第16話 トンネル職人クマさん

---クマさんの夢の中

黄色いウリが無数に咲く部屋。 

『いらっしゃーい!』

フワフワと娘の顔をかたちどったアイコンが浮いている。

『なんじゃ、オマイは誰どい?』

意識だけのクマさんも同じように顔ふちどりのアイコン姿。

『ワタシは夢のナビゲーター、マクラウリコでーす』

『お客様のアナタにステキな夢をみせてあげますわよ』

『ステキな夢?おお、みせてくれい!』

『あなたの一番楽しかった頃がいいですね』

『おおそうどいな、アンタ、手際がいいどいなー』

『アナタは大事なお客様ですから』

『大事なお客様?』

クマさんはなぜかこの言葉がひっかかった。

しかし、マクラウリコの魔力で記憶の夢の中へ……

“ふつつつつつつつ……” 

クマさんはどんどん、どんどん若い頃に戻って行く。

記憶の逆行だ。その流れが止まった。

“ぽわわわわわわわわーん”

『じっじん、じっじん』

クマさんを起こす声がする。

『ううん、おあ!

ユラオラじゃなかか!』

しかし、声はするが姿が見えない。

『ユラオラ、どこにおるんどい!』

『じっじん、じっじん』

声を発していたのはふわふわと浮かぶあっくる玉だった。

あっくる玉の中にユラオラの顔が青く浮かび上がっていた。

『そうか、これは夢の中どい。

ユラオラのあっくる玉がワタイに付き合ってくれておるんどいな』



『はい、お客様の一番輝いた時代ですよー』

マクラウリコが優しく案内する。

“どん!だん!ごん!”

『おっ、聞き覚えのある音どいな』

『じっじん、あれは何?』

『おおーっ!これはワタイが現役バリバリで働いとったトンネル工事現場じゃなかか!』

アイコンのユラオラとクマさんはすーっと、その現場にドロップする。

クマさんの昔の記憶が作りだすリアルな世界があった。



“どん!だん!ごん!”

『懐かしい現場の風景どい』

ここは霜霧山トンネル工事現場、作業員が困っている。

「監督、だめだ」

「この岩盤とても堅くて開けられません」

「もっとパワーをあげてみろ!」

「あげたら掘削機の爪、全部つぶしてしまいました」

「どうします?」

「……」

監督と作業員はふさぎ込んでいる。

「この霜霧山はどういう訳かトンネルが通らない」

過去の台帳にはバツ印がついている。

「今まで数多くの穴掘り業者が挑んで失敗したんだ」

「西と東の峰はとっくに開いているんですがねえ」

「弱ったなあ」

“どやどやどや……”

会社の幹部達が現れる。

「工事が中断してるようだな」

「困るよ監督!このままじゃ工期に間に合わない」

「このトンネルは国の一大事業だ!

そして我が社の命運もかかっている……」

「社長、このままトンネルが貫通出来なければ我が社は倒産です」

「監督さん、ちょっといいですかな」

「あ、チョウさん」

現場で一番古株の作業員がはいってきた。

「こうなったらあの男を呼ぶしかないんじゃないですかな」

「あの男?」

「伝説の石割りのクマですよ」

ざわざわと一同どよめく。

「石割りのクマって、あの伝説の石割りの名人か!」

「割れるのか?」

「今まで割れなかった石はないそうです」

他の作業員も噂は知っていた。

「でも現場の人間と馴染めず、怒りっぽくって酒場でよくけんかするらしい」

「気難しいやつなんですよ」

「今では故郷に引きこもっているという噂です」

「連絡はとれるのか?」

「さあ」

「知らんなあ」

「チョウさんは?」

「運よくクマさんはこの霜霧山の出身なんですよ」

「引き受けるかな」

「直接は無理かもしれませんな。

でも、幼なじみの歩平って女好きのやつがいるから、そいつに頼めばなんとかなるかも……」

「よし!おだてても、だましても、なんでもいいから呼んで来い!」

会社は最後の手段として全ての運をクマさんにゆだねた。



「石割りのクマさーん!」

おだて、だまされ、にあっさり落ちたのは歩平だった。

歩平はマネージャー気取りでクマさんを連れてきた。

“ずずずずん……ずずずずん……”

「か、監督連れてきました!

石割りのクマさんです!」

関係者と作業員の見守る中、クマさんがやってきた。

頭には丸の中に『ク』と書いた鉢巻き、半てん、地下足袋。

腰にはカナヅチやノミをいくつも刺したベルトをしている。

会社の幹部も総出で出迎えた。

『あ、あれってじっじん?』

『若いねえ』

『おおおお、かっこいいどい、ワタイは……』

『ホージーの方が派手な格好しているね』

「はいはい、下がって、気が散るから静かにね」

歩平の仕切る中、クマさん劇場が開幕した。

クマさんは静かに岩盤に手をあてる。

全ての工事現場の関係者が見守る。

クマさんは天性の“石のスジを読むチカラ”があった。

「……」

緊張の時間が流れた。

「ここだ!」とつぶやく。

そして、決めたポイントにノミを当てる。

“コツコツコツ……”

最初はやさしく。

“カーン!カーン!カーン!”

やがて大きくカナヅチをノミに当てる。

“ドコカーン!コカカーン!”

それを石のスジの通りにいくつか繰り返す。

「我々が機械を使って割れん石があんなノミで割れるのか」

工事関係者に不審の波がザワザワと広がった。

“コンカン!コンカン!コンカン!……”

クマさんの作業は続いている。

「おっしゃ!」

クマさんは一声叫んだ。

「みんな見ちょれー!」


“ごくっ……”

全員が期待を込めて注目した。

クマさんは仕上げとして、要の一撃を間をためて打ち込む。

“カーーーーーーーーーン!”

“ビシッ!ビシッ!“

ゆっくりと岩に亀裂が走り、

“ドゴゴゴガーン!“

見事に岩盤が割れた。

「うああああああ!」

「本当かよーーー!」

「信じられないー!」

「すげええええええ!」

「やったやったばんざい!」

一同大喝采!

「難攻不落のトンネルが開いたぞ!」

現場全体に大歓声があがる!

クマさんが英雄になった瞬間だった。

「クマさん!クマさん!」

「クマさん!クマさん!」

大合唱が起こった。

『すごいや!じっじん』

『ふひゃひゃひゃ』

この頃がクマさんにとって一番華やかな時代だった。



                                                

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