12 Shape of The Earth

「そういえば、2人で何をしているんだ?」

 夕食の時間、空になった私のカップにコルデリアちゃんがお茶をいれてようと手を伸ばしたとき。

 ルドヴィカさんが思い出したようにそう尋ねた。

「ええっと・・・」

 なんて答えるべきなのか言葉に詰まる。

 実は決まりに反することだったりするのだろうか。

「責めているわけではないんだ。少し気になったのでな。」

「2人で星をよく見える装置を作っています。」

「ほう」

 興味深そうに頷くルドヴィカさん。

「星なんか見たって意味ないじゃない。それにメイドと王子が仲良くするなんて、言語道断よ」

「別に決まりに反しているわけではあるまい。」

 声を荒げるマリーさんを遮るようにルドヴィカさんがそういった。

 どことなく気まずい雰囲気がたちこめる。

「どう、よく見えるのでしょう?」

「レンズという仕掛けを使って、遠くの星が大きく見えるようになります。」

「なるほど・・・」

 得心が言ったようなエミリアさんの柔らかい声が場を少しほぐしてくれた。

「それ、私も使ってみたいっ」

「まだ完成していないから、できたら一緒にソラをみよう」

「うんっ」

 イファちゃんの屈託のない笑顔。

 それと対象的に敵意がむき出しにされたようなマリーさん。

 そして氷のような視線が痛いローザさん。

 天井の豪奢なシャンデリアが室内のすべてを厳かに照らす。

 どうしてコルデリアちゃんこんなに気まずそうなのだろうか。長くみんなと一緒に暮らしているはずなのに。

 そんなこんなで夕食が終わり、一緒に後片付けをしてコルデリアちゃんの部屋に戻る。

「あとは、レンズをはめるだけだね。」

「はい」

 長らく欲しかったおもちゃを買ってもらえたような、コルデリアちゃんの凄い嬉しそうな笑顔。

 レンズが望遠鏡にはめ込まれる。

「できました」

「ちゃんと動くか確認してから、外持っていこう」

「かしこまりました。」

 月明かりに照らし出された、城の周りに広がる森。その樹木の一つを目標にする。

 照準が合わせられるか、そしてピントが合うかどうかを確認する。

 他にも幾つかの場所に対して同じことを繰り返す。

「大丈夫そうだね」

「はいっ」

「どこから観測するのがいいかな?」

「中庭から見るのはどうでしょう?石畳なので地面も安定していますし、意外と開けたところなので、ソラも見やすいと思います。」

鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気のコルデリアちゃんと一緒に、完成したばかりの望遠鏡を運び出す。

