28, Preparing

 ルドヴィカさんと一緒に、エミリアさんもまだ資料があるかもしれないと言って食堂から出ていってしまった。

「コルデリアちゃんに幾つか用意してもらいたいものがあるんだけど、たのめるかな?」

「何なりとお申し付けください。」

 幾つか物を用意してもらうように頼む。

「おねがいできるかな?」

「もちろんです。少々お待ちください。」

 私自身が用意するものは正直なところ何もない。

 椅子に腰掛けたまま頭上のシャンデリアをぼんやり見つめていると、一旦厨房に戻ったコルデリアちゃんがお茶のおかわりを持ってきてくれた。

「ありがとう」

「とんでもございません。」

 黙々と湯気を立てる、いつもと同じ美味しいお茶を飲みながらコルデリアちゃんとルドヴィカさんの用意が終わるのを待つ。

 それにしてもルドヴィカさんは一体なにを準備しているのだろうか。

 この城に電気を供給する発電機がどういったものなのかはよくわかっていないし、ましてどうして壊れたのかわかっていないのに。

 ぼんやりと無為に過ごすのも良くないと思いエミリアさんの見つけてくれた資料を読みすすめるも、かなり本格的な技術文書で高校生の私にはかなり荷が重い作業だった。

 どうやら察するに、川の流れを利用した水力発電を行っているらしい。

 そこまで資料を読み解いた時、革製のショルダーバッグを持ったコルデリアちゃんと先程までと特に変わった様子のないルドヴィカさんが食堂へ再び戻ってきた。

「おまたせいたしました。頼まれたものと、水・軽食を鞄の中にいれてあります。」

「わかった。ありがとう。」

 お礼を言って、コルデリアちゃんから鞄を受け取る。

「待たせたな、すまない。」

 見たところ先程とあまり変わった様子のないルドヴィカさん。

「行こうか。」

「はい。」

 コルデリアちゃんに見送られて外へ。

 入念に手入れされた中庭を抜け、城門をくぐり、完全に城を出た時思い立ってルドヴィカさんに尋ねてみた。

「ルドヴィカさんは一体何を用意したんですか?」

「見てわからないか?新しい鎧をつけてきた。」

 は・・・?

「どうだ?輝きが違うだろう。」

「そう・・ですね・・・」

「コルデリアは家事は器用にこなすが、鎧についてはあまり良くわかっていなからな。自分で手入れするしかない。」

 そんなことまでやってるんだ。コルデリアちゃん。

 それと同時に自分のことを自分でやらないというのが当たり前の世界があるということに薄ら寒い思いがした。

 森を切り開き中央に申し訳程度に岩が埋め込まれた、横幅が4-5メートルあるだろうか。広くなだらかな道がまっすぐ続いている。

「このまま行くと川につく。そしたら川沿いにその小屋まで向かおう」

「わかりました。」

 かつては多くの人がこの道を通って城を訪れたのだろうか。

 広く、長いこの道のむき出しの地面には雑草1つはえていない。

「何度来ても思うが凄いな。」

「わかります。昔は沢山の人がこの城を訪れていたんですよね。」

「それもある。それ以上に魔女の力に感心させられる。」

 魔女の力?

 ルドヴィカさんは独り言のように言葉を続ける。

「この城のまわりは魔女の加護と呼ばれる力に護られている。本来であれば、例えば海へ行ったときの途中の森の中のように、雑草に覆われているべきなのだろう。」

 言われてみればたしかに。

道の脇には緑豊かな、ただし整然と整っている草木のみずみずしいその葉っぱが見る人を楽しませんとばかりに太陽の光を吸収し、また柔らかく跳ね返している。

「魔女の加護は強力すぎたのだろう。それに護られてきた私たちに文句を言える筋合いはないが。全く情けのない話だ。」

 そう言うとルドヴィカさんは落ち込んだようなため息をつく。

「そんなこと・・ないですよ・・」

 思わず、そんな本心ではない言葉が口をついて出る。

「この世界は人間に対して優しすぎた。この世界の人々は生まれてから老衰で死ぬまで自分の命を脅かされることを知らずに過ごすことができる。本来であればそんなことはありえない。」

 まるで日本の心地の良い春の晴れた日のような。寒すぎず暑すぎず、日焼けを気にする必要のない心地よい日差しが明るくあたりを照らす。

 そんな日が毎日続くんだそうだ。

 台風や大雨なんかはなく、たまに小雨が降る程度。台風みたいなものは起こらない。もちろん地震も。

「疫病、災害、戦争。大なり小なり人の命は脅かされるのが本来の姿なのだろう。そういった人々にとって共通の敵でもないと、人間というものはともに手を取り合って同じ目標に向かうことができないのではないかと度々思ってしまう。」

 そんなことは、否定の言葉という言葉が口から出かける。

 ルドヴィカさんが言っていることを否定することはできないのではないかと。

「人間というのは勝手なものだ。何もすることがなくなった途端、隣の人間の粗さがしをし始める。自分と少しでも違うことがあれば、徹底的に糾弾する。」

 私が知らない、今はもう城にいない人との間で何かあったのだろうか。

 疫病、災害、戦争。私たちの世界にとってもそれは身近なものではない。台風や地震だってそコマでの脅威ではなくなった。

 それでも人が人を貶めること、人が人を騙すこと、人が人を殺すこと。それらはなくなってはいない。同じ国の同じ言語を喋る人の間で行われている。

 置換や喧嘩、人身事故で度々電車は止まり、一部の乗客は何ら落ち度のない駅員を怒鳴りつける。

 コンビニや書店、レストランで些細なミスで、また理不尽な理由で店員を怒鳴りつける客。

 授業中先生の話をかき消すような生徒の話し声。生徒の名前を覚えない先生。

今みたいに科学が進み、平和になる前の時代、人々は手を取り合わなければ生き残ることができなかった、のだろう。仲間を信じ、ときには犠牲を払いながらも皆で手を取り合って頑張ったのだろうか。道徳の教科書に載っている昔話のように。

「少しわかります。極論だとは思いますが。」

 驚いたようなルドヴィカさん。

「大抵の人間は極論と言って怒り出すし、私もそれが全くの間違いだとは思えない。ただ、少しでもわかると言ってくれたのはのはあかりが初めてだ。」

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