第4話 ムラサキのブタ

“シュタッ!”

「じっじん!これでいい?」

クマさんの家は田舎作りの小さい古民家。

その庭先でユーラとオーラは盛んにハエたたきを振り回している。

“ブーン、ブン”

「このハエがあ!」

クマさんには人には見えないハエがいつもたかっていた。

クマさんしか見えないハエはいつもクマさんをいらつかせる。

「どんたこ!」

“シュパッ、タン”

まるで居合い抜きの達人のような風が鳴る。

クマさんのハエたたきの腕は名人の域にきていた。

「ふん、また数匹落としたどい。

このハエのおかげでワタイは変人扱いだ」

「じっじん!ユーラ達にもやらせて!」

孫のユーラとオーラが遊びにきた。

「おお、ユラオラか!

ほれ、やってみい」

クマさんは手作りのハエたたきをユーラとオーラに渡した。

「えい!やー!」

“びゅん!びゅん”

見よう見まねだが、子どもにしては素振りの音が小気味いい。

「そうじゃ、そうじゃ、オマイ達なかなかタタッ剣の使い方がうまくなったどい」

「《ハエたたき》じゃないの?」

「いや、《タタッ剣》どい。

ふひゃひゃひゃ、ワタイが名付けた」

“ぺキッ”

「あっ!折れちゃった」

「ふひゃひゃひゃ、タタッ剣はがむしゃらに振り回してもだめなんどい。

すばやさと切り返しどい」

「ごめんね、じっじん」

「よかよか、元気があっていいどい」

“ポタポタ”

クマさんしか見えないはずのハエがユーラとオーラの足下にも落ちていた。

それにはクマさんは気づいていなかった。

「さてと、タタッ剣の材料をとりにいくか」

クマさんは杖をついてユーラとオーラを亜空神社の本殿の裏に連れてきた。

そこは雑木林の丘になっている。

狭い石の階段がある。

十数段登ると、シュロの木が生い茂る林があった。

ショロの木の葉っぱで昼でも薄暗かった。

「じっじん、ここに材料があるの?」

「ほれ、これどい。

ワタイはシュロ所と呼んどるどい」

クマさんの立つ場所には、ヤシのような葉の枝を無数にのばしたシュロの木が何本も生えていた。

「うああ、恐竜でも出てきそうだね」

「この木、ヒゲだらけだし……」

「フヒョヒョヒョ、この木はな、タタッ剣のためにずっと育てておるんどい」

クマさんは自慢する。

「ふうふう、久しぶりに動いたら疲れたどい。

ユラオラその枝にぶら下がって、根元から折ってくれい。

ふう、ふう」

ここまで来て、クマさんは息があがっていた。

「はあ、はあ、うごごご……」

“どてっ”

「じっじん!大丈夫?

ユーラとオーラが駆け寄った。

「ううん、無念どい。これしきの運動で倒れるとは」

クマさんは思うように動かない体が歯がゆくてイライラした。

イライラするとまたクマさんしか見えないハエがたかる。

“ブーン、ブン”

「じっじん、まわりにまたハエがいっぱいだよ」

ユーラの言葉にクマさんは驚く。

「な、何!ユーラ、オマイはこのハエがわかるんか?」

「わかってたよ、ずっと前から……」

オーラも答えた。

「何と、ユーラもオーラもわかってたんか?」

「わかったに決まってる!」

オーラが叫んだ。

これまで幻覚だと言われていたクマさんには大きな驚きだった。

「おわー!

ワタイのハエは本物やったかあ!

ワタイに見えておったもんは幻覚じゃなかったんどいな!」

「う、うん」

「そうだよ」

「うおおおおお!」

現実に目覚めたクマさんから出る歓喜の声。

“サワサワサワ……”

クマさんのまわりの空気が渦巻いた。

「じっじん、ブタもいるよ」

興奮するクマさんに、覚めた顔でユーラが報告する。

「ねえ、じっじん、

ブタだよ」

「何?ブタ?」                                                                                                                                                                                                                 

気がつくと半身を起こしたクマさんの背後に一匹のブタがいた。

「ブヒブヒ……」

そのブタは、全身がナスのようなムラサキ色をしている。

頭には笠をかぶり、おしりにはナスのヘタがくