30, Repairing

「1つ試したいことがあるんですが。」

 肩から下げた鞄の中から、コルデリアちゃんに用意して貰った電球を取り出す。

「なんだ?」

「これに付け替えて、電気がつくかどうか確かめたいんです。」

 思案するような表情を浮かべるルドヴィカさん。

「なるほど、あのガラス細工が壊れている可能性もあるのか。そんな面倒なことせずとも私が直接触って確かめてみればいい。」

「先程も言いましたけれど、危ないので電気に直接触れるのは辞めてください。」

「そんな目に見えないようなものが、そんな危険なわけないだろう。第一、どうやって私に害をあたえると言うんだ。」

 ルドヴィカさんの方を振り向くと、呆れた表情がこちらを見つめている。

「ええっと、身体に電流が流れて・・」

「そんなものに私が負けるものか。」

 憮然として立ち尽くす私を尻目に、ルドヴィカさんは電球に向かって手を伸ばす。

 頭一つ分ほどルドヴィカさんの伸ばしたてより電球は高い位置にあった。

「仕方ない。肩車で私があかりを持ち上げるからそのガラス細工を交換してくれ。それで確かめよう。」

「わかりました。」

 鞄を一旦床に置き、しゃがんだルドヴィカさんの肩に乗る。

 ルドヴィカさんがゆっくりと私を持ち上げていき、目の前に電球が来る。

 スイッチをどちら向きに倒すと本来であれば電球がつくのかわからなかったので、恐る恐る電極に触れないように気をつけながら、ソケットから電球を外し、そこへコルデリアちゃんに用意してもらったものにつけかえる。

「取り替えました。」

「わかった。」

 ゆっくりと下ろしてもらう。鍛えているのだろう、体幹が全くぶれない。

 壁際のスイッチを恐る恐る操作する。

「どうだ?」

 カチッと言う小気味よい音を立ててスイッチが動作する

 そして、電球のフィラメントがまばゆく光りだした。

「この電球がついたということは、発電機は壊れていないのだと思います。」

 鈍い音を立てて動作する発電機を振り向く。

 物理の教科書に載っているような原始的な構造の発電機。

 横にあるのは操作盤だろうか。幾つかのレバーと、ひときわ大きな赤く塗られたスイッチがそなえつけられている。

「ということは」

「ここから城に電気を送る設備に何か問題があるのだと思います。」

 送電線が切れてしまっただけならば、まだ修理できる可能性がある。おそらくあの赤いスイッチが送電を止めるか発電機を止めるかするためのものだろう。

「それはどれだ?」

「黒いロープのようなものが小屋の外からでていて、おそらくそれがそうです。ここと城の間のどこかが切れてしまったのだと思います。」

「切れた部分をつなぎ直せばいいんだな。」

「そのはずです。」

 私がそう言い終わる前に、ルドヴィカさんが森に向かって飛び出していった。

「待ってください。」

 慌てて私もその後を追いかける。

 送電線は森の木々へ私の肩くらいの高さで固定されていた。

 地面に転がっていた木の枝にルドヴィカさんが躓き、よろける。

 その隙きにルドヴィカさんになんとか追いついた。

「大丈夫だ。」

「そんなに慌てなくても・・」

「長女として、妹たちの不安は一刻も早く取り除いてやりたい。」

「気持ちはわかりますけれど・・・それと、送電線が切れている場所、もしかしたらよく見ないとわからないかもしれないので、ゆっくり行きませんか。」

 送電線をたどって、森の中を進んでいく。

 今のところ問題の有りそうな場所はない。最も被膜の内部で断線しているかどうかはわからないけれど。

「私たちに未来は無い。」

 淡々と事実を告げるような口調。

「・・・」

 この世界に残っているのは女性があと4人だけ。言わんとすることは痛いほど理解できた。

「私たちはひたすら歳を重ねていくしかやることはない。代わり映えのしない毎日が淡々と続いていくと、私は覚悟を決めている。他の皆もそうだろう。」

 この世界は新たな住民を迎えることはもう無いのだと。

 この世界はゆっくりと滅んでいくしかないのだと・・・

「ただ今回のこの1件で、これまでと変わらない暮らしを続けるにはこれまでやってこなかった事を、誰かが私の代わりに、私に見えないところでやってくれていたことを自分でやらなければ行けないということにようやく私は気づいた。全く、どれほど私は愚かなのだろうな。」

 ルドヴィカさんの乾いた笑い声。

 私は何も言えなかった。

「これまでと同じように過ごしたければ、これまでにしたことがなかったこともやらなければならない。電気といったか?それが壊れたならば、普段通り生活するためには電気をなおさなければいけない。」

「そう、ですね・・」

「これが私に課せられた最後の試練だと感じている。せめて妹たちには、これまでと変わらない暮らしを送らせてやることが。」

 ルドヴィカさんの硬い決意が胸に響く。

 それと同時に姉妹というのはお互いに協力し合うものなのではないかという疑問が一瞬脳裏をかすめてしまった。

「早く妹たちの不安を取り除いてやりたい。あれか?」

 ひときわ大きな木と木の間に渡された送電線。ちょうどその真中でぷつりと切断され、中の導線部分がむき出しになっている。

 どうやらそのひときわ大きな木の枝が落ちたらしく、切れて地面にたれた電線へおおいかぶさっていた。

「そうだと思います。木の枝が落ちて電線を切ってしまったのでしょうか。」

「過去には森の木々の手入れを担当したものもいたらしい。手入れをしていなかったバチだな。」

 ルドヴィカさんがその私の身体くらい太さがありそうなその枝を払いのける。

 そして、無造作にその手を導線へ伸ばそうとする。

「ダメですっ」

 思わず声が大きな声が出る。

 ルドヴィカさんが驚いたようにこちらへ顔を向け、手を止めた。

「私が先程の小屋へ戻って、電気を止めてきます。それまで待っていてください。」

 何かを言おうとしたルドヴィカさんを遮るようにそう告げる。

 そして踵を返すと小走りにもと来た道を戻り始める。

「心配しすぎだ。」

 私に聞こえるように大きな声を出しているのがわかる。

 いかにも呆れたと言った感じでルドヴィカさんはこう言葉を続けた。

「ほら、なんともないぞ」

 嫌な予感がして私は後ろを振り返る。

 城の側へ伸びる電線、その金属部分を掴んでいた。

 城はいま停電しているから問題ないけれど・・・

「辞めてくださいっ!危ないです!」

 慌ててルドヴィカさんのもとへ駆ける。

「そんなわけ無いだろう。」

 苦笑しながらもう1本の、発電機が収められた小屋へ続く導線をつかもうと、手を伸ばす。

物理の先生の話によると、数百ミリアンペアの電流は人を死に至らしめるほどの強さを持つらしい。スマートホンのモバイルバッテリーの電力が確か2アンペアだった。

 当たり前だが、城の照明すべてを賄えるような電流が身体に流れ込めばどうなるかは火を見るより明らかだ。

 ピクリとルドヴィカさんの身体が痙攣した。

「なん・だ・・これは・・」

 苦しそうな声。

「ルドヴィカさん、電線から手を離してください!早くっ!」

「だめだ・・・何故か手に力が抜けない・・離・・せない」

 木の枝を拾い上げる。

 そして、ドヴィカさんの鎧を後ろから思いっきり突き飛ばした。

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