Day2
07 A Cup of Sweet Tea After the Breakfast
「ん・・・ここは・・・?」
上方を覆う、高価そうな装飾が施された天蓋が目に入る。
「お目覚めになられましたか?王子様。」
横から聞こえてくる、まだ幼さを感じるようなソプラノの女の子の声。
全身を包み込む暖かく、柔らかい感触。
「ここはどこ?」
放課後まことと一緒にホットケーキを食べに行こうとしてて・・・
そして、駅のホームから私は・・・っ
「っ・・・」
いつの間にかかけられていた、ふかふかの掛け布団を跳ね除け、私は電流に打たれたように飛び起きた。
まるで、中世ヨーロッパの貴族の寝室のような豪華な部屋。その中央に設置された大きな天蓋付きのベッドに私は寝かされていたらしい。
「王子様、どうかされましたか?」
「え・・・?」
ベッドの横、そこには黒いワンピースにフリルつき白のエプロン、いわゆるメイド服を着た少女が控えていた。
真面目そうな眼差しにロングの髪。髪は肩の高さで一本にところでまとめられ、尻尾の部分が右肩にかけられている。
年齢は私より2~3歳くらい下だろうか。その顔立ちはまるで人形のように整っていた。
有り体にいうと、とってもかわいい。
「お、おはよう、コルデリアちゃん」
「おはようございます、王子様」
年相応の声色の、ただしあまり感情を感じさせない声。
カーテンの隙間から入ってくる、朗らかな朝日に照らし出された、昨日の夜と同じ笑顔に、これまでの出来事の記憶と落ち着きを取り戻すことができた。
「朝食の用意ができております。その、お体がすぐれないようでしたら、こちらにお持ち致しますがいかがいたしますか?」
コルデリアちゃんが不安そうに覗き込んでくる。
「ううん、大丈夫」
「かしこまりました」
掛け布団をはらい、ベッドから降りる。
ネグリジェから着替えようとあたりを見回すと、コルデリアちゃんが着替えを持っているのが目に入った。
「失礼致します」
「?」
王子服をベッドに置いたと思うと、ネグリジェを脱がそうとその手が私に伸びてくる。
一瞬頭の中が真っ白になる。
「・・・自分で着替えるから・・・大丈夫・・・」
そう言うと、コルデリアちゃん不思議そうな顔をしながらその手を引っ込めた。
「・・・?失礼いたしました。」
なんでそんな不思議そうな顔をするんだろう?昨日の朝も自分で着替えたのに・・・
そんなことを思いながら、いそいそと王子服へ着替える。
「それでは、食堂の方にご案内させていただきます。」
コルデリアちゃんに連れられて食堂に移動する。
「うぅ・・・」
食堂の入り口、おおきな木製の扉の前。どうしても昨日の出来事が思い出される。
「どうぞ」
コルデリアちゃんがドアを開け、私に中へ入るように促す。
私は、覚悟を決めてその中に入る。
豪奢なシャンデリアに照らされた食堂の、豪奢なテーブルに他のみんなはもう座っていた。
昨日と変わらず厳かな雰囲気のルドヴィカさんに、中性的な笑みに感情が感じられないローザさん。
マリーさんの睨みつけるような視線が目に入り、慌てて目をそらす。
微笑みの絶えないエミリアさん。そして、興味津々と言った様子のイファちゃんには思わず苦笑が漏れる。
コルデリアちゃんがロングスカートをつまみながら1礼をし、配膳をはじめた。
「よく眠れたか?」
テーブルに座ると、ルドヴィカさんがそう聞いてくる。
「はい」
「なら良かった。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」
食堂でのマリーさんたちとのやり取りが脳裏をかすめた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
朝ごはんではなく朝食と呼ぶのがふさわしそうな料理がテーブルに並べられ、ルドヴィカさんがパンを取ったのをきっかけに、他の皆も目の前の料理や食器に手を伸ばし始める。
「いただきます・・・」
昨日の夕食と同様、おそらくコルデリアちゃんが作っているのであろう。とっても美味しい。
「私、あかりの世界のこと知りたいな」
