04 Conflict

「新しい王子をまずは歓迎しようじゃないか」

 豪奢な作りの、木製の細長いテーブル。わたしは唯一空いていたその誕生日席に座らせられた。

 メイドさんがおそらく厨房なのであろう、奥の部屋へ行ってしまう。

 テーブルには真正面に1人と、左右に2人ずつ、私の他に5人の女性が座っている。

私の真正面の席に座る体格のいい女性が、おもむろに立ち上がりそう言った。

「私はルドヴィカ、この「城」の「姫」の1人だ。この度は新しい王子を迎えられたことを光栄に思う。」

 王子とは何なのか、そう口を開きかける。

 それをすでにわかっていたのだろう、ルドヴィカさんはそれを遮るように言葉を続けた。

「いきなりのことでまだ戸惑っていることだろうが・・・出来るだけのことはするから、何かあったら遠慮なく言って欲しい。」

 姉御肌、というのだろうか。ショートヘアーに切りそろえられたやまぶきいろの髪に、きりりと引き締まった顔立ち。

「まずは、自己紹介といこうか。」

右隣に座る、ショートカットで青色の髪の女性に目線で合図を送る。

この中で1番年上に見える彼女は、他の子たちのまとめ役を担っているようだった。

「私はローザと言います。よろしく、王子様。」

 音を立てずに立ち上がった彼女の、その整った中性的な顔立ちとそこに浮かべられた笑みに、同性だとわかっていても思わずどきりとしてしまう。

「こちらこそ・・・よろしくお願いします。」

 ただ、よそ行きのといったらいいのだろうか、その作られたように人当たりのよい表情と声からは本人の感情が感じられなかった。

 次に、ローザさんの隣りに座る、きれいな純白のロングヘアの女の人がこちらへ向き直った。

 その瞳に浮かぶ憎悪の念に思わず身構える。

「マリー」

 ぶっきらぼうにそう言われる。なぜかはよくわからなかったけれど、マリーさんは私のことをよく思っていないようだった。

「一週間立ったらさっさと出ていきなさいよ」

「えっ?」

「あんた何も知らないの?」

 語気が荒くなり、その矛先が給仕を続けるメイドさんの方へ向く

「メイドっ、あんた・・」

「マリー」

 ルドヴィカさんが難しい顔をして、マリーさんをたしなめる。

「ごめんなさい」

 先程までは打って変わってトーンが落ちる。ただ、その言葉はどちらかと言うとルドヴィカさんに向けられているような気がした。

 ルドヴィカさんはさらに叱責を続けようとする。

「よろしいですか?」

 それを遮るように、きれいな金髪のロングヘアーの女性が自己紹介をはじめた。

「私、エミリアと申します。素敵な王子様を迎えられてと手に光栄に思いますわ。どうぞよろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

 深々と頭を下げられられ、私も思わず頭を下げる。

 顔をあげると柔和な顔立ちと好きのない笑顔が目に入った。

「最後はあたしだねっ」

 私の左どなりに座る赤い髪の少女が、がばっと音を立て勢い良く立ち上がる。

 ルドヴィカさんが先程とは若干違うニュアンスで顔をしかめるのがわかった。

「あたしはイファ。よろしくねっ。それでねっ、わたし、王子のこと詳しく知りたいなっ」

 そう言うとこちらの方へ身を乗り出してくる。

「よろしくね、イファちゃん」

 最後に、自己紹介は私の番へまわってきた。なんといえばいいのだろう。

「ええっと、私は姫路明、姫百合ケ丘高校の1年生・・・です。その・・・よろしくお願いします。」

「高校ってなんなの?」

 イファちゃんが興味津々と言った様子で私に聞いてくる。

「う~ん、なんって説明したらいいのかな、同じくらいの年の子たちが一緒に勉強をするところって言ったらわかるかな・・・」

「一緒にって何人くらい?」

「コホン」

 私の方へ向かってテーブルに身を乗り出してたイファちゃんは、ルドヴィカさんの咳払いを聞き、まるでいたずらがバレた子供のようなバツの悪そうな顔をしながら、席に座り直した。

