ペコ丸とお嬢様


 寒い季節の早朝。ごく短い時間だけ歩道橋下り坂のアスファルト表面が七色に光る。下を向いて歩いていた私が昨日見つけた小さな光だった。太陽の周期、低温で澄んだ空気、地表の水気、私の視線角度。難しい条件は分からないけれど、アスファルト地表面の何かの粒それぞれが奇跡的な光の反射をする。捨てられたいくつかのゴミも張り付いた黒いゴム質の跡も気にならないほど、地面が輝いて見えるのだ。


「ペコ丸、良く見ておくのよ」


 このために二日に渡って眠い目を擦った。昨日は時間をしっかりと確認して、今日は遂にペコ丸を連れてきた。急いで飛び出してきたので服なんてほとんど寝巻に上着を羽織ったようなもの。

 歩道橋の上に立って伸びた下り坂を二人でじっと見つめる。光は本当に綺麗だった。生命の源の光を地面が受け止め、坂道全体が光の流れを象るかのよう。

 急ぎ足で来たので呼吸が荒くなっていた。吐く息が白い。ペコ丸の方を見上げる。ペコ丸はいつも通り猫背で立ってその光の方をしっかり見ていた。冷たくなっていそうな手を握って温めてあげようか。



 ペコ丸には高価な視覚センサーも高性能な頭脳も備わっていなかった。それは彼女にも分かっていたが、それでも彼女はそれ以上のものを信じていた。だからペコ丸の返事がなくても自分が叩き込まれたいくつもの作法をペコ丸に教えた。ペコ丸に紅茶の味は分からない。気品のある踊りも到底できない。でもペコ丸は、彼女の唯一の側近だった。


 耳を引き裂くような警報音が二人の世界を叩き割った。「裁き」の音。第38系統、突発の類いだ。一気に鼓動が加速する。どうして今? 予報は? “なんてついていないの”とは昔から言わないようにしていた。こんな時でもそれは変わらない。


 巨大な機械腕が視界を横切った。轟音と共に地面が基盤ごとめくれ上がり、劣悪な環境を生き抜いてきた細い木々が土埃の中で数本吹き飛ぶ。舞い上がった太い銅線が火花を放った。

 身構える間もなく自分の視界のすぐ横を超電磁光線が吹き飛ばした。よくできている、爆発も衝撃も生まず空間が溶けた。

 どうすればペコ丸を助けられるだろう。そんなことは教わっていないはずなのに頭の中で何かの計算が完了し弾き出した、多分2秒後に自分たちの立っている場所が溶ける。ごめんねペコ丸。


 鈍い衝撃。ペコ丸が自分を突き飛ばした。何故? あなたにそんな機能は……言葉を遮りもう一度ペコ丸に謝った。私はなんてことを言うのだろう。

 ペコ丸が斜めに溶けた。膝から下と足首だけが残った。

 擦れた体を労わる暇はない、立ち上がり瞬時に上着を脱いで足を一つだけ包んで肩にかける。私を持ち上げられる力持ちのペコ丸はこんなに小さくなってしまったのに、やっぱり重い。許されはしないし大したこともできないけれど、こんなことなら身体を鍛えておけば良かった。


 光線と剛腕の流れるような分担作業、背後で機械腕が歩道橋の半分を抉った。瓦礫の破片が飛び交う。頬が切れ、片脚に堅い何かがめり込む。噴煙と土埃の中で地面が大きく傾いた。

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