モンスターへ乾杯!
旧B区画63番地。薄っぺらい構想と飽くなき抗争の果てに積み重なった生物と機械の残骸の上に。
「ジョニー、降り立つ。」
ぐしゃり、と小さな音が鳴った。気分はどうだい世界の友人たち。俺の名はジョニー、しがない弾き語り屋だ。ジョニーはもちろんニックネーム。ジョニーと名乗る良い男は数多の次元で無数に現れるだろう。俺はその中で315番目に良い男さ。
「この悲惨な花畑を少し歩かせてくれ。ギターと、それからこの特別なワンセットを持って」
初めに断っておこう。こうして心の中で友人たちに語りかける分には問題ないが、声に出した俺の言葉は全て翻訳装置が届けた言葉だ。多少カタコトになっちまうかもしれないけれど大目に見てくれ。魂が込もっていれば届くはずさ、ワードもボイスもメロディも越えて、必ず。
ちょいと歩く間に、この場所と今から俺が向かう地点について少しだけ聞いて欲しい。実に単純な過去の話なんだが、この地区の人間たちは二手に分かれて争った。思想の違いがそうさせたのだと思うけれど、彼らの扱う武力にも違いが現れた。一方は最悪の殺戮機械を、一方は最悪の殺戮生物を造り上げようとして、遂にそれらは完成しちまった。
「一体や二体の話ではないんだ」
歩兵も怪獣も戦車も戦闘機も翼竜も作られた。軍勢も巨塊も扱った。強靭頑丈な合金装甲と合成皮膚とが牽制し合い、機械側の重火器や刃を前に生物側の爪や牙は後れを取るかと思われたが、奴らには猛毒や強酸や細菌がある。殲滅の対象はあくまで人間様だ。防護マスクも耐性スーツも簡単に貫通できたんだ。研究生産拠点の重要さをお互いに知っていたせいで争いは拡大長期化した。主戦場となる荒野はすぐに死体と死骸と残骸で埋まり、やがて区画全体を死の跡が埋め尽くした。
「だからこうやって…」
金属棒を拾ってその分厚い層を僅かに掘り返す。時間の経過で毒素が微かに薄まって、綺麗な水が遠くの水源からやっと通い始めて。でも速度も規模も足りはしない。もうすぐ『浄化機構』がやってくる。だからその前に。
「探知機によるとこの辺なんだが、よっと、……お。」
ようやく割れたグラスを見つけた。これでいいな。アタッシュケースに慎重にしまって、よし。じゃあ行くとするか。
* * * *
時刻は早朝だ。けれど見上げた空は硝煙を吸い込み過ぎたのか白っぽく曇っている。恒星の姿が見えやしない。空気は僅かに涼しい。まだ大気が有害かどうかは俺に聞かないでくれ。この区画から人間は消え去った。一人も残っちゃいない。
「uh - sta ... 」
半分に分かれた旧B区画の人間たちが最後に完成させたのはどちらも最強の殺戮兵器だった。数メートルの体躯で一騎打ち。背後には僅かに残った最後の人間たちが自分たちの最高の希望に全てを託して祈る。巨大なクレーターのようになったここは最終戦闘の跡地だ。その中心に、敗者の死骸が今も。
足元に気を付けながらしかし勢いに任せてなだらかな死の大穴を滑り降りていく。
「やあ」
負けたのは生物兵器だ。どちらも怪物と呼ぶに相応しい最強の結晶だった。だが一つだけ、本当にごく僅かな違いがあった。その生い立ちから、機械は人間を守ろうとする素質がある。破壊と殺傷が優先いや至上命令の機械であってもそれは同じだった。在り方の奥底に刻み込まれていた。だから背後に人間を置いた機械側が、理論値を超えられた。
「ちょっとだけずるいよな」
アタッシュケースから機材を取り出していく。並べながら自分の声を確認する。
「ギターの音も問題なしだ」
地面を見やる。しゃがんで、じっと見やる。原形を留めることもできずに死んだ機械たちの無念と破片の奥、分解し切れずに残った無数の合成獣たちの体液と組織の奥。立ち上がって、染み込んだ紫色に似た輪郭が模様のようにこの場所を囲っていることを確かめた。振り返れば、見渡せば、クレーターの輪郭がただでさえ見通しの悪い空を大きな円状に切り取ってしまっている。
