1_scene

マカダミア婦人の檻 賽子


「私の計算によるとこれでは開かない。そもそもドアノブがない」


『…焦っています?』


「ああ焦っているとも。あの悪趣味なカウントダウンが何を意味するのかすら分かっていないけどね!」


 諸君はサイコロに閉じ込められたことはあるか。ないよね。私たちも…いや今回は優秀な給仕人が外にいる。閉じ込められたのは私だけなのだ。


「開けゴマ! OPEN THE DICE! Au tsuku si macadamia!」


 必死でドアノブの無いドアを叩く。いや、回数は数えている。“この面は3回以外では作動しない”。そもそも蝶番も見えないし模様がフェイクでスライド式なのでは? いやドア自体がフェイクで…


「もがー!」


『落ち着いて下さい…』


 落ち着こう。落ち着いて状況を述べるとマカダミア婦人が私に悪戯をした。以上だ。以上ではない異常事態だ。私を試し困らせることを時々愉しむ高尚な婦人はまたもや手の込んだ電子空間を用意して私を閉じ込めた。ここは完全な立方体に見える部屋で、全ての壁面にはドアが付いている。天上にも床にもだ。天上のドアなんかどうやって開けるのかって? そもそも開かないのだがそれは後で話そう。ドアのうち3つには私たちと婦人にとって特別な意味を持ちそうな郵便受けサイズの区画がちょうど真ん中に用意されており、それがたった一つ、いや3つの外へ通じるインターフェースだ。ぱたりとフタが開く。覗いてみるも外は深淵の闇。


「確かに手紙は外に届くんだね?」


『はい届いています。私が受信できる形式の情報として変換されます』


「外への通信は?」


『遮断のままです』


「そうかい…」


 部屋には小さな椅子とテーブルと、それからメモ帳とペンがあった。メモ帳はちぎって使う簡素なもので、ペンは電子概念だ、掠れもインク切れも無い。メモ紙は由緒正しき葉書規格くらいのサイズをしていた。2か所のドアに空いた穴から「SOS」のメッセージや恨みつらみを書いて“投函”できる。ただし味方には届くが婦人には届かない。

 椅子もテーブルも無残に倒れていた。メモ帳とペンも“天上だった面”に力なく落ちている。私も重力従って否応なく。…どうか説明させて欲しい、ひとまず組み立てたロジックを。ここはサイコロなのだ。私がそう結論付けた理由はこの部屋がそれっぽい形だからというだけではなくて、どうみてもサイコロの目を模した大きな丸が各壁面に描かれているからだ。郵便受けの穴は『1』『3』『5』の面の中心の位置に目の代わり用意してある。あぁ、後で少し補足する。それからもう一つ、目の数に合わせて各壁面中央のドアを叩くと、“部屋自体が転がる”。もう一度言う、部屋自体が転がる。椅子も机も私も転がる。初回は頭がどうにかなりそうだった。仕組みを解き明かした快感よりも愉快豪快無理矢理理不尽な仕掛けに感服した。


『あと何分だ、というテキストを読み取りました。一部計測系が妙なノイズに覆われていますが、そろそろ残り30分辺りかと思われます』


 ドアに空いた郵便受けくらいの穴にメモ紙を入れると、向こう側の床に落ちた音は聞こえないまま私の味方にメッセージが届くようだ。ただこうしてサイコロの外と中とで音声通信が生きているので、これにも「鍵」があるのだろうという推測がスカートの裾を広げるのみ。ドアは木製の手応えと鋼鉄製の見栄を備えてしかし不動。謎を解くまで絶対に開かない。マカダミア婦人はそういう人なのだ。成人男性の背格好ではなく私の背の高さに完璧に合わせて穴が開いているのも非常に、…非常に光栄だ! そう、郵便受けの位置は壁面に来る際にダイスの目の代わりを辞め私に合わせて低くなる。


『残り三十分しかありません!』


「…分かっているとも」


 今のは外から私を励ましている者の音声ではない。私が過去に幻影を見た少女偶像の音声を真似た婦人の演出だ。なんて悪趣味な。私がサイコロの中で悪足掻きを始めてから1時間30分が経った、残り時間は30分になった。

