セミジュウジ事件


「セミジュウジ十字事件ってご存じ?」


「ああ、大分昔前にあったよね。なんだっけ?」


「セミは虫の名前で、ジュウジはある宗教のシンボルマークのことなんだけど、」


「思い出した、へんなマーク持って死んでるやつ! 細かいことは知らないや」


「その変なマークのやつで間違いないわ。フライヤーってあったじゃない?」


「ちょっと前に流行ったおもちゃ?」


「そうよ、あれのもっと初期型の、AIすら積んでなくて、何時間かしか飛べない機械があったの。当時としてはだけど、それのかなり高級高性能品を使ってね、」




 全自動操縦ではなく、ある程度人の手が入っていたことは確かである。当時ドローンと呼ばれていた飛行可能な機械を使って、奇妙な事件が起きた。

その国に四季と呼ばれた年周期の気象の変化があったころ、セミという名前の虫がいた。気温の高い時期に大きな音を出すことや個体数の多さが有名であった。成長の最終段階で地上に出てからの寿命は極めて短く、無数の死骸が都市生活空間で散見されたという。セミの死骸は大抵ひっくり返っていた。


「ねえ、ひっくり返ったセミが死んでいるかどうかわかる方法知ってるー?」


「え、知らない。ミホちゃん分かるの?」


「足が閉じてると死んでるんだって、ほら、あのセミ見てみようよ」


 当時小さな子供だった2人は「何これ?」と不思議がったという。そのセミは漢数字の「十」の形をしたものを抱えていたのだ。


 当時技術的な進化の過程にあったものの、飛行機械は軽量のものを運ぶことができた。カメラの搭載や無線通信も不可能ではなかった。

"妙な思考を持ったある人物"(当時の表記そのまま、現在も特定に至っていない)が、ひっくり返ったセミを見つけては小型の十字木片をひとつ散布していった、というのがこの事件である。補足事項を述べるのであれば以下となる。


・セミは死が近づき弱ってくると非常に高確率で仰向けになる(=ひっくり返る)

・特に都会では自力で起き上がれない場合が多く、仰向けで死を待つことになる

・このことから仰向けのセミは既に死骸か近い死を待つことになった状態である

・セミがまだ生きていれば、掴まるものを与えた場合に起き上れる可能性がある

・十字木片は調査の結果最も早く効率的に自然に分解される素材で作られていた


 これによってある都市近郊部で異様な光景が広がっていると騒ぎになった。無数のセミが十字木片を抱えて死んでいる姿が目撃されたのだ。十字木片が単体で発見されることもあった。

 木片を散布する飛行機械は極めて静音性が高いだとか、本当は存在しないだとか諸々の噂を纏っていたが、当時の記録として残っているものが実は何一つ存在しない。あくまで飛行機械のようなものならばそれが可能だろうという推測が、有力なものであるとして正となった。


 その十字木片が象っていた漢数字「十」の形は、当時一般的だったある宗教のシンボルマークを想起させた。

 死か、死の間際にいるセミにそれを与えることに何かメッセージ性があるのかとゴシップ好き自称専門家を熱狂させたのはもちろんだが、「生態系のバランス」や「生命のスパン」といったワードを持ち出して真剣な議論の場を設けた学者も多くいた。倫理学や宗教学を背景に持つ者がこの議論に加わったことで渦は白熱し、中心にある「犯人」が最後まで正体不明のままであることで加速拡大を妨げるものは時間以外に無かったのだ。

「十字を与えられたセミがまだ生きていたとして、彼は何を思う?」と、ある詩人が問いかけて多数の記事の内の一つはバトンを渡す。




「ちょっと子供っぽいけど、面白いね!」


「でしょう。ちょっとみんなも集めて話してみない? いい暇つぶしになるんじゃないかしら」

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