 裸電球が照らす簡素な階段を降り、煌々と壁面に設置された電灯が輝く赤い絨毯が敷き詰められた廊下を経由し、豪奢な階段を降り、城の外へ。中庭へでる。

 凝った造形の噴水や、入念に手入れされているのであろう芝や植木などの植生。

 かつては馬車なんかで、多くの来客が会ったのであろうか。石畳の道がはるか遠くに小さく見える城門らしきものから、わたしたちが出てきた城の豪奢な扉まで伸びている。

 雲一つない満月の満点の星が広がる夜空。その月明かりが辺り一面をぼんやりと照らしていた。

 コルデリアちゃんと一緒に台座に望遠鏡を固定する。

「まずは月、かな?」

「かしこまりました。」

 コルデリアちゃんが望遠鏡を月に向け、ピントを合わせる。

「っ・・・」

 自分で望遠鏡をのぞかなくても、コルデリアちゃんの反応を見ているだけで、月に向かってピントが合ったことがわかった。

「月の模様、クレーターっていうんだけど、見えた?」

 聞こえているのか聞こえていないのか、食い入るように望遠鏡を覗き込むコルデリアちゃんが首を縦に振ったように見えた。

 その様子に、私は思わず笑みが漏れる。

「あれ」

「どうしたの?」

「月が望遠鏡の中でずれていっている気がするのですが」

「台座の固定が甘かったかのかな・・・」

「そう簡単に動いてしまうような作りにはしていないです」

「なら地球の自転の影響かな、月のほうが動いたんだよ」

「なるほど・・・」

 コルデリアちゃんが望遠鏡を少し右の方へ回転させる。

 そして、望遠鏡を覗き込み付きを捉えているかどうかを確認すると、ふと何かに気がついたように望遠鏡から離れる。

「その・・・王子様もご覧になります・・よね?」

「いいの?」

「王子様が教えてくださったものですし、その最初に王子様がご覧になるべきなのに・・・」

 性格的にはなのか、メイドとしてなのかはわからないけれど、コルデリアちゃん的には気にするところなのだろうけれど・・・

「実際に作ったのも、一番頑張ったのもコルデリアちゃんじゃない。だから、それでいいんだよ。」

 私としては素直にそう思うのだけれども。

「王子様・・・」

「それで、もしよかったら私にも見せてくれない・・・かな?」

「もちろんです」

 ぱっとスイッチが入ったように笑顔が灯った。

「ありがとう」

 望遠鏡を覗き込む。

 子供の頃にみた、天文台の大型望遠鏡には叶わないものの、それでもコルデリアちゃんの作った望遠鏡は鮮明な像を結んでいた。

 月面のクレーターの様子がよく見える。

「すごい良く出来てるね。」

「ありがとうございます」

 私は地面に腰を下ろし、星空を見上げる。

 満点の星々と、眩しいくらいにあたりを照らす満月の月。

 横に気配がしたと思うと、コルデリアちゃんが横に座っていた。

「やはり王子様はすごい人です。」

「ありがとう。でもどうして?」

「望遠鏡、でしたか?私ではこのようなもの想像したことすらありませんでした。」

「それでも作ったのはコルデリアちゃんじゃない。」

「作れたのは王子様が作り方を教えてくれたおかげです。本当にありがとうございます」

「どういたしまして」

「それでも、」

 楽しそうだった声色に、不満さが混じってくる。

「それでも、地球が丸いというのは信じられません。」

「本当なんだけどなぁ・・・」

「月の形が変わって見える理由としては一見そう考えてもいいかとおもいましたが・・・それでもやっぱり別の理由があるはずです。」

 水平線が見えれば意外と納得してくれそうなんだけどなぁ・・・

 小高い丘の上に建てられた城はまわりを山に囲われている。

 空気は澄んでおり、居心地は悪くない。

 スカートをはためかせ、コルデリアちゃんが立ち上がる。

 そして再び望遠鏡を覗き込むと、何故か上ずったこえをあげた。

「王子・・様・・・月・が・・・」

 空を見上げると、先ほどと変わらない星々と、月の影に一部が食べられた月があった。

「月食だね。私も初めて見たよ。でもほら、月に映る影、丸くなってるでしょ?あれ地球の影なんだよ。ね、これでわかったでしょ、さっき私が言ったとおり地球は丸いんだ・・・ってメイドちゃん、どうしたの?」

「怖い・・・怖いです・・・どうして突然月が・・あんなに」

 目の前で顔を真っ青にし、肩を震わせるメイドちゃん。

その震えを抑えるように、私は思わず彼女を抱きしめた。

 一瞬ビクッと身体を震わせたものの、突き放されたりはしなかった。

 突然どうしたんだろう。ふと、歴史の先生の雑談が頭のなかによみがえる。日食や月食といった大きな天文学的イベントは、まだ科学がそれほど発展していなかった時代、歴史に大きな影響を与えたことがあると。

「それに、あかりさんの言うとおりこの大地が丸いのだとしたら、私はいつか大地の下へ滑り落ちてしまうのですか?」

 そう言うと、彼女の震えは一段と大きくなる。

「怖い、怖いです、コルデリアは、とっても怖いです。」

 まるで生まれたばかりの赤ん坊のように、彼女は私を強く抱きしめ、泣き叫んだ。

「大丈夫、大丈夫だから」

 ピンク色の、さらさらのロングヘアーを撫でる。

 彼女の鳴き声も、体の震えも、一回撫でるごとに段々と小さくなっていった。

 皆既月食。すでに月は完全に地球の影に覆い隠されていた。

「王子、これは」

 城の中から、こちらの突然の月食に慌てたのか姫たちが飛び出してくる・・・

「じきにもとに戻ります。ただの天文現象です。何も心配することはありませんよ。」

「だが・・・」

 月が地球の影から逃げ始め、次第に明るさを取り戻していく。

 それに連れて、みんなの緊張感も段々とゆるくなっていった。

//みんなが画面にうつると処理が多分めんどくさいので、月を画面いっぱいに写して影の部分を変えていくみたいなかんじでいきたいなと。

「コルデリアちゃん、部屋に戻ろっか」

「・・・・」

 腕の中で、弱々しく頷いてくれたのを感じる。

「どなたかそれを・・・私の部屋まで運んでもらえませんか?」

 望遠鏡を指差し、あたりを見回す。

「私が運びましょう」

 そうエミリアさんが申し出てくれた・

「ありがとうございます。」

 月も元の満月に戻り、みんなもほとんど元通りに落ち着きを取り戻す。

 もとに戻らないのは腕の中にいるコルデリアちゃんだけ。

 コルデリアちゃんを背負い、王子の、私の部屋に望遠鏡を抱えたエミリアさんに案内してもらう。

 他のみんなはそれぞれ自分の部屋に帰ったはずだ。

「コルデリアさん、大丈夫でしょうか?」

「・・・・」

 精神的にショックを受けていると言うのはわかる。それが私のせいだというのも。

 そんな私の内心を慮ってくれたのだろう。

「心配ですね。」

「はい。」

 エミリアさんの心遣いが私の心にしみる。

 豪奢な廊下をエミリアさんについて進んでいく。

「失礼します。」

 そういってエミリアさんはひときわ豪奢な扉を開くと、ドアの横に設置されているスイッチを操作する。

「あっ」

 すると豪奢なシャンデリアにあかりが灯り、私が初めて目覚めた部屋、王子の部屋を照らし出した。

「後はお願いいたします。」

 エミリアさんは入口近くに望遠鏡を置き、一礼をすると自分の部屋へ戻っていく。

 音もなく扉が閉まるとこの広い部屋に2人きり、取り残された。

 

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