ふと、イファちゃんがこちらに身を乗り出してきた。
「私の世界?」
「うん。昨日聞きそびれちゃったし。高校だっけ?のこととか知りたいなっ。」
周りから、特にマリーさんからの非難の視線を感じる。
ただ、イファちゃんの好奇心に輝く瞳に負け、私は言葉を続けた。
「私達と同じ歳の子が集まってね、先生、いろんな知識を持った人から勉強を教えてもらう場所なんだ。」
改めて高校とはなにか、という説明をするのも結構難しい。
「へぇ・・・それなら、あかりたちに勉強を教える、その先生って人は、どこでその内容を勉強するの?」
「大学っていう、私達よりもっと年上の人が集まるところで勉強して来てると思う。」
「それなら、その大学の先生はっ?」
「大学の先生は、自分で教えることを考える・・・っていうと少し違うけど、みんなの役に経つような知識を、実験をしたり世界中をくまなく調べたりして見つけるんだ。」
いつかニュースで見た、白衣を着て試験管にいれた何らかの化学物質をいじる大学の先生を思い出す。
「大学の先生ってすごいんだねっ」
「そう・・・だね」
高校の先生にも、大学の先生にはない凄さがあると思うものの、それを説明するのはひどく難しい気がした。
「高校ってところでは、どれくらいの人が勉強しているの?10人くらい?」
「私が通っていた高校の全校生徒は確か900人くらいだったよ」
ひとクラス30人で10クラス、それが3学年ある。
「900人?ウソでしょ?それの人に、先生は1人で教えるの?」
「それは確かに無理だから、先生だけで確か40人くらいいて、特に自分の詳しいことについて教えてる、かな」
「あかりの世界って、すごいんだねっ」
「ありがとう」
確かにこの世界の、今この状態と比較すると、信じられないくらい多く感じるかもしれない。
「あかりの世界の、他のことも・・」
イファちゃんがそう言いかけたとき、バンというテーブルを叩く音と食器が震える甲高い音とともに、突然マリーさんが席を立つ。
「私は部屋に戻るから」
そう言い残すと、足早に食堂を出ていってしまった。
「私も」
それに続いて、ローザさんも席を立つ。
「私達も行きましょうか。」
「うん・・・」
マリーさんの態度に驚いたのか、イファちゃんはしょんぼりと、今にも泣きそうな顔をしていた。
それを気遣うようにエミリアさんが声をかけ、食堂の外に連れ出した。
「これこそ魔女の呪い、だな。」
「え・・・?」
最後に1人残った、私の正面に座るルドヴィカさんがポツリとつぶやく。
「気にしないでくれ。さっきのことも含めてな。」
「すみません、余計なこと喋って空気を悪くしてしまって。」
私のことを遠回しに非難している、そう感じて謝罪の言葉を口にする。
すると、ルドヴィカさんはどこか申し訳なさそうに首を振った。
「おそらく、おかしいのは私達の方なのだろう。君と君の世界のほうが本来あるべき姿なんだと思う。」
そういって、ルドヴィカさんは音を立てずに席を立つ。
「気兼ねせず、ゆっくり過ごしてくれ。君はあと6日すれば元の世界に戻れるはずだ。何か困ったことがあれば私でも、言いづらいならコルデリアに言ってくれ。できることはする。」
「ありがとう・・ございます」
6人いても広く感じる食堂に、1人だけ残される。
「失礼致します。」
コルデリアちゃんが配膳する前と同じように1礼して、給仕用カートへ机の上に残された食器類をいそいそと移していく。
「手伝おうか?」
「王子様に手伝っていただくなんて、とんでもございません。すべて私がやりますので。」
有無を言わせない用な口調。
そして、空になっていた私のカップにお茶を注ぐ。
「その、片付けが終わったら、一緒に望遠鏡というものを作ってくださるんですよね?」
ティーポッドを持ったまま、こちらを不安げに伺うコルデリアちゃん。
「もちろん」
「ありがとうございます」
お互いに、心の底から笑い合えた気がした。
そのお茶は、先程までより甘いような気がした。
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