見知らぬ指輪
こんな物語はどうだ。満天の星を見上げる。大気圏を抜けて、遠い星々の輝く大宇宙に出る。すると青い尾を引いて彗星が現れる。彗星には遠い遠い星の王子様が埋め込んだ希望の指輪が一つ。この星の引力……じゃなく運命ってやつに引き寄せられた彗星は大気圏で蒸発して綺麗に分解、中から出てきた神秘の素材の指輪だけが燃え尽きずにその星の青い海へと落ちる。後はそうだな、お魚さんが偶然拾って、お姫様にでも届けるか。……だがな、
『おいディスガウス』
『なんだメロッペ? 俺は今忙しいんだ』
『時計を見ろ耐磁性たったの10のアホガウス。出てこい、コレクターの奴らを冷やかしに行くぞ』
『げぇ』
メロッペに連れられてやってきたのはコレクターの奴らが集まる貸しガレージの一角だ。あー『コレクター』ってのは廃材と逆流宇宙ゴミと領土戦争の残骸でできた瓦礫の山から使えそうな資源を掘って集めてくるロボットどものことだ。人型は滅多にいないぜ。カニみたいな恰好の方が効率がいいから人型は淘汰されるか自分で身体を換装するか最初から別の仕事を選ぶのさ。
『お前今日はやけに静かだな? 無差別電磁と強電波でついに回路がやられちまったか?』
『違う、俺は思考記録で美しい物語を書いてるんだ。今も頭の中で未来の読者様に語りかけてだな、』
『やっぱりいかれちまったんじゃねえか』
『違うってのに』
まぁ違わないかもしれないな。
建物と機械の残骸でできた地面は茶紫色をしている。スモッグ纏う高層建築に沿って見上げた空は灰色、僅かに残った海は油で虹黒色、雨まで真っ黒ときたもんだ。ひ弱な人間なんざとっくに死に絶えて、機械同士が電気と土地と大食いコンピュータの餌を求めて争い続ける。この世界が正常で違和感を覚えればそいつが異常。青い海に王子様にお姫様か。へっ。『レッドレーベル』のテキストデータを読み漁ってなきゃこのディスガウスもこんなことを考えていなかっただろう。
『ほら着いたぞ、おーおー今日も首根っこ並べてコレクターさんたちがお待ちかねだぜ』
棒切れを支えに耐水シートで屋根だけ作ってファットファクトリーの外壁に沿ってずらっと奥まで並んでいるのが低級コレクター。向こうのガレージの中にいるのが量も質も信頼も持ち合わせた中級コレクターだ。
『……お? 外の一番手前にいる奴、人型だな』
『目はいかれてないな。人型のコレクターは珍しいっちゃ珍しいがどうせ大したもん並べてないぞ。俺は先にガレージに入る。見ていくなら勝手にしな』
『そうさせてもらうぜメロッペ』
手を振る代わりに六本足の一つを挙げて見せる。ひらひら。メロッペはノーリアクションだ。
俺たちメイカーは少なくともあいつらコレクターたちより上にいる。ヒエラルキーってやつだ。領土戦争でぶっぱなして自分もぶっ壊されるソルジャーたちとどっちが上かと言えば微妙なところだが、メイカーはバカにはできない仕事だし、こっちの方が長生きできるのは間違いない。……で、外のブースの一番手前は通路に面しているから必然的に客足が伸びる。人型のあいつがあの場所にいるのは妙だ。何か目玉商品を持ってるか、“工作”でもしないと勝ち取れないはずだからな。そいつを確かめる価値はあると俺は踏んだのさ。
* * * *
『やぁダンナ』
『いらっしゃい』
貧相だ。かなり旧式の薄汚れた人型ボディ、地面に座り込んで椅子すら持ってない。で飾り棚も無くて同じく地面に並べてあるのは……拉げたアームと密度の低い単層基盤と見飽きたシールド銅線と……まぁガラクタだ。表情のない俺の顔を表情のない顔で見上げた人型コレクターのダンナ。
『ダンナ、ここだけの話、どうやってこの一等地を勝ち取ったんで?』
『一等地? ……あぁ、番狂わせだよ。元々私の位置は奥から二番目だった。一番奥を確保していたコレクターが配席システムをハッキングして順番を丸ごと入れ替えようとしたんだ。最下位の席が最上位になるようにね。企みは成功したんだが見つかって退場させられた。配席は一旦決まって面倒だからと今日はこのままだとか。当然不当に奥に追いやられた人たちは猛反対したが、運営者は低級コレクターの私たちの意見なんて聞いちゃいない。それで……私はここにいるんだ』
『へぇ、ほぉ、なるほど運のいいことで! こいつは面白い話だ! ……ん、ダンナ、その左手を見せてくれないか』
『左手? どうぞ』
左手の薬指だけにコバルトブルーの小さな輪っか。作業用アンドロイドにこんな余計な装飾は付いていない。
『そいつは“指輪”ってやつか?』
