第12話 巻き物の伝説

ーーーそれから三ヶ月

結局、クマさんは見つからなかった。

神主の色羽歩平の進めもあって、とりあえず祝詞(のりと)だけはあげようと言う話になった。

ミツさんの家の床の間に神棚を置いてみんなが集まった。

「いいかゲンドロウ、はじめるぞ」

神棚にはクマさんの写真が置いてあった。

「♪あああ、某月某日某時間、一人の短気な老人、イチカバチ・クマという白髪男が自らの暴挙によって……

♪あああ、いずこかに立ち消えて……自業自得か不運かいざ知らず……未だ姿見えず声もせず……」

歩平の祝詞は乱暴で適当だ。

それでもゲンドロウ一家は神妙に手を合わせる。


「父ちゃん」

ゲンドロウは悲しくクマさんの写真を見つめる。

ユーラとオーラは不満そうに見つめる。

まるでクマさんが死んだような扱いをされているからだった。

「じっじんはちゃんと生きているって、言ってんのに……」

「ユラオラ、ゲンちゃんの気の済むようにしてあげようよ」

ミドルがユーラとオーラを静める。

「ゲンドロウはひとつのケジメをつけたいんじゃよ」

歩平もゲンドロウの寂しさがよくわかっていた。

祝詞をあげてもらってゲンドロウはひとつ区切りがついた。

「みんな、グジグジしないで先に進もうな。

父ちゃんこんなにハエたたき作って、見えないハエを叩いていたよなあ」

「ハエたたきじゃないよ、タタッ剣だよ」

「そうか、タタッ剣ね」

“びしっ!ばしっ!”

ゲンドロウはタタッ剣を軽く降る。

そこにはミツさんと歩平もいる。

「ああ!!!」

ユーラとオーラが急に固まった。

「どうしたの?ユーラとオーラ 変な顔して」

ミドルは二人の視線が気になった。

「あのさー、さっきからへんな動物がみんなの後ろにいるんだけど・・・」

「何!へんな動物?」

「うん。悪さ生物だよ」

《悪さ生物》

と聞いて歩平がぴくっとする。

「今はハエに似たでっかい怪物がいるよ」

「そう、今、ゲンちゃんにちょっかい出してるよ」

その言葉通り、ゲンドロウが持っていたハエたたきがゲンドロウに向かって叩いてきた。


“ばしっ!ばしっ!”

「いてー、なんだよ、このハエたたき!生きてるよ」

ゲンドロウは驚いて立ち上がった。

「違うよ、悪さ生物がそれで叩いたんだよ」

ユーラとオーラは悪さ生物に向かって指を差すがゲンドロウには何も見えない。

「あーあ、飛んで行っちゃった」

「ゲンちゃん、だいじょうぶ?」

ミドルはユーラとオーラがあのシュロ所の事件から新しい能力に芽生えたのを感じていた。

「ねえ、ユラオラ、いつから見えるようになったの?」

「ミドルちゃん、もういいよ」

「じっじんと亜空界に行った日からだよ」

「おい!今、亜空界って言ったか?」

歩平が立ちあがった。

「そうか!クマさんやっぱりなあ!

向こうへ行ったか!」

歩平は天を。見上げた

「こらこら、おじさんも妙な話しに乗っかっちゃって、変になったんかあ?」

ゲンドロウは怒りだす。

「ゲンドロウ、オマエは知らなすぎる。

この地の不運な伝説を!」

「何だよ?歩平おじさん

伝説って」


「あるんじゃよ、もうひとつの世界に関する伝説が……亜空神社には」

「亜空神社にか?」

「ワシはさびれた神社と共に伝説も捨てたかった。

だからわざとキャバクラに通っておったんじゃ」

「ウソ付け!好きで行ってたくせに!」

「ゲンちゃん、落ち着いて。

歩平ちゃんの話を聞いてみようよ」

ミドルに言われてゲンドロウは仕方なく座り直してため息をついた。

「ほらっ!《亜空空記(あっくっくき)》じゃ」

歩平がフトコロから薄汚れた緑色の巻き物を取り出した。

「ちょっと見せて」

ゲンドロウとミドルは巻き物を広げて目を通す。

“じゃうううううううう……”

一瞬、邪気をはらんだ空気が漂った。

「何が書いてある?

