相合傘
「仕留めた。リブートロック済み、支援ボットの指揮系統も焼いたぞ」
「ふぃー……」
都市の雨は“彼”の敗北を悟ったように強さを増した。軽い物語しか込めてもらえなかったゴミたちが溢れた雨水に乗って黒ずんだ水路へと還っていく。第三次包囲網を抜けた危険指定ハッカー『親鳥』が電脳警察と小規模な、しかし紛れもない激戦を繰り広げて、つい先ほど完全に機能を停止した。AIが手足としていた簡易義体は銃を突き付けられて降伏のしるしに両の手のひらを空へ上掲げたまま、魂の抜けたように雨に打たれている。親鳥が人間でないことの確信度合は電脳警察側で70%、支援者の2人で95%だった。「動くな手を上げろ」の音声から電子の世界で行われた攻防の方が随分と長かった。
「大量のボットを次から次に出しやがって、全く……」
二人ともほぼ同じタイミングで意識を外へ戻した。ビルの屋上の庇の下。空は灰色の雨空、見るまでもなく都市の雨。
「奴が時時間を掛けたのはそこだったみたいだ。免疫系統が見事にばらけている上に自己複製の乱数精度まで高い」
「アンチへの反応もばらけてたよな? ホントに親鳥が全部一人で操ってたのか?」
ヘッドセットを片付ける手が一瞬止まる。
「そこは間違いないと思うんだが……」
「……それ以外に自信の無いところはどこだ」
皆島に不安要素が残っているとすればそれはもう全体に周知すべき不安要素でしかない。電脳戦の実力こそ朱堂と皆島は拮抗していたが、相手の分析や電脳戦自体の知識では朱堂は皆島に遠く及ばない。
「ひよこのマークが付いていただろ」
親鳥が戦闘中に放ったボット、街中に潜伏して網に負荷をかけたボット、防衛拠点の障壁を壊しに来たボット。いずれも可視化した時に分かりやすい“ひよこのマーク”が埋め込んであった。
「あのマークは本当に全てのボットに付いていると思うか」
「つまり、マーク無しの“雛鳥”がいるかもしれないってことか? 免疫反応も構築パターンも分析にかけたんだろ? 残数はゼロだった」
「ああ間違いない」
『皆島、朱堂、応答願います』
秘回線通信。二人を一時的に雇った電警だ。
「はいよ姉御」
「ARC-38の屋上に二人ともいる。接続解除直後だ。どうした」
『ポイントNI-AR-4で公共ドローンのハッキングです。至急現場に向かってください』
「公共の? マジで? 皆島、これドンピシャじゃないのか」
「勘が当たるのは嬉しいが事態は好ましくないな。急ぐぞ」
親鳥の簡易素体が大粒高密度の都市雨に打たれていた。素体はフォルムこそ人型をしているが目のパーツはバイザーで表情は無い。薄れた包囲網の跡を水平に見据えたまま、両の手のひらを空へ捧げたまま。とうに魂の抜けた親鳥の残骸頭上で数機のドローンが不気味にホバリングしていた。目印のランプは思った通り赤、既にドローンたちに公共の指示は届かない。乗っ取られたようだ。
「おーい皆島どうするよ。潜るか? ドローンの単独防壁まで雛鳥が被ってるなら厄介だぞ、公共のは造りが堅い」
「……少し待て、先に潜ってもいいが攻撃は待て」
「待て、って……」
自分も雨に打たれながら親鳥の抜け殻を睨む皆島が絶妙な表情をしていた。濃い感情だが緊張とも怒りとも付かない複雑な様相。
「先に俺が正常であることを宣言してから聞くぞ朱堂」
「へ? なんだよ」
「親鳥は“つがい”だったと思うか?」
「……単独犯だったと思うぞ、推定目的とか攻撃傾向から考えても」
「違う、そうではなく、つがいの片方が今回の親鳥で、もう片方は全く別のAIとして一連の終始を外から眺めているだけだった、というのはおかしな仮説か」
珍しく皆島が難解な、しかも極めて情緒的な前置きが必要そうなことを言っている。朱堂は持ち前の言語処理に若干の不安を覚え、なので彼らしく素直に聞くことにした。
「どういう意味だ」
皆島は尚も滞空する4機のドローンが高度を調整し微妙に位置を変えながら“なにもしてこないこと”を再度確かめると、降り続く都市雨の源たる灰色の都市空を見上げてそのまま言葉を続けた。
「公共レベルの多重セキュリティを備えたドローンを4機もハッキングし同時制御、ターゲットの頭上を追従させた。そのAIはターゲットに傘を差してあげたかった」
ただそれだけ、以上が俺の仮説だ。そう皆島は言った。
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