「失礼致します。」

 メイドさんがイファちゃんの分の料理をテーブルに置き、全員分の配膳が終わる。

 ルドヴィカさんがナイフとフォーク手に取り、それに習うように皆も食事を始めた。

 皆黙々と食事を口に運ぶ。あのメイドさんが作ったのだろうか?まるで異世界のような・・・中世ヨーロッパっぽいその食事はとっても美味しかった。

「さて、」

 そして大方皆が食べ終わったころ、ルドヴィカさんがそう切り出す。

「そろそろ、この「城」に伝わる試練の話をしようか。本来は事前にメイドが説明するしきたりなのだが、」

 ルドヴィカさんはそこでいったん言葉を区切り、メイドさんのほうをちらりと見る。

「こういう事態は誰も考えたことがなかったからな、仕方ない。なんせ「女性の王子」というのは初めてなものでね。」

「っ・・・」

 メイドさんがさっき口ごもった理由もなんとなくわかった。

 この場にいる全員の反応は人それぞれだった。メイドさんとローザさんはあまり感情を出していない。マリーさんは理由はよくわからなものの不機嫌そうな顔をしているし、その逆にイファちゃんは興味津々と言った感じだ。

「とはいえ、他はこれまでのしきたりと変わらないはずだ。」

 そう言葉を続けるルドヴィカさんの声色には、なぜか、どこか失望の念が混じっているような気がした。

「その、どうして私はここへ来た・・・のでしょうか?」

「この「城」のは「王の試練」というものが古くから遺されている。君がこちらへ呼び出されたのは、その影響だ。「城」だけでなく、この一帯がまだ「国」として栄えていた頃の、王を決めるための儀式なのだ。」

「・・・?」

「ああ、すまない。まずは、このかつて「国」だったこの世界の成り立ちから説明したほうが早いか・・・」


***

 はるか昔、この国は戦乱や疫病、天災といった数々の危機の直面し、国の存続すら危うくなったそうだ。そこで当時の王は古の魔女と契約を結び、国を元の世界、王子殿がいらしたのと同じ世界から切り離し、今のこの世界を作った。

 そして、その見返りとして古の魔女はこの「国」の女王の地位についた。

 しばらくはとても平和な時代が続いたらしいい。

 ある日、王が死んだ。人である以上寿命はある。ただ、「王」の存在は「国」にとって必要不可欠だと女王は考えた。

 そこで女王、魔女が定めたのが王の試練だ。

 外の世界から王を務めるのにふさわしそうな人物をこちらに招き、1週間王子として国を治めてもらう。その手腕が女王に認められれば、王位を得ることができる。

 無論それを断って、元の世界に帰ることも可能だ。認められなかった場合も元の世界に戻される。

 正確に言えば、その1週間の礼としてなんでも願いを1つ叶える権利を渡され、王位を授かるにせよ帰るにせよその権利によって魔女が叶える事になっているが。

 しばらくの間、この「国」はそうやって王を選んでいた。

 だが、それでもこの「国」はうまく回らなくなってきた。人は老い、やがて死ぬ。国を守るためにはそれ以上に新しく国民が生まれてこなくてはならない。

***


 そこでルドヴィカさんは大きなため息をついた。

「国民の数は段々と減っていった。そして、ある日突然、女王が消えた。そしてその後も国民の数は減っていった。そして残ったのは、私たちは魔女の末裔とその試練だけだ。」

「ルドヴィカ姉さん」

 ローザさんが、ルドヴィカさんの魔女の末裔という言葉を咎めるようにいう。

「いい、隠していても何も始まらん」

 ローザさんの不安を払拭するように、柔らかい声でそう言った。

 そして、こちらへ向き直る。

「王子がこの「城」へ招かれた理由というにはあやふやだが、だいたいこういった事情によるものだ。先程も言ったとおり、女性の王子と言うのは少なくとも記録に残っている中でははじめてで、異例のことなのだが、それについて何か心当たりは無いか?」

