さいわいなことり


「おー可愛いもんだな」


「見て、後ろからも小鳥が付いてくる」


 地中に円形のレールが敷かれているのだろうか。まるで生きた鳥のように金属細工の鳥たちがゆっくりと羽ばたきながら建物の周りを進んでいく。曲線の加工や翼の彫りが実に繊細で美しく、微妙に上下する身体に組み込まれた部品数は思いの外多い。細い支えの線を忘れさせるかのような活力、優美さ細い金属棒の支えは受けているものの、鳥たちは本当に空を飛んでいるかのよう。


「よく見たら翼も部品を重ねてあるね」


 それから、これは自分が同じ技師だから辛うじて分かったのだと思うが、先頭を行く青い目の一羽は“年代”が違う。時を経た跡を綺麗に肌に馴染ませたような微妙な傷、色味、動きの細部が作る音の重み。ともすれば“起点”の前から空を? 金属鳥の青い瞳が精巧に瞬きを見せた。円周の外向き、ヒトに見える側の方に珍しい青い鉱石があしらわれている。こういった遊び心や造形美にエネルギーを使う技師は今では随分と減ってしまったが、はてさて。


「建物の中に入ってみましょうよ」


「いいよ。もしかしたら素敵なものが見られるかもしれない」



* * * *



「おじさん、この小鳥は飛べないの?」


 少年が指差したのは地面に転がったガラクタだった。建物の外に追いやった無数の失敗作のうちの一つ。確かに身体の大部分が残っていて歪に鳥を模しているが、横の金属片に寄りかかって偶然立っているように見えるだけだ。翼を目指した部品はもはや片方しか付いていない。


「飛べないな」


「どうして?」


 どうしてだろう。顔を上げると、中枢棟の周りに浮かぶ巨大な輪が目に入った。最高峰の技師たちが作り上げた金属細工は幅数メートル、薄さ数センチで、直径はこの巨棟を囲うほどもある。表面には美しい幾何学模様を携え青い光を帯びて、ゆっくりと回転しながら浮遊している。


「飛ぶってのは、ああいうことか」


「んー、ちょっと違う」


 確かに自分も“浮遊”と言ったか。少年は金属屑を拾い上げると、それを高く翳して身軽な足取りでその場を歩いて見せた。


「分かった?」


「分からない」


 確かにその金属片は宙を進んだ。しかし戦力外の老いぼれ技師ではそもそも金属に命を吹き込めない。圧倒的な技巧を以て生まれる、魂が震えるような繊細美麗な曲線積層、それを極小の部品組み上げ生まれる生命の定義を覆しかねないような滑らかな動き。人間を代替する存在が遂にはあの青い光を金属に融合させるに至ったことで、事態は一つの曲面を大きく乗り越えた。…目立った点だけを見るのならば。



「おじさん、昔は時計を作ってたんでしょ?」


「…何故それを?」


「赤い服のおばさんから聞いたんだ」


 まさか。誰が。

 機械式の装置で「時」を計ることは確かに可能だった。片腕に着けられるようなものから別の役割を持った機構を支える一部品にまで、機能、表現美ともに満足の行くところまで計器の創造は進んだ。だがそれらの計器たちはある瞬間に“役立たず”となる。―――大本の“時間”が変調をきたし揺れ動いて最後には崩れて再構成された、あの瞬間に。時計職人たちは再編された概念に挑んだが、概念側が人間程度の階層に目を付けたかのように悪戯に干渉を阻んだ。時計職人たちは本職それだけでは立ち行かなくなり、やがて諦めたかのように特需となる“別の創造”の一端を担い始める。

 全て遠い昔の話だ。次元計測を夢見た仲間たちも、時の渦に消えた師も、赤い服を好んで纏う女も。全て。



「これを鳥さんの目にしてあげて」


 少年は革の鞄から小さな青い石を取り出して見せた。珍しい青色をしているが、藍銅鉱の原石だろうか。


「どうやったら鳥が飛べたことになるのか、もう少し教えてくれ」


 赤茶色をした高層区画の金属輪郭が切り取る青い空を背に、少年の瞳が同じ色の光を宿した。



* * * *



 細い二本の刃爪が伸びた工具にそっと力を込めた。真鍮合金のヒゲゼンマイ先端数ミリが小さな音を立てて零れる。金属の声を聞き取ろうと耳を澄まし、その“手応え”に心の中で礼を言う。短く息を吐いて布切れで額の汗を拭った。二本の爪先が伸びた別の工具に持ち替えて、渦巻く時を象るそれをあるべき場所に運ぶ。回転軸となる細い金属棒を確認して、ある個数だけ突起が付いた歯車を探す。小さな小さな“ねじまき鳥”の心臓に、またひとつ命の欠片が宿っていく。

 後ろで規定温度に至った小炉が合図を送った。すぐに立ち上がって耐熱繊維の手袋を右手だけ外して、純水を貯めたガラス容器を手に取る。作業台の奥には一部だけ埃を拭き取った容器に青い鉱石が一つ。静かに“時”を待っていた。

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