06 Girls Under The Starry Sky
辺り一面に広がる満点の星々と、辺り一面を煌々と照らす丸みがかった月。
「きれい・・・」
私は思わず歓声を上げた。
「これまでの観測結果と同じなら、月は明日が1番丸くなる・・・満月になるはずです。」
隣から聞こえるソプラノの声は、どことなく得意げに聞こえた。
「いつ見ても変わらないように見える星空なのですが、こちら側の空、南の空に浮かぶ星々は毎日ゆっくりと東から西へと移動しているようなのです。」
学校の理科の授業を思い出す。月や星の運行もその中で習った。けれど、おそらく学校などないこの世界で、その法則を自分で見つけるのというのはかなりすごいことなのではないだろうか。
「コルデリアちゃんは、こうやってよく星空の観察をしているの?」
私は素直に感心してそう聞いた、そのはずだった。ただ、コルデリアちゃんからにそう受け止めてもらえなかったらしい。
「はい・・・その、すみません・・・」
先程までとは打って変わって沈んだ声が隣から聞こえてくる。
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、慌てて声が聞こえてきた方へ向き直る。
「どうしてあやまるの?」
「その・・・王子様に・・その・・・わたし・・余計なことを・・・」
それは、先程の食堂でマリーさんに怒鳴りつけられている時の様子を思い出させるようで・・・
「あのっ・・・役割にもない余計なことを・・・」
「あっ・・・」
そこでようやく、これまでの言葉がコルデリアちゃんを咎めるふうにも聞こえる事に気がついた。
「私、コルデリアちゃんのことすごいって思ったんだ」
「っ・・・」
こちらに向けられるすがるような視線に、心が締め付けられるような思いがした。
余計なことってなんだ、これまでやられていなかったことを新しく初めてはいけないのか、それは謝らなくては行けないようなことなのか。
「1人でさ、こうやって毎日夜空を観察してさ、この世界でコルデリアちゃんしかやったことのない、この世界で初めてのことを成し遂げたんだよ。」
どうして
「謝ることなんてないよ」
どうして彼女は自分を責めるんだ。
「むしろ褒められるべきことをしたんだよ。」
癖なのか、胸の前でちょこんと指先を合わせてたコルデリアちゃんの両手。思わずそれを両手で包み込む。
「っ、王子様・・・」
コルデリアちゃんの肩がピクリ揺れる。
私より少し冷たいコルデリアちゃんに両手。その両手越しに、小刻みな体の震えが伝わってくる。
「それにコルデリアちゃん、役割としてやらないといけないことはきちんとやってるんでしょ?」
目の前にある、透き通ったピンク色の瞳がコクリと頷く。
「ならコルデリアちゃんは何も悪いことしてないじゃん」
再び、目の前の透き通ったピンク色の瞳がコクリと頷く。
「それに、もっとコルデリアちゃんは自分のことに自身を持っていいと思うんだ。」
両手に伝わってくる震えが段々と収まってくるような気がした。
そして、それと同時に頬の体温が急激に上昇していくのを感じる。
「ご、ごめんね・・・・」
慌てて手を話し、前に向き直る。
「でも私がそう思っているっていうのは、本当だから」
「い、いえ・・・その・・・ありがとうございます・・・」
月明かりが気まずい空気までも照らし出していそうで、コルデリアちゃんの方を向けない。
辺り一面に広がる幾重もの星々は、何事もなかったかのように煌々と輝き続けている。
「そのっ」
澄んだ空気が震える。
それと同時に、左手の袖がちょこんとつままれるのを感じた。
「王子様のいらした世界でも、星空の観察は行われていたのですか?」
コルデリアちゃんの息づかいを近くに感じる。少し耳元がこそばゆい。
小さい頃、近所の公開天文台にまことと一緒に行ったことを思いだす。
「天文学って言うんだけど、星空を観察したりする学問があるんだ。昔から沢山の人達が残してきた記録や見つけた法則があるし、今もたくさんの天文学者の人たちが新しい星や法則を発見しようって頑張ってるよ。」
巨大なドーム内、地球の自転に合わせて回転する床に据え付けられたこれまた巨大な望遠鏡。そして、これまたまことと一緒に見た、そこへ併設されていたプラネタリウム。
「すごいです・・・王子様も星を見ることはよくあるのですか?」
「私はあんまりなかったよ。それに、こんなに綺麗な星空を見るのは初めてかな。」
「王子様のいた世界の空は汚かったのですか?」
「空が汚かった、っていうのもあると思う。」
澄んだ空気。そレに加えてまるでプラネタリウムのような星空に、思わずため息が漏れた。
「っすみません王子様。王子様のいらした世界のことを汚いだなんて・・・」
コルデリアちゃんの慌てた声。
「気にしないで。実際にこの世界と比べたら汚いからね・・・」
そんなことこれまで気にしたことはなかった。だけれども、この世界の空気をすごい美味しく感じるのは確かだ。
「それに加えて、街の明かりが明るすぎるんだ。」
