diver


沈んでいく。


身体を水平にしたまま、思えばこうして真上を見ることは眠るときだけ。

日中は水平線に対して垂直に…


水に包まれていた。意識を下へ向けるため主観を定義する。

大気中のように呼吸はできない。この時点で人では難しい。

ただ人のような思考は欲しい。下に向かう間に与えられた時間は、そういうためにあると感じたから。

本当は四肢で水をかくこともしたい。


沈みながら水面があるはずの場所を見ていた。深い深い青色の空間が多重の境界線を描くので、大気と水の境界は重要なものではなかった。とうに形骸化していた。

沈む時間に上向きにすれ違っていく水中に何も形成されていない。心の準備は僅かでもできるだろうか。

時間はあとどのくらいか。


不格好に身体を反転させた。




視野角を超えて黒が見えた。巨大な人工物。都市。だったもの。


沈めば沈むほど青は黒に変わっていく。底の見えない都市は無限に沈んだ時に見える色をしていた。


都市は、死んでいた。




身体が、都市が構成する無数の頂部を超える深度まで達した。


ここからようやく探していたようなものが現れた。

かつて人の暮らしていた痕跡だ。


残骸になり破片になり粉になる為にはそうさせる力が要るが、

それが何であったのか、知ったような何かであって欲しくないのが本音だ。


砕けた殻のようなものは人の形を部分的に残していた。身を守っていたもの。


こうして知りもしない時間に存在した誰かに思いを馳せることができるから、人の思考を主観に残した。

かつて『不確かな郷愁』と呼ばれたかの概念の末端を、時代に不釣り合いな媒体で受け取った。

私もその一人になった。



人工建造物が見たこともない様式であることは確かで、しかし探求を許す概念の影響をやはり受けていることが興味深い。

どのあたりまで手が出せた法則をどのあたりまで知っていたのだろう。


巨大という言葉をあと何階層あげれば表現できるのか、そのスケールが奇妙に高揚させる。


徐々に徐々に深度を上げ近づいていく。


水没都市の夢。

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