38, World End

 大きく深呼吸をする。

 窓の外から差し込む真っ赤な夕日が段々と弱くなってきた。

 食堂の真ん中。煌々と明かりを湛えるシャンデリアの真下に立つ。

 時折上の階から大きなものが倒れ、壊れるような音が響いてくる。

 真上を向くと、シャンデリアがゆらゆらと揺れているのが確認できた。

 しばらくして、軋んだ音を立てて食堂の扉が開く。

「ここにいたの」

 これまでみたいに不機嫌さではなく、明確な殺意を私にむき出しにしたマリーさんがそこにいた。

 その右手にはあちこちに血のついたの片手剣が握られている。

「あんただけ?あのクソメイドはどこ?」

 その目をまっすぐと見据える。

「コルデリアちゃんのこと、そんなふうに言わないでください。」

「ごちゃごちゃうるさいっ、この人殺しが」

 地面を蹴り、私の方へ飛びかかってくるマリーさん。

「死ねぇぇええええええええええええ」

 数歩後ろに下がる私。

その瞬間、シャンデリアが自由落下をはじめた。

 剣の切っ先が私の喉に刺さろうかというその瞬間。

 凄まじい音がしてシャンデリアがマリーさんに激突した。

 その衝撃でマリーさんの手の中からはじけ飛んできた剣が私のズボンを裂く。

 シャンデリアの直撃を受けた、変形してしまった彼女の頭から鈍い色の血液が大量に流れ出しているが目に入る。

 マリーさんの体はピクリとも動かない。

 私はその場にへたり込んだ。

「あかり様、大丈夫ですか・・足に切り傷がございます・・」

 コルデリアちゃんが厨房から出てくる。そしてそんな私を目にとめると、慌てて駆け寄り膝をつく。

「こんなのか擦り傷だよ。それより、嫌な役押し付けちゃってごめんね」

 私もコルデリアちゃんも息が荒い。

 膝立ちをした状態のコルデリアちゃんをギュッと抱きしめる。

 ビクリとコルデリアちゃんの体がはねる。

 やっぱり無理させちゃったよね

「ごめん、ごめんね」

「あかり様のためなら、このコルデリア、いかなる罪を犯すこともいといません。」

 コルデリアちゃんの恍惚とした感じの声と表情。

「ありがとう」

理性ではこう口にだすことを否定しようとしたが、私の感情がそれを良しとしなかった。

「こんな私などにもったいなきお言葉。ありがとうございます。」

 そう言うと、コルデリアちゃんは地面に落ちていた剣を拾い上げる。

 そして騎士が忠誠を誓うように、私に跪き剣を床にたてる。

「これからも貴方の鉾となり、盾となることをどうかお許し下さい」

唐突に青白い光がはしり、マリーさんの体がピクリと痙攣する。そして、城中の電気が消えた。

おそらくシャンデリアがショートしてしまったのだろう。

太陽は山の後ろに消えてしまい、あたりは段々と薄暗くなってくる。

コルエリアちゃんがろうそくを用意し、それに明かりを灯す。

ろうそくの小さな炎がぼんやりとあたりを照らし出す。

2人手をつなぎ、2階へ移動する。

城のあちこちに剣のあとがのこる。

ひときわ大きな傷がついた王子の部屋、そのドアを開ける。

ベッドの敷布団やマットレスの中身が飛び散り、あちこちに白くつもっていた。

調度品は例外なく倒され、めちゃくちゃに壊されているのが目に入る。

他の客間も確認してみたが、マリーさんにめちゃくちゃに破壊されていることにかわりはなかった。

結局わたしの部屋を片付け、2人でそこで息をつく。

破れたソファで、コルデリアちゃんが入れてくれたお茶を飲んだ。

 すべてが終わってしまったこのお城。

 ほのかに匂う、匂ってしまっている血の匂いは気のせいだと思いたい。

 二人、強く包容し合う。

 コルデリアちゃんのいい匂いがした。

「お風呂入って、新しい服に着替えたいな」

「畏まりました。」

「よかったらいっしょに」

 コルデリアちゃんの瞳を覗き込みながらそう言ってみる。

 かぁっと顔を赤く染めると、コクリと頷いてくれた。

「ありがとう。」

「それでは、準備させていただきます。」

「私も手伝う」

 一緒にバスタブを運び、お湯を沸かしてそれでバスタブを満たす。

 沸き立つ湯気が、今ある現実をすべて覆い隠してくれればいいのに。

「一緒に入ろう」

「しかし・・・」

 一瞬躊躇したような表情を浮かべる。

 そのすきにメイド服を解く。

「きゃっ」

 小さな悲鳴

 そして脇を抱えると、強引にバスタブの中へ。

 そして自分も手早く服を脱ぐと、強引にその中へ。

 水が漏れ、床に落ちる。

「あ、あかり様・・・」

 ほとんど二人、密着した状態になる。

