31, Alone at Night
「ぐはっ」
受け身を取ることができないまま、ルドヴィカさんは地面に倒れ伏す。
「大丈夫ですか、大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄り仰向けに抱き起こし、肩を強く叩く。
「う・・あぁ・・・」
「ルドヴィカさん、ルドヴィカさん」
苦しそうなうめき声を上げるだけ。
それ以外の反応はない。
鞄を投げ出し、ルドヴィカさんを背中に背負おうと持ち上げる。
「重い・・」
断念し、一旦下ろす。
「ごめんなさい、ルドヴィカさん」
最初に腰に帯刀していた剣を、そして鎧を身体に固定している紐を解いていく。
露わになる女性らしいほっそりとした身体のラインに驚く。
外した剣と鎧の重量はかなりものだったから。
再びルドヴィカさんを背中に背負う。
両手でしっかりとルドヴィカさんの足ををつかむと、送電線をたどって城へ急ぐ。
足の甲まで届くかと言ったくらいの草と、枝が伸びすぎて折れてしまったのであろう、ごくたまに落ちている広葉樹の太い枝。
足元に注意をはらいながらできるだけ足早に進んでいく。
背中から身じろぎ1つ感じられないこと、そして段々と体温が下がってきているのからできるだけ気をそらすように。
しばらくすると森が開け、巨大な石造りの城壁が目の前に現れた。
「はぁっ、はぁっ」
迷わず左へ、時計回りに城壁をつたって城門へ。
段々と太陽が低くなって来ているのを感じる。
ようやくたどり着いた城門から城内へ。
中庭を通り抜け正面玄関の横、普段の出入りに使う扉を開けて城の中へ入る。
「あかり様?」
扉を入ってすぐ、城のロビーのような吹き抜けの階段が広がる場所。
そこにはなぜかコルデリアちゃんと城に残っていた姫たち全員がいた。
「ルドヴィカ姉さまっ!」
マリーさんとローザさんが駆け寄ってくる。
ローザさんが私の背中からルドヴィカさんを下ろす。
ほっそりとした身体のラインが、鎧を外した服越しにはっきりと分かる。
目は閉じられ、顔は真っ青だった。
「ルドヴィカさん・・」
「あんたっ・・姉さんに何をしたっ」
パチン
マリーさんに胸ぐらを掴まれる。
突然の出来事に頭の中が真っ白になる。
「何をしたんだっこの人殺しっ」
平手打ちが飛んでくる。
頬に痛みがはしる。
「私じゃ・・」
「マリー、一旦やめろ。姉さまを部屋にお連れするぞ。」
ローザさんの氷のように冷たい声。
「姉さまっ」
私を投げ飛ばすように胸ぐらから手を離す。
2人でルドヴィカさんを抱えると、おそらくルドヴィカさんの部屋が上の階にあるのだろう、階段を登っていった。
「あかり様っ・・・」
「一体なにがあったのですか。」
コルデリアちゃんとエミリアさんが駆け寄ってくる。
「ルドヴィカさん、私は止めたのに・・・電線に触っちゃって・・・それで感電して」
城まで来る途中段々と失われていった、背中で感じるルドヴィカさんの体温。
先程見たルドヴィカさんの閉じられた目、真っ青な顔。
思わず口元を抑え、なんとか吐き気を堪える。
ふと窓の外の様子が目に入る。
段々と太陽が低くなってきているのを感じた。
「いかなきゃ」
これが彼女のやろうとしていたことなのだから。
「あかり様・・?」
「どこへ?」
2人の声が聞こえた気がする。
「あかり様っ?」
立ち上がり、走り出す。ドアを開け、城の外へ。
中庭を抜け、城門を出ると左へ、城壁をつたって電線がある場所へと戻る。
「あっ」
城から出る電線を見つけ、気を取られたせいか、地面に足を取られバランスを崩しかける。
「失礼致します。」
背後から私が倒れかける私を支えるように、腕が掴まれた。
慌てて後ろを振り返ると、コルデリアちゃんがそこにいた。
「ありがとう、コルデリアちゃん」
「とんでもございません。私もご一緒いたします。」
「いい・・の?」
「もちろんです。」
「ありがとう。でも、少し急ごう。」
「電気を送るための設備を直しにいくのですよね?日没まで、まだしばらくあります。そんなに慌てる必要はないかとおもわれます。」
わたしは、呆けた顔でコルデリアちゃんの顔をしばらく見つめていたと思う。
コルデリアちゃんの普段通りの表情を見て、段々と落ち着きを取り戻していけたような気がした。
「ありがとう。」
「とんでもございません。コルデリアはあかり様のメイドですから。」
自然に右手にコルデリアちゃんの手が絡められる。
そして手を引かれ、私は電線をつたって2人で森を進んでいく。
「この黒いロープが城まで電気を伝えているのですね。」
コルデリアちゃんのしみじみとした声。
「これが途中で切れちゃって、電気が城までこなくなったみたい。」
「そうなのですね」
他愛のない話を続けながら歩みをすすめる。
しばらくして電線が切れてしまったところへたどり着いた。
「触らないでね。電気が身体の中に流れ込んできて・・ルドヴィカさんみたいになっちゃうから・・・」
ピクリとコルデリアちゃんの身体の震えが、つないだ手から伝わってきた。
「はい。わかりました。」
「電気を一旦止めて、切れた部分を治そう。」
「わかりました。」
発電機が設置された小屋へ向かう。