ミドルちゃん」


ミドルは読み上げる

『《七地下神(ななちかじん)》が亜空の門に立つ時……

亜空の門より悪さ生物を引き寄せる也』

「えっ!

亜空の門?悪さ生物?」

今度はゲンドロウが立ち上がる。

さらにミドルは読み続ける。

『悪さ生物の名は邪運化と呼ぶ也……

弱き心につけいる…

見えざる故なすすべ無し』

「ああん、難しくて所々読めないわ」

「おじさん、監理悪いよ」

ゲンドロウは歩平と巻き物を交互に見て文句を言った。

「ユラオラ、オマエ達はわかっていたんだね」

「わかったに決まってる!」

ゲンドロウに向かってオーラが力強く答える。

「亜空神社ってそんな怪しい神社だったのか、おじさん」

「そうじゃよ、ワシの性に合わんのじゃ」

「ミドルちゃん、見せて!」

巻き物を両手で広げてゲンドロウは身震いしている。

「……ユラオラ、あの悪さ生物は邪運化って言うの?」

ゲンドロウがくどいのでユーラとオーラは少し冷めている。

「だから、さっきから言ってるじゃん」

冷たく突き放す。

歩平の巻き物は古過ぎて読める所が少なかった。


歩平がわかる所を読み上げる。

「ああ、ワシが解説してやろう。

『あっくるの《時竜巻(ときたつまき)》吹き荒れる……』

『……邪運化の親玉を永遠に封印す……』

「ってあるな。

「どれどれ!」

ゲンドロウも覗き込む。


「《封印?……》《親玉》か……

わかんないなあ」

ゲンドロウはひっかかる言葉がいくつも出てくるので心配でたまらない。

「ゲンドロウ、この子達は邪運化の見える特別のチカラがあるんじゃないかな?」

「まずいな、それは」

「それと《七地下神》か」

歩平はふとあの時の地蔵尊を想いだした。

「あれは関係ないじゃろ」

「おじさん、《子どもの気力をあっくると呼ぶ也》って?」

「あっくるか、ううん……」

「ああ、わかんねえよ」

今のゲンドロウにはとても理解できない内容ばかり。

「ミドルちゃん、子どもの気力のあっくるって、わかる?」

「あっくる?」

「ユーラ達にも見せてー?」

ユーラとオーラが巻き物に強く興味を持つ。

「興味持たんでいい!」

ゲンドロウは巻き物をあわてて歩平に手渡す。

「ユラオラ、《亜空空記》じゃよ」

歩平がユーラとオーラの反応を試すように教えた。


「《亜空空記》じゃよ」

「えっ《あっくっく》?」

「あっくっく」

「あっくっく」

ユーラとオーラは飛びながらはしゃいでる。

「子どもは無邪気でいいねえ。

なあ、ミドルちゃん」

「そうね、なんかワクワクするわー!」

「やめてよ ミドルちゃん こりゃ大変じゃないか」

「『亜空と現空を繋ぐ門也』ってあるけど……」

ミドルは推理する。

「ユーラ達はそのつなぎ目にはいったのよ、きっと」

「父ちゃんもか?」

「そうだと思う。

そうでしょ、ユラオラ」

「わかんない、寒かった」

「あの鳥居が亜空界とこの世界の出入り口だったのかしら」

「父ちゃん……」

「クマさんなら大丈夫じゃよ」

歩平がゲンドロウの肩を叩く。

「クマさんはそこでごちゃごちゃあって、決断したんじゃよ。

そして自分の生きる場所を求めて亜空界に残ったんじゃよ、きっと」

歩平の当てずっぽうはみごとに当たっていた。


「そのごちゃごちゃの末、父ちゃんがユラオラを戻してくれたのか?」

「だろうな、きっと」

「クマ父ちゃん、ありがとうね」

ゲンドロウとミドルはユーラとオーラを抱きしめる。

「歩平おじさん、この亜空神社に別な世界との出入り口があったなんて恐ろしいなあ」

「だからワシは秘密にしたかったんじゃ」

「秘密じゃなくて、面倒くさかったんだろ!」

ゲンドロウは歩平の性格を良く知っている。

