コーヒーとミルクと


 ちょうど並んだ『HOT』と『ICE』の文字を見て『ICE』を選ぶ季節に切り替わった頃。氷の分だけ少し大ぶりになって、材質もガラスへ変わり中の宇宙が見られるようになった。何ということは無い、根元がすぼまった形状のグラスにアイスコーヒーが入っていて、小さな別容器にミルクが入っている。これを上から、銀河系の渦を真似るように素早くしかし慎重に落とす。

すると本当に宇宙ができる。


 黒を目指した液体をガラス越しに見てやはり向こうの景色は見えなかった。たったこれだけの厚みは十分に暗幕を兼ねる。その空間に白を模した液体が上から降りて溶け込んでいく。数刻は濃密に劇的だ。息つく間もなく空間全体の色をカフェラテに近付けながらやはり立体の“渦”を無数に作り始める。各々の突端が底へ落ちていく。交わりながら渦巻きながら溶け込みながら、マドラーもスプーンも必要とせずに流動を作り銀河に似た大小の輪郭を至る所に生み出していく。

科学が断定しないのならストローを持った私が宣言しよう、その形状は稀に、完全に相似する。


 のどが渇いていた私は待ちきれずにストローを手に取って未完成の宇宙をかきまぜた。



* * * * *



 それは確かに夢のある混ざり方をしている。


 ショッピングモールのエスカレーターから地上1階を見下ろしていた時の事、ふと“近未来の風景”が頭を過った。横文字を使うならサイバーパンク、十二分に発展した未来の建造物で、同じような画角で下に広がる空間を見下ろしている感覚、あるいは視界、ともすれば記憶。

 そう、私は恐らくその景色を混ぜて生み出した。素材は今度は2つではなく3つ心当たりがある。

 一つ目は幼き頃の記憶だ。自分が小さい分だけ全てのモノは巨大で、先述ショッピングモールの吹き抜けから見上げた景色等はあまりにも圧巻だった。はずだ、としか言いようがなく、選んで記憶できたわけではないけれど。

 二つ目は意欲的に未来を先取りし形にしたゲームや映像作品の画面。時に視点までも操作するそれらは次第に“リアリティ”を増して訴求する。タイムマシンを叶えるずっと前に得た視覚体験は未来を手軽に脳裏に焼き付けた。

 それから、最後に。三つ目は夢だ。記憶整理の過程で、情報調合の過程で、私は“間違いなく”未来の世界に“いたことがある”と断言できる。気がする。そこでは不思議なことに見たことの無いものから先のものまでもが現れる。


 3つ。出典が曖昧になったそれらが丁度良い塩梅で混ざって、ただのショッピングモール1階への視線に未来を混ぜた。「あれ、どこかで見たことがある気がする」と口に出す前の文字までを作り上げた。デジャヴュとはまた違う、複雑に設けられた時間軸との交錯。


 この調合比率は解明されて欲しくないものだ。そんなことはない、あるはずがない、と思いながらもどこかで肯定を続ける不確かなそれに、私は必ず足跡を残すから。

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