BOX?_nightMare→wonderMare
感覚系に異常がある。身体の損傷というよりも意識側に何らかの侵入を許したようだ。
目が開いて、あるいは仮想空間を認識する。
真っ白な四角い空間。ヒトのスケールにしては妙に広大だ。壁と床と天井に方向感覚以外の区別は無く、四面の壁にはドア一枚すら無い。やはり覚えのない推定仮想空間に閉じ込められたような状態にある。突然に? 前後の記憶が曖昧なことが一番の問題かもしれない。
「イライザツヴァイ、そこにいる?」
応答無し。各種通信に手応えが感じられないから期待はしていないが、厄介な穴に単独で落ちてしまった状況と考えるのが早そうだ。
身体は拠点にいる時に選ぶいつも通りの義体で、自分の手のひらを眺めてから一通り四肢を動かし壁の一枚に手を当てるまで、全ては正常値の中にある。あくまでどこかの大枠の中での正常値に。
『それでは始めましょう』
音声。何者? 移動した部屋の隅から白い空間の中心辺りを睨むも、ピントを合わせるようなオブジェクトは見えない。…いや、
『まずはコレ』
四角空間の真ん中に、やはり四角い立方体が出現した。模様や継ぎ目の無い紫色。警戒してその場から動かずに注視していると、少し経って音声から指示を受けた。選ぶ言葉こそ平易なものだったが、音声の指示通り紫の立方体を“蹴らなければ”事態は進まないと、暗にこの場での優位を示して見せた。
立方体は膝の高さもない小さなもので、触って確かめると簡単に動かせるほどの重さしか設定されていないことが分かる。これを私が蹴ってどうなるというのだろう。
爪先を当てる程度に指示に従うと、立方体は僅かに一方向へ進んだ。
『まあ良いですよ、次に行きます』
「目的を説明してくれないかしら。あなたに従っていればここから出られるの?」
『ええ出られます。目的はまだ教えられません』
悪趣味だこと。
立方体が消えてから現れた同じ紫色の“球体”は、殆ど力を入れずに蹴ると弱々しく転がった。それから、声は“点二つと棒一つの模様が付いた”球体を用意した。
「…何?」
『さあ? なんでしょう』
記号の形と順番は『・』『_』『・』で、寄り添って配置されている。つまり
『・_・』
このようになる。推測の通りなら記号文字でヒトの顔を模したものだが、だとすれば何故。
記号付きの球体も同様に爪先で突かれて動き、止まった。
『どんどん行くよ』
次は球体が二つ同時に現れた。それぞれ『>_<』『;_;』という記号配置。“困っている”、“泣いている”、とでも言いたいのだろうか。
私は二つの球体に手を触れて、内言で謝ってからなるべく弱く蹴った。
『次次~』
細長い直方体が底面に二つ付いて二本足で立つ椅子のようになった立体。私に蹴られて倒れた後、その形の側面にやはり二つの小さな直方体が付いた図形が現れて、蹴られて倒れて崩れた。
なるほど、そういうことか。
「次は“頭”が付くのでしょう」
『ご名答。流石だね~』
紫の立体は、見方によっては手と足と頭部を備えた人形に見えた。角張って太っているが、ヒトを模した形。音声の指示は変わらない。不安定に偶然に立っているような膝の高さもない形を私が蹴る、それだけ。
* * * * *
対象オブジェクトがよりヒトに近付いて行くと、さらに私に“武器”が用意され始めた。
もはやそっと蹴って誤魔化すことは許されず、切る、撃つ。壊す。私には武器の使い方がある程度インプットできる。
記憶は嫌にはっきりとしている。記録から侵入と書き換えの痕跡を必ず見つけ出す。
私の目が覚めたのは、少なからず手が震えて、心が痛んだ後だった。
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