「ワシ達のこの世界では、亜空界から来た邪運化がずーっと悪さしておったんじゃ」

「そうかもな」

「クマさんの不運な人生が正にそれじゃ」

「じゃあ、父ちゃんはずっと邪運化に悪さされて?」

「だから亜空界に行ったんじゃろ」

「くーっ、そんな父ちゃんをもうろくじじい扱いして、悪かったなあ」

「そこにある札が亜空と現空を繋ぐ呪文かな。

ぜんぜん読めないなあ」

「そうじゃろ、神主のワシでさえ読めんのやから」


「秘密の鳥居もふっ飛んだし、亜空界を知るものは誰もいないなおじさん」

「おらん、ワシだけじゃ」

歩平は軽く、祝詞をあげる真似をする。

「ああ、おじさん頼みとは心細いなあ」

「神様に仕えるワシが心細いだと?」

「あ、おじさん、神様といえば、あれはどうした?

あの地蔵尊は」

「あ、あれな……

あれはしかるべき方法で処分したからな」

「どんな?」

「あれだ、あのー、蚤の市にな」

「またガラクタ市かよ!!!」

ゲンドロウが怒鳴る。

「いや、蚤の市じゃて!」

ミドルがふと気付いた。

「ゲンちゃん、

あの地蔵尊、あれが七地下神かもよ!」

「七地下神?お地蔵さんが?そんな訳ないでしょ」

「ゲンちゃん、これからは何があっても不思議じゃないのよ!」

ミドルは事情をよくとらえていた。

「お、おじさん巻き物なくすなよ」

ゲンドロウは巻き物を歩平に押しつける。

「ああ、わかっとる。

この巻き物だけは特別やから誰にも渡さん。

もちろん、蚤の市に出すはずも無い!」

「ほんとかよ!歩平おじさん

おじさんゆるいからなあ」

用心深いゲンドロウの指摘は鋭い。

「油断するなよ!おじさん」

「わかっとるわい!ワシも男じゃ

男に二言は無い!」

歩平は胸を張った。

「よし、とにかく父ちゃんは元気なんだ。

な!ユラオラ」

「うん」

ユーラとオーラは一緒にうなずく。

「あい!お茶だよ」

ただ静かにみんなの会話を聞くだけだったミツさんの締めのお茶だった。

「ありがとう、ミツ母ちゃん」

ミツさんは落ち着いていた。

「ミツ母ちゃんも寂しいね」

ミドルの言葉にミツさんは意外な言葉で返す。

「寂しくないよ、アタシも父ちゃんもようやく解放されたとよ」

「そうかもね」

《ようやく解放された》これには深い意味があったのだが、ミドル達は普通に受け流した。

歩平が立ち上がった。


「さて、帰って、シュロ所を立ち入り禁止にしとくわ」

「オレも手伝うよ」

ゲンドロウも立ち上がった。

庭で元気に遊ぶユーラとオーラを見て、歩平がはっと気付く。

「ゲンドロウ、この子達にワシらの理解出来ない事が起きていると言う事はだな…」

巻き物をポンポン叩き、歩平がまとめる。

「なんだよ、おじさん」

巻き物を刀のように二、三回素振りをする。

「邪運化の存在も知れた訳だし」

そして頭の上にかざしながら……

「ゲンドロウ!お前達一家にはこれからいろんな冒険がはじまるぞ!」

「わーい!冒険、冒険」

「ワクワク、ドキドキだあー」

ユーラとオーラが喜ぶ。

「楽しみだわー!」

ミドルもノッている。

「やめろー!冒険じぇねーだろ 厄介ごとだろ!おじさん」

心配性のゲンドロウの言葉は無視され、みんなは盛り上がっている。

その声は霜霧山盆地の澄んだ空に広がっていた。


みんなのノリをよそに、ミツさんはひとりお茶をすすりながらつぶやく。

「アタシのソバを長年食べとったクマさんは簡単にくたばりはせんよ。

むしろ、これからやねい……」

クマさんの写真が頷いたように見えた。

「《あっくっく》のはじまりだよクマさん」

ミツさんの頭には丸に『ク』の字の鉢巻きがしてあった。

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