電線を見つめるコルデリアちゃんの顔に怯えたような表情が滲んでいるように見えた。
そして先程までよりも手に込められる力が強く、そして距離も近くなったようなきがする。
「正しく扱えば怖くないよ。」
「はい・・・」
そして1つ、気になっていたことが。
「そういえば、どうして皆ロビーにいたの?」
コルデリアちゃんは一旦何かを言いかけるも、諦めたように下に目線を落とす。
そして覚悟を決めたように私に向き直る。
「数秒だけ、城のあかりがついたんです。光かたは不安定でしたし、すぐに消えてしまったのですが。」
それはおそらく、ルドヴィカさんが電線を掴んだ瞬間の出来事なのだろう。
「それで皆さん、何かが起こったに違いないと仰られて、あかり様たちのあとを追いかけようと・・・」
「そうだったんだ・・」
重たい沈黙が訪れる。
「電気って、例えば金属とか電気を流しやすいものの中を通っていくんだ。その代表的なものが金属なんだけど、この黒いロープは中に金属がはいっていて、それをつたって電気が城まで運ばれるようになってる。」
「はい。」
「それでね、電気って人の体の中を流れることもあるんだ。」
「っ・・」
横でコルデリアちゃんが息を呑むのが聞こえた。
「蝋燭の火を触ったらやけどするように、お城を全部明るく照らせるほどの電気にさわってしまうっていうのはものすごく危険なことなの。私は危ないってきちんと伝えたのに・・・どうして・・・」
涙がこみ上げてくる。
小屋に来た時電気を止めていれば。
待っていてもらうのではなく一緒に小屋へ戻っていれば。
「あかり様のせいではありません。それを聞いてなおルドヴィカさんがその忠告を無視されたのなら、それはルドヴィカさんの責任です。あかり様が気に病むことはなにもございません。」
コルデリアちゃんの励ましの言葉。
「コルデリアはあかり様のメイドです。何があっても、コルデリアはあかり様の味方です。」
その言葉にとても勇気づけられた。
「ありがとう。」
小屋へたどり着くと、最初に来たときと全く変わらない歯車の回る甲高い音が私達を迎えてくれた。
ドアの横のスイッチを操作し、電気をつける。
そして発電機の横に取り付けられた操作盤、その中の赤いスイッチを操作すると天井の電灯が消えた。
念のため、再度ドアの横のスイッチを操作しても天井の電気はつくことはなかった。
「これで電気はとまったはず」
電線の切れた箇所へ戻る。
「もし私の様子がおかしくなったら、そこに落ちている棒で私を思いっきり突き飛ばして」
「えっ・・・?」
私のお願いに戸惑った様子のコルデリアちゃん。
「もしかしたら感電、私の中に電気が流れてきてしまっているかもしれないから。そしてその時絶対に私にさわらないで、コルデリアちゃんも感電してしまうかもしれないから。」
「わかり・・ました・・・」
恐る恐ると言った様子で木の棒を手荷物コルデリアちゃん。
それを横目に、私も恐る恐る電線に手を伸ばす。
発電機から来ている電線に手を一瞬だけ触れる。
ビリビリする、感電したような感触はない。
こんどはしっかりと金属部分を右手で持つ。
「大丈夫そう」
「よかった・・です・・・」
私もコルデリアちゃん安堵のため息を漏らした。
城の方へ続く導線と金属部分を撚り合わせる。
その上からテープをまき、更にその上から接着剤を大量に塗りつけた。
「定期的に確認しに来る必要はあると思うけれど、しばらくは大丈夫だと思う。」
「かしこまりました。やはりあかり様は素晴らしいお方です。」
「そんなことは・・ないよ・・・」
コルデリアちゃんの尊敬の眼差しに胸が痛む。
「それより早くお城に戻ろう。」
「かしこまりました。」
再び小屋に戻り、操作盤の赤いスイッチを元に戻す。
その瞬間、天井の電灯に光が戻る。
電線をつたい、途中で鞄とルドヴィカさんの鎧を拾い、城に戻る。
赤みがかってきた空の下、城の中へ入る扉を開けると、煌々と輝くシャンデリアが私達を迎えてくれた。
「お部屋の方へご案内いたします。疲れていらっしゃるとかと思いますので、お食事の方も後ほどお部屋の方へお持ち致します。」
「ありがとう。」
そして、コルデリアちゃんが鎧を何処かへ起きに行き、すぐ帰ってくる。
「参りましょう」
コルデリアちゃんに案内され、自分の部屋へ。
「お召し替えの方いかがいたしますか?」
「お願いしてもいい?」
「かしこまりました。」
コルデリアちゃんに王子服を脱がせてもらう。
そして、ネグリジェを着せてもらった。
「後ほど食事の方お持ち致します。」
「ありがとう」
「失礼致します。」
音もなく王子の部屋の巨大な扉が閉じられ、コルデリアちゃんが部屋から出ていく。
広い部屋の中私一人。
ベッドに腰掛け、ごろりと横になる。
どうして、どんなことでも、私が関わると上手く行かなくなっちゃうのかな。
嫌な記憶が・・いや、忘れようとしていた過去の私の失敗が、溢れかえった下水道のように溢れかえってくる。
目を閉じ、強引に自分の意識をぼんやりとさせ心の反応を鈍くする。できるだけ、なにも感じないように。
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