 全身にコルデリアちゃんの肌のぬくもりと絹のようになめらかな感触を感じる。

 少しその感触を楽しんだあと、石鹸を手に取る。

「洗ってあげる」

「そんな、恐れ多いです。」

「いいから」

 頭の天辺からつま先まで、まんべんなく洗っていく。

 彼女の罪が洗い流される。

コルデリアちゃんを汚してしまったのは私なのだから。

 罪滅ぼしには全くなっていない。これはただの自己満足だ。

 それでも、彼女のために何かをしたかった。

「ありがとうございます。」

 コルデリアちゃんの嬉しそうな表情を見ることができた。

「次は私の番ですね」

いつの間にかコルデリアちゃんの手の中に石鹸がある。

「自分でできるから大丈夫だよ・・」

「いえ、これは従者の役割ですから。」

 そして、コルデリアちゃんの小さなすべすべとした手が私に向かって伸びてくる。

 体の隅から隅まで、一分の隙もなく、怪我に注意しながらコルデリアちゃんの小さな手が触れていった。

 少しくすぐったい。けれど気持ちよかった。

「コルデリアちゃん、大好き。」

「わたくしもです。あかり様。」

 水気を落とし、バスタブを片付ける。

 そして、マットレスと掛け布団だけ新しいものに交換した、あちこちに傷がついたベッドで他愛もない話をした。

「コルデリアちゃんは、これからどんなことをやってみたい?」

「あかり様がやることならなんでもお手伝いさせていただきます。」

 夜が更け、窓の外をのぞくと大分丸みを失った月が「暁がのぼる頃、あかり様に迎えが来るはずです。」

「迎え?」

「はい。魔女の呪いの期限は、王子様がこちらにいらしてから7日目の暁ののぼる頃までなのです。」

「それって・・・」

「そろそろ、お別れの時間なのかもしれません」

 コルデリアちゃんの悲痛そうな声。そしてなぜかどことなく何かを期待しているような表情。

 そんなのって、そんなのってない。

 もうコルデリアちゃんと出会う前のことなんて思い出すことすらできない。

 そして、私がいなくなってしまったら、このもう誰もいなくなったこの城でコルデリアちゃんは・・・

「私、絶対ここに残るから。コルデリアちゃん一生一緒にいる。」

「あかり様っ」

 再び二人で強く包容しあい、ベッドの中に倒れ込む。

 夜はまだ長いから、今日くらいは許される・・・と思う。

 暖かい布団と、そしてコルデリアちゃんのぬくもり。そしてもうここには危害を加えてくる人がいないという安心感。

 お互いがお互いを激しく求めあう。

 そして、体力の限界を迎え、浅い眠りの中へと誘われていった。

 元の世界、まこととの、お母さんとの、お父さんとの思い出が蘇る。

 学校の友だちや先生。ほかに小学校からの、地元の友達。

 こんななんの取り柄もない私に、優しく、親切にしてくれた。

 まこと、もう会えないのかな。

 次に線路に投げ出された瞬間、そしてこの城に来てからの出来事が脳裏に浮かぶ。

 コルデリアちゃんと望遠鏡を作ったこと、そしてコルデリアちゃんを泣かせてしまったこと。

 コルデリアちゃんやみんなと海辺へ出かけたこと。海辺でコルデリアちゃんと遊んだこと。

 その帰りに、大雨にあったこと。そして暴走したトロッコ。それが向かう先にいる皆。その上に乗ったイファちゃん。私が脱線させ、その結果イファちゃんは・・・

 コルデリアちゃんはそんな私を励ましてくれた。

 エミリアさんにこの城の成り立ちについて聞いたこと。

 城の電気がいきなりつかなくなったこと。その原因を探り、エミリアさんが図書室の記録の中から見つけた、川辺にある昔の王が作ったという発電装置のところまで直しに行ったこと。

 城とその発電装置の間で送電線が切れてしまっていたこと。電気が流れたままのそれを触ってルドヴィカさんが命を落としたこと。

 翌日、鋭い金属片の入ったお茶を飲ませてきたマリーさん。

 それを吐き出した私に、片手剣で襲い掛かってきたところを、コルデリアちゃんが守ってくれたんだっけ。

 暴れつづけるマリーさんとそれを取り押さえようとして倒れたエミリアさんとローザさん。

 私は最後に、シャンデリアを落としてマリーさんを殺した。

 それしかコルデリアちゃんが、私が助かる方法はなかった。

 どうしてだろう。本当に、何をやっても私は上手くいかないなぁ・・・

 顔に光が当たったのを感じて目が覚める。

 窓の外を覗くと、暁が山の奥から顔を出してきて来るところだった。

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