『そうだよ。手に取ってみるかい』
簡単に差し出すんだな。軽い。小さい。軽金属に薬品塗装か? 見たところ結晶回路の類ではない。
『ありがとう、返すよ。……ダンナ、よければこの指輪とアンタの物語を聞かせてくれないかい』
『あなたはメイカーだろう。あなたこそ面白いことを言うんだな。構わないが、本当に大した話じゃないよ』
『それでもいい。俺はダンナがこの一等地を取ったのは何かの縁じゃないかと思ってるぜ』
『そうかな……。じゃあ、ちょっと聞いてくれ』
* * * *
どうも私は近くの無法地帯で、誰かにこの青い指輪を渡そうとしていたらしい。その誰かというのは倒れていた女性型アンドロイドだという。不幸なことに私は目的を遂げるその直前で機能停止した。つまり、ちょうど私が停止した女性型アンドロイドの指に指輪をはめているところを野良ハンターに襲われたというのだ。それを見つけてくれた別のアンドロイドがいた。彼は名をジョニーという。ジョニーが言うには、女性型アンドロイドの方は妙に高級な型でそれもそのはずゼニスラス社のエンブレム持ちだった。ハンターたちは彼女に指一本触れられずに、代わりに横で倒れたオンボロ型の私の部品をありったけ持ち去ったらしい。使えそうな全ての部品とペアになっていたこの指輪のもう片方と、もちろんメモリもね。
『あれ? じゃあダンナは誰なんで?』
『ハハ、そうなるよね』
一部始終を見ていたジョニーは野良ハンターの拠点を突き止めて私のメモリを取り返した。それを別の機体に植え付けたんだ。つまりこれが今の私さ。残念ながら私の指輪は古パーツ流通の海に消えた。女性型アンドロイドはゼニスラス社の多脚ロボットに回収されていったらしいが、私が渡そうとしていた指輪は彼が外して隠し持っていた。ゼニスラス社が私に目を付けることがないようにと。それも私に返してくれたんだ。
『嘘みたいな話だな……。で……それがその、青い指輪か』
『うん。……嘘みたいだし、大した話じゃなかっただろう?』
『いや、ともかくダンナはそのジョニーってやつの言うことを信じるのかい? ダンナが倒れる前の記憶、襲われた時の記憶はメモリに残ってるのかい?』
『お察しの通りノイズが酷い。まるで故意に消されたみたいにね。だがジョニーの言うことは信じているよ』
『……まだジョニーには会えるんで?』
『いいや、姿を消した』
『ジョニーからフィアンセの情報は?』
『面白い言葉を使うんだなあなたは。フィアンセかどうかは分からない。イメージファイルを一枚だけ貰ったよ』
『そうかい……。それで、そうやって指輪を付けて』
『いつか彼女が現れるかもしれないと思ってここで待っている……つもりもないよ。資金ができたら少しずつ範囲を広げて無法地帯を捜し歩いているんだ。今度は少し慎重にね』
『そいつは……』
愚直な話だ。いくら旧式人型が気を付けたところで野良ハンターのセンサーの方が上だ。奴らは光学迷彩だって持っている。
『ダンナ、並べてる商品全部買うぜ』
『へ?』
『全部だよ全部。全部でいくらだ?』
『えっと……700と100と50と……こっちはまとめて150で、じゃあ全部で1000ビットルでどうだい』
『それっぽっちの資金でダンナはどのくらい歩けるんで?』
『集団探索の参加料と充電と整備を入れても……まあ3回は無法地帯を探せるよ』
それを聞いた俺は三倍の値段でガラクタを全て買い取ると言った。ダンナが「悪い」と断るので話を聞かせてもらった代金だと押し通して。
『だがそれよりも、そのフィアンセ探しを俺に手伝わしちゃくれないかい?』
『……本当か?』
『あぁ本当だ』
『何故? あなたには何も得が無い』
『俺はメイカーだが物語を書くのが大好きな変わり者で、レッドレーベルのテキストを読み漁るうちに頭がおかしくなっちまった。ダンナとフィアンセの話は良い物語になると思う』
『……あなたはヒーローかもしれない。名を聞かせてくれ』
レッドレーベルのテキストには当事者として自分が経験したことを書いたという物語がいくつもあった。そいつにはリアリティがあった。この世界には美しい海も王子様もお姫様もいはしないが、神秘の指輪だってきっとありはしないが、このままメイカーをやってるよりダンナを手伝った方がずっと面白い物語が書けそうなんだ。なあ、未来の読者様よ。
『ヒーローは嫌だな。名はディスガウス。耐磁性がたったの10しかないからディスガウスだ』
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