファちゃんにそう呼びかけた。

「やだっ、私はまだここにいるのっ」

 そう言うと、そこに止めてある、フレームのサビが目立ち始めたもののまだその機能を保っているであろうトロッコのへ1人乗り込み、その中へ隠れてしまう。

 困った顔をするエミリアさんを追い越し、トロッコの操車場へ向かう、

「みんなと一緒に帰ろう?天気も怪しくなってきたし。」

「やだっ」

「イファちゃん・・・」

 トロッコの中を覗き込見ながらそう言うと、イファちゃんに膝を抱えながらそういわれる。

 どうしたものかと思案していると、唐突に肩を叩かれる。

 驚いて後ろを振り返ると、いつのまにか後ろにルドヴィカさんがいた。

 手招きされ、トロッコから離れる。

「しばらく放っておこう。」

 そして、耳打ちするようにそう言われる。

「でも・・・」

「末っ子で甘やかしすぎたのが悪かったのか・・・たまには躾も必要だろう。」

「でも、危なくないですか?」

「ここから城まであの2本の鉄の棒を辿っていけばいいだけなのだから、迷うということはないだろう。なんなら皆を城に送り届けたら私が迎えにくる」

 天気のことが気になるけれど、ルドヴィカさんがそう言うならおそらく大丈夫なのだろう。

「わかりました」

 そっと操車場から離れ、他の皆のところへ戻る。

「帰ろうか。」

 イファちゃんが戻ってこなかったことに怪訝そうな顔をする皆にルドヴィカさんはそう言い、先頭に立って歩き出す。

マリーさんとローザさんは特に何も言わずについていく。

「イファはどうしたのですか?」

「ルドヴィカさんが後で迎えに来るそうです。」

 それに心配そうなエミリアさんと私、そして感情を感じさせない顔で、私の言葉に頷いたコルデリアちゃんがその後続く。

 その他に言葉もなく森に入り、足早にトンネルを目指す。

「魔女の加護下にあるのは、城の周りだけだというのは本当なのですね。」

「え・・・?」

 森を進み、トンネルの入り口が見え始めた頃、コルデリアちゃん私だけに聞こえるようにそう呟いた。

「古の魔女がこの国を創った時、城の周りの自然環境を人の害の無いようにしたそうです。」

「それが魔女の加護?」

「はい。そしてその範囲は、城の周りを囲う山々の内側だと、前のメイドから聞いたことが・・」

 突風が吹き、木々が大きくなびく。

 そして灰色に染まった空に稲妻が走る。

そして一瞬間を置き、辺り一帯に巨大な雷鳴が響いた。

「いやっ・・」

「大丈夫だよ」

 感情を感じにくい表情に、恐怖の色が滲む。

 思わずそのピンク色のロングヘアに手が伸び、頭をなでる。

「すみません・・ありがとうございます」

 手のひらから、コルデリアちゃんが落ち着きを取り戻していくのを感じた。

「急いで戻りましょう。早くトンネルの中へ」

「あっ・・ああ」

 少しうろたえた様子のルドヴィカさんと、へたり込んだ他の姫たち。

「みんな、急ぐんだ」

 ルドヴィカさんに急かされ、みんなトンネルへ急ぐ。

 最後に私がトンネルの中へ駆け込むと同時に、稲妻がはしりトンネルの中を、そして恐怖にすくむ一瞬まばゆく照らし出した。

「ここまでくればもう大丈・・イファちゃん!」

コルデリアちゃんの話とみんなの反応から察するに、この世界で荒れた天候というのは普通経験しないものらしい。

不安の靄が私の中に広がっていく。

「私、イファちゃんを迎えに行ってきます。」

「それなら私も」

「ルドヴィカさんは皆を城に連れて帰って上げてください。」

「わかった」

 他の皆をルドヴィカさんに任せ、トンネルの外へ駆け出す。

 何かが当たったような違和感がして手の甲を見ると、水滴がついているのを見つけた。

 足を止め、空を見上げる。

 ポツリ、ポツリと顔に水滴が落ち来るのを感じた。

 そしてその直後に、土砂降りの雨が始まる。

「・・・・てっ」

「急がないと」

「た・・・け・っ」

「あれ?」

 今、声が聞こえたような・・・

「助けてっ、だれかっ」

 恐怖にすくんだ、イファちゃんの声。

 そして、車輪がレールの上を進む音が、雨音をかき分け、耳に届く。

「イファちゃんっ!」

「あかりっ、助けてっ、これ止めてっ!」

 イファちゃんの泣みだながらの大声。

 そして遠くに猛スピードで、城へ向かってつけられた傾斜を下ってくるトロッコが目に入った。

「あかりっ」

 錆びて、そして歪んでいるレールの上でトロッコが跳ね、再びレールへ戻る。

 トロッコとともにイファちゃんの声が近づいてくる。

 本当はブレーキをかけながら下ってくるものなのだろう。見ているあいだに、トロッコは段々と速度が上がっていく。

「どうしよう」

 どうやってあれを止めればいい。

 城の地下までずっと下り坂は続いてい・・・

「あっ・・・」

 背筋が凍る。

トンネルの中には、まだコルデリアちゃんたちがいる。

このままでは、イファちゃんの乗ったトロッコが皆を轢き殺してしまう!