「街の明かり、ですか?」
光害というらしいその公害の、プラネタリウムの係の人の説明を思い出す。
「そう。月がない方がない方が星はよく見えるって、さっき言ってたと思うんだけど、それって要するに余計な明かりがあると、星が見えづらくなってしまうってことと同じでしょ?」
「それでも、夜中になったら皆明かりを消して寝てしまうのではないですか?」
「ううん。街灯や自動販売機、コンビニエンスストア・・・夜中になっても寝ない人や、1日中あかりがついているものもたくさんあるんだ。」
「星空を打ち消してしまうほどの街あかりに、夜を徹して働く人々・・・今の私には想像もつかないほど王子様のいらした世界は発展していらっしゃるのですね・・・でも、星が見えなくなってしまうのは悲しいです。」
そういう見方もあるんだな。と、素直にそう思った。
「でも、王子様の世界の天文学者の方たちはどうやって星空の観察をしているのですか?」
「街あかりが届かないくらい街から遠いところへ行けば綺麗に見れるよ。そういうところから望遠鏡っていう星を見る道具を使ったりして星を観察するんだ。」
「星を見る道具ですか?」
袖を掴む力がすこし強くなる。
でもそのことにすぐ気づいたのか、すぐにその手が離された。
「すみません・・・また粗相を・・・」
「気にしないで。でもコルデリアちゃんは本当に星を見るのが好きなんだね。」
最初にこの世界で目が覚めたときはあまり感情が表情に出ない子だと思っていたけれど、その時とうってかわり、今のコルデリアちゃんは表情豊かだ。
自分の好きなものについて話すとき、人は素直になれるのだろうか。
「他にも、プラネタリウムっていう星空を再現する機械とかもあるよ。」
「街が発展して、その街あかりで星が見えなくなり、それで忠実に星空を再現する機械を作るなんて。王子様の住む世界はとっても面白いです。」
コルデリアちゃんがくすりと笑う。
私もそれにつられ、思わず表情が緩んだ。
「ところで、王子様は機械にはお詳しいのですか?」
「別に詳しいってわけではないけれど・・・どうして?」
「よろしければ見ていただきたい物があるのですが」
「いいけど、どんなもの?」
「こちらなのですが」
メイド服のポケットから取り出されたものは・・・虫眼鏡?
丸い凸レンズが木製の枠にはめ込まれ、枠と同様に木製の持ち手がつけられている。
「あるとき、水滴を通してものを見たときにそれが大きく見える事に気づきました。それを真似、星や月を大きく見てみようと、ガラスを磨いて作ってみました。ですが、思った通り大きく見れなくて・・・」
「ちょっとそれ、見せてもらってもいい?」
「どうぞ」
手渡された虫眼鏡を通してコルデリアちゃんの顔を見る。私の知っている虫眼鏡と同様の働きをし、丸みを帯びた透明なガラス面いっぱいにコルデリアちゃんの真剣な表情が映る。
「ちゃんと出来てると思うけど。」
「近くのものを見るときはいいのですが、遠くのものを見るとぼやけてしまうのです。」
「それは仕方ないんじゃないかな。あまりに遠いと焦点が合わないし。」
物理の授業を思い出す。凸レンズや凹レンズ、それらの焦点距離や倍率を計算するレンズの公式・・・
凸レンズが作れるってことは、ひょっとしてあれ、作れる・・・?
「望遠鏡を作ってみない?」
「王子様の世界の、星を見る機械をですか?」
「そう。コルデリアちゃんがやろうとしていたみたいに、星を大きくして見ることができる機械なんだ。」
「そんな高度なものを・・・私なんかが作れるのですか?」
「これを作ったのはコルデリアちゃんなんでしょ?」
虫眼鏡をコルデリアちゃんに見せる。
「そうですが・・・」
「それならきっと作れるよ。望遠鏡の1番簡単な仕組みのやつは、これを2つ並べただけだから。」
「本当にそんなもので良いのですか?ぼやけた星が更にぼやけてしまったりしないのですか?」
月が軌道円上で最も高くなる位置を通り過ぎ、段々と地平線に近づきはじめる。
「焦点っていうのが・・」
眠気から思わずあくびが漏れる。可愛らしい声がきこえ、ふと横を見るとコルデリアちゃんが口元を覆い、眠そうに目元をこすっていた。
「すみません・・・」
「私こそごめん・・・」
可笑しくなり、お互いに笑いあった。
「続きは明日でいいかな?」
「そうしていただけると嬉しいです。」
屋根から降り、コルデリアちゃんに誘導されて寝室へ戻る。
「失礼致します」
その声とともにコルデリアちゃんが私の服を豪奢な王子服から、レースの付いたネグリジェへ着替えさせてくれた。
着替え終わるやいなや、私はフカフカのベッドへ潜り込んだ。
「おやすみなさい。王子様」
「おやすみ、コルデリアちゃん」
コルデリアちゃんが部屋の壁にある何かを押すと、豪奢なシャンデリアの明かりが消え、部屋が暗闇に包まれた。
ドアの開閉音が聞こえるとともに、私は深い眠りに落ちていった。
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