 私は首を横に振った。

「そうか」

 その表情にはどことなく失望の色が滲んでいるような気がした。

「すみません」

「君が謝ることじゃない。」

 ルドヴィカさんは気遣うように私に微笑みを向ける。優しく、頼りになる人だと感じた。




「さて、そろそろお開きにするかな」

 そういうと、ルドヴィカさんは席を立った。

「それでは私も」

「私も行くっ。エミリア、ピアノの続き教えて」

「構いませんよ。一緒にいきましょう。」

 それに続いてエミリアさんとイファちゃんも食堂を出ていく。

「それじゃ私も・・・」

 流れに乗って私も席を立とうとしたその時だった。

「メイド・・・コルデリアっ」

 マリーさんが怒声とともに椅子を蹴り飛ばすように立ち上がる。そして、食器類を片付け始めていたコルデリアちゃんのおさげを思いっきり引っ張った。

「どう・・・されたのですか・・・」

 表情の変化はあいかわらず乏しいものの、コルデリアちゃんの表情は恐怖にすくんでいるように見えた。

「なんでちゃんと自分の役割を果たさないっ。その上ルドヴィカ姉さんに押し付けて、何様のつもりなの」

「それは・・・しきたりと違う部分があり、私だけでは判断がつかず・・・」

「口答えするつもり?」

 おさげにかかる力が大きくなる。

「マリー、やめろ」

 ローザさんがマリーさんを引き剥がす。

突然のことに硬直していた私も、ハッとなってコルデリアちゃんに駆け寄った。

「大丈夫?」

「大丈夫・・・です・・・」

 流石にひどい。そう思い、マリーさんに険しい顔を向ける。

「なにするんですか・・・」

「あんたなんかが来るから行けないのよ」

 再びマリーさんの棘ついた言葉が、今度は私の方へ飛んできた。

「だいたい、よそ者のあんたに何がわかるっていうの?」

よそもの、その言葉がじわりじわりと胸を犯していく。唐突に当てられた強い悪意に、私はすくみ上がってしまっていた。

「私たちはそれぞれ決められた役割を守って生活してきた。なぜそうしてるかわかる?そうすれば、問題が起きないことが過去の経験からわかっているからよ。」

 メイドさんにマリーさんから、刺々しい言葉が投げつけられる。

「そしてあんた、勝手な判断で放棄して、そのうえルドヴィカ姉さんに押し付けて、許されると思ってるの?」

 そして私の方に向きなおり、こう続けた。

 「あんたもあんたよ。図々しくわたしたちの間に入り込んで来て、ずげずけとわたしたちに意見して・・・何様のつもりなの?」

 重たい沈黙が食堂を支配する。

 マリーさんの、そしてふと視線を感じてその横を見ると、ローザさんの冷たい瞳がまっすぐと私を見つめていた。

「マリー、行こう」

 2人は食堂を出ていく。人と人がいがみ合ったあとの嫌な雰囲気を残して。

「っ・・・」

 私は何も言えず、呆然とその場に立ち尽くした。

「お部屋までお連れいたしますか?」

 メイドさんがそう声をかけてくれた。

「そうする・・・」

「かしこまりました。」

 何も言わないメイドさんの、その背中に誘導されて元の部屋に戻る。

「ありがとう。」

 メイドさんに深々とした辞儀とともにそう言われる

「とんでもござません。失礼いたします。」

音もなく、王子の部屋の巨大な扉が閉められた。

「はぁ・・・」

 1人きりの大きな部屋の中。私はこれまでの一連の出来事を思い出し、どことなくため息が漏れた。

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