トロッコは鉄の車軸とフレーム、そして頑丈な木の板で作られている。

加えてあの速度では、私が身を呈したところで、なんの障害にもならず城の地下、線路はしの車止めまで下っていくだろう。

「どうすれば・・・」

 ふとトンネルの出口の脇、そこにある壊れたトロッコの残骸が目に入った。

「たすけてっ」

 そこに駆け寄ると、無我夢中でそれらを掴み上げ、レールの上へ設置する。

 錆びが目立つ車輪に、歪んだ車軸。腐りかけ、あちこちに苔が生えているものの、まだまだ重厚な車体側面部の板、そしてそれらを固定するための金属のフレーム。

 それらをがむしゃらにレールの上へ積み上げていく。

 何往復目か、再び線路脇の木の板を持ち上げようとした時、それは起こった。

 背後で、重量物同士がぶつかる、雷鳴ように巨大な音が響く。

「いやだっ」

 イファちゃんの悲鳴が鼓膜を震わせると同時に、その小さな体が空中に投げ出されるのが目に入った。

「イファちゃ・・いやっ・・・だめぇぇぇぇぇぇえ」

 その後を追うように、彼女の乗っていたトロッコもレールから跳ね上がり・・・

 地面に墜落した彼女の幼い体をめがけて、その朽ちかけた車体が落ちていく・・・

 硬いものが砕ける、嫌な音がした。

「いやああああああああああああああああああああああああああ」

 イファちゃんのもとへ駆け寄る。

 なんとか助けだそうと、トロッコの残骸に手をのばすと、赤いものが手についた。

「嘘だっ」

 砕けた木の板を、歪んだフレームを、イファちゃんの上からどかしていく。

「嘘だっ」

 辺り一面に広がるかつてトロッコだったものと、つい数十秒前までトロッコの形を保っていたものの残骸。

 その中からイファちゃんの、うつ伏せに倒れた小さな体が出て来た。

「イファちゃん・・・イファちゃんっ・・」

 血の海に沈んだ彼女はもう何も言わない。

 膝の力が抜け、その場にへたり込む。

「王子様・・・」

 幻聴だろうか、コルデリアちゃんの声が聞こえた気がする。

「王子様っ」

 ぬかるんだ地面の上を歩く音。

 そちらを振り向くと、心配そうな顔をしたコルデリアちゃんがいた。

「どうしよう・・・私、イファちゃんを・・・ころ・・」

私が、イファちゃんを、殺したっ・・・

「いいえ、王子様は私たちの命を救ってくださったのです。」

「違うっ」

「違いません・・・」

「違うっ、違うっ、違うっ、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う違う」

「違いませんっ、王子様」

「違う、私が、違う、私がっ、私がっ」

「違いません。王子様、あかりさんっ!」

 泣きじゃくる、冷たい雨に濡れた私を包み込む、暖かい人のぬくもり。

「違いません。私は見ていましたから。あかりさんが私のためにトロッコを止めてくださったのを。」

 コルデリアちゃんがぎゅっと私を抱きしめてくれる。

「言付けを破り、本当に申し訳ありませんでした。けれど、どうしてもあかりさんのことが不安で仕方がなくて、1人戻ってきたのです。」

 コルデリアちゃんの笑みに、どことなく狂信的な表情が混じっているような気がするのは気のせいだろうか。

「私をめがけて走ってきたトロッコをあかりさんが止めてくださったのです。」

 コルデリアちゃん?

 もしかして、全部見てた?

 そして、どうしてそんな結論になるの・・・?

「一生ついていきます。王子様、いえ、あかりさん・・・」

 大きな足音とともにルドヴィカさんがトンネルからかけ出てくる。

 その直前にコルデリアちゃんは包容をとき、普段通りのあまり表情を感じさせない顔に戻る。

「これはどういうことだ!」

ルドヴィカさんのうろたえた怒鳴り声。

「このトロッコという乗り物、長い間放置されていたうえに、この突然の強い雨です。車輪が滑り、この鉄の棒から投げ出されてしまったのも無理はないことかと。不幸な事故です。」

「あぁ、なんてことだ」

 イファちゃんの前まで来ると、膝をつき、もう冷たくなったであろう手を両手で握る。

「すまなかった・・・私がお前を置き去りにしたばっかりに・・・、本当にすまなかった」

 無言で地面を殴りつけ、立ち上がる。

 コルデリアちゃんが、ビーチで使った敷物を、雨から守るためにイファちゃんにそっと被せた。

 この後のことはあまり良く覚えていない。

ただひとつ、コルデリアちゃんの小さな背中の暖かさと、その絶大な信頼感をしっかりと覚えている。

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