ギターストラップを肩に。大きく深呼吸をして。
「モーン スタッ」
「よし」
最後に小さく声を確かめる。さあ、歌おう。
『ああ モンスター 殺すことしかできない道具を生み出したなら』
『そうさ モンスター その鍛冶工たちの方がずっと怪物だろうさ』
『だが モンスター お前は道具じゃない では兵器か 生き物か』
『そいつらにも事情があったのだろう 勝手に借りられたか騙されたのかもしれないな』
『でもおまえの方がよっぽどこき使われてた おまえの方がよっぽど叫んでた』
『俺には聞こえてたぜ』
『争いは何十年何百年と続いた』
『平和な世界を造るんじゃなかったっけ』
『武器も怪物も造らないんじゃなかったっけ』
『何で俺たちは争うんだっけ』
『盤上一つが死に果てるまで』
『おお モンスター 人間を庇えなんて教わってないよな』
『機械も教わったわけじゃない 幸運にも少し知っていただけ』
『お菓子のお城も 青い空も海も緑の森も虹色の星も お前は教えてもらってないよな』
『ああ モンスター お前は殺すことしかできない』
『ごめんな モンスター 痛みも苦痛も感じないように造ったが きっと辛かっただろう』
『俺たちは モンスター 最後にお前が泣いていたのを 誰も聞きやしなかったんだから』
『でもさ モンスター …』
長く息を吐いて、余韻に浸る意識を研ぐ。
機械も生物も聴いちゃくれないが。地区の痕跡と、友人たちと、それからお前に届くんだ。
「どうだい? いい歌だったかい。とっておきの土産を持って来てあるから、ちょっと待ってくれ」
アタッシュケースの中から、ある特別な液体とそれに耐えうる特別なグラスを取り出した。それから、ここに来る時に見つけて回収した割れたグラスも。
「お前にはこれ。絶品の一杯だ」
俺にはこの割れたグラスが良い。辺りの地面を少し探して、適当な液体を掬う。
「割れちまってるから、ちょっとしか入らないな。まあ十分だ」
流石に頭がどの位置なのかまでは分からないが、ここだと思った地点にそっと特別なグラスを置く。
「入れるぜ」
耐性容器を両手で持って、ちょうどグラス一杯分の液体を注ぐ。不透明に灰色をした分厚いグラスは少々見てくれが悪いが、中の液体は虹色だ。効果は保証付き。俺の方は時代を感じる粋なグラスで、現地特産の液体入りだ。
やっぱり外はいい。ここは蟻地獄の底だろうが、それでも少しは視界が開けているし、風もある。音も溶けるように広がる。一杯飲むならこういう場じゃないと。
「カンパイって、俺たちはそう言うんだ」
それじゃ、
「乾杯!」
音は俺だけだが、声はきっと二つ。
* * * *
片方の液体は、蘇生再構成のための液体だった。もう片方の液体は、その辺の地面に溜まっていた粗悪な複合毒だった。
二番目に強い最悪の怪物、生物兵器の鼓動が地中深くに響いてから数刻。久々に“動くもの”がこの地に現れていたが、既に毒で弱ったそれは意識を取り戻す直前に、目覚めた怪物の最初の犠牲者になった。
「…なんてな! 言い忘れていたが俺は機械だ。それは事実で、だから俺に毒は効かない。呼吸発声器官も作り物だが翻訳装置を扱える。さてこいつに手向けた一杯、特別な液体には確かに俺たちの科学の全てをつぎ込んだが、それでこいつが蘇ることは有り得ない。目的は別にある。これは周到な下準備の…中間地点だろうな」
俺の名前はジョニー。この旧B区画や俺を作った旧C区画を含めた全ての『現実験区画』に宣戦布告をした、しがない弾き語り屋だ。
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