 正直なところたったこれだけの部屋の中と仕組みで、むやみやたらに選択肢が多い。

 壁面のドアは転がった際に必ず正位置に書き換わる。私は尻餅をつきそうなりながら手を着き足を着き着地する。目の数だけドアを叩けばその方向にサイコロ部屋自体が転がる。床のドアを叩いたら何も起きない。

椅子と机にギミックは無いようだ。メモ紙と郵便受け上の穴は全くもって用途が掴めていない。メモ紙には最初、『like ?』とだけ書かれていた。唯一のヒントであろう文字列だ。


「好きです」「好きかい?」「like ?」「like !」「I love you !」


 正直に告白しよう、メモ紙をありったけ使って愛の告白までを投函した。私が“誰を”の部分は、初めは私の味方に、途中から諦めて婦人宛てに変えてだ。だって閉じ込められたままの私を急かすようなカウントダウンを2回聞いたのだから。さっきので3回か…。しかし何度婦人に好意を表明してもドアは開かない。絶対にどこかで上品に大笑いしているのだろう。紙も減ってきたし転がる部屋に翻弄されて体力も尽きてきた私には中々上等な絶望の二文字がのしかかっていた。言っていなかったかもしれないが広大あるいは無限の電子空間、部屋をひたすら転がし続けてもゴールの四角い穴に偶然“ハマル”などということはない。序盤ひたすら転がして気分を悪くしたのだから疑いようがない。そもそもどう進んでいるのかサイコロの中からでは見えない。

…いけない、否定の言葉が増えてきた。



「時間がゼロになったらどうなると思う?」


『部屋に水が入ってきて、ということは考えにくいですが、謎かけに負けた扱いになることが予想されます』


「そうだよねえ…」


 そうだよね…負けだよね…。いや、本当に? まてまて、そもそも声のカウントダウンが0になっても事態が何も変わらないなんてこともあるのではないだろうか。


『私はどうすればあなたを勇気付けられるでしょう…』


「…そのままのキミでいて」


「…はい?」



 結局、何度か部屋を転がしてもはや錯乱状態の殴り書きに近い駄文をたくさん投稿してタイムリミットがやってきた。


「…あやつ、最後なんて言うかね。『時間切れです!』だろうか」


『残りゼロ分です! だと私たちらしいですね』


「あれと自分を同一視なんてしなくていいよ…悪戯ギミックの一つだ…」


 隠しようがなく私の声にも元気がなくなってきた。そうだ、紙も残り少ない。私の負けとでも書いて投げ込もうか。


「…ん?」


『どうされました?』


「はっはっは! いや、しかしあと一歩か、解決じゃない」


 メモ紙の最後の1枚。どうして気付かなかったんだ、最初の1枚にヒントがあったのだから最後の1枚にヒントがあっても不思議ではない。執念の無駄遣いで辿り着いたとは言え見つけたのだ。


「Dice Key」


『サイコロの…鍵でしょうか』


「ヒントだから鍵かな? サイコロの例えはひとまず正解だと肯定してもらえたようだけど…」


 思ったより推理が進まない。情報も時間も足りない。


「推測でいい、あと何分だ?」


『7分ほどど思われます…』


「いよいよか…」


 メモ帳の起点に『like?』、間に私の狂乱投函、終端に『Dice Key』なる文字。


「…これより私は思考の深淵に沈む。もし本当に時間切れで水が押し寄せてきたら私を弔ってくれ、その前に遺言を残すけどね!」


『承知しました…』




 時間切れ。の前に、結局私はサイコロから脱出した。最後の投函文は絶対に声に出したくないが、念仏のようにヒント文字列を唱えていたら思い付いてしまったのだ。時間が無かった。思えばそれまでの表明は程度が足りなかったのか。盛大な好意を短い文字列にして祈るように大慌てで投函した。


「…誰宛てとしたかはシークレットとさせていただこう、せめてもの面目だよ…」


『私宛ではありませんでした』


「おーまーえー!!」

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