36, The False Charge

「コルデリア、貴様、貴様ぁああああああああああああぁぁぁあああ」

 マリーさんが金切り声をあげる。

 そしてゆっくりと立ち上がると、先程投げ出した剣を拾い上げる。

「許さない・・」

所々に鈍い赤い何かが付着した銀色に輝く剣身がこちらに向けられた。

「許さない、絶対に許さない・・」

 そしてマリーさんの狂ったような笑い声が、この血の匂いが漂い、1人が血の着いた剣を振り回し、3人が地面にへたり込み、2人が息を引き取っている、この狂った空間に空々しく響く。

「こちらに」

 コルデリアさんが私とエミリアさんの手を取ると部屋の外へと誘導する。

 ドアを締め、皆で開かないように抑える。

「どこに行く気?ドアを開けなさい・・・ドアを開けろっ」

 中からドアが物凄い勢いで叩かれる。

「図書室へ向かいましょう。」

 エミリアさんがそう提言した。

 きっと何か考えがあるのだろう。

「そうしましょう。」

 大きな音がして木材の破片が床に落ちた。

 剣先がドアを突き破ってこちらに突き出ていた。

 慌てて扉から離れ、廊下を疾走する。

 後ろの方で、木が割れるような大きな音がした。

 脇目も振らず階段を駆け下りる。

 そして図書館の巨大な扉を開け中に入った。

 扉にもたれかかり、荒く息をする。

「それで、これからどうするんですか?」

 隣で私と同じように肩で息をするエミリアさんは私の問いかけにこう答えた。

「説得します。」

「え・・?」

「マリー姉さまは、今は取り乱していらっしゃいますが、話せばわかるお方です。きっと・・・いや絶対に・・」

 エミリアさんの確信に満ちがその台詞に私は言葉を失った。

 いくらなんでもそれは無謀すぎるだろう。

「どうしてわざわざ図書室に?」

「城の外から来た王子・王たちの記録がここにはたくさん残されています。それを見ればマリー姉さまも分かったくださるはずです。」

 なるほどね・・・

「ここは一旦私におまかせください。」

「・・わかりました。」

 そう答えるしかなかった。

 実際のところわたしにできることは逃げること以外何もない。この世界の限られたスペースではそれも限界がある。

 それにエミリアさんはマリーさんの妹なのだから、私と違って物理的な危害を加えられることは無いはずだ。

「ですからお二人は部屋の奥の方へ隠れていてください。」

「わかりました。コルデリアちゃん」

「かしこまりました。」

 エミリアさんの提案通り、部屋の隅に隠れて様子をうかがう。

 グランドピアノの影から

 しばらく間を開けながら、蹴飛ばすようにしてドアを開ける音。そして室内を荒らすような音が交互に聞こえてくる。

 マリーさんがこの部屋に近づいてきているのだろう。その音は段々大きくなってくる。

 そして・・・

 バンと大きな音がしてこの図書室の扉が開かれた。

「あいつらはどこ?」

 エミリアさんの威圧するような、エミリアさんを問いただす声。

「ここにはいませんわ」

 エミリアさんは気丈にそう答えた。

「あら、ならどこにいるの?」

「そんなことより、この部屋の記録や保管されている品々を是非御覧ください。お姉さまも気に入ってくださるはずですわ。」

「何を言っているの?」

 マリーさんの怪訝そうな声。

「ですから、どうか剣をお収めください。ここにある記録のように私達もあかりさんと協力し合えば、きっとこの困難を乗り越えることが・・」

 何かを叩きつけたような衝撃音。

 入口近くの本棚の一列分。マリーさんが剣で思いきり殴りつけたらしい。傷ついた本が床に落ちる。

「ふざけるなっ」

「ふざけなんかいませんっ」

 2人の怒声が空気を震わす。

 一瞬の沈黙。

「そう・・・この裏切り者」

マリーさんが剣の先をエミリアさんに向けた。

 止めないと。

 そう思ってエミリアさんのところへ、グランドピアノの影から出ようとする。

「危険です。」

 腕を捕まれ引き止められる。

「けど、このままじゃエミリアさんが」

 私の腕を掴む力が一段と強くなる。

「私達では長剣を持ったマリー様にはかないません。」

「でも・・」

「無駄な犠牲になるだけです。」

 コルデリアちゃんのぴしりとした声。

 私達の言い合う声にマリーさんが気づいてしまう。

「そこにいるのね」

「駄目ですわ、姉さま。」

 剣を構えこちらに向かってくるマリーさん。

 それに両腕を広げてエミリアさんが立ちふさがる。

「どきなさい」

「嫌です。」

 私達の方へ向かってくるマリーさんをエミリアさんがなんとか押さえ込む。

「今のうちです。」

 半ばコルデリアちゃんに引きずるように部屋の外へと私を連れて行く。

「どきなさい」

 マリーさんはすかさずエミリアさんを突き飛ばし私達を追いかけようとする。

 けれど、エミリアさんはとっさにマリーさんの足に抱きつき、

「お急ぎください。あかり様」

 私は、どうすればいいのだろうか。

 そんなことをまるで他人事のように、私はずっと考えていた。

「駄目っ、だめですマリー姉さま」

「あんた、姉妹の顔に塗る気?これは死んでいった皆の敵討ちなのよ。」

「敵討ちなんかしても、誰も喜びません。ルドヴィカ姉さまもイファも、そしてきっとローザ姉さまも」

 それを聞いてふっとマリーさんが全身の力を抜いた。

「分かったわ、エミリア。」

「お姉さま・・」

 エミリアさんは嬉しそうな表情を浮かべる

「あなたが私達姉妹の裏切り者だって言うことが」

 まっすぐに剣筋が走るのが見える。

 エミリアさんがバタリと床に倒れ伏す。

 そして、その回りに血溜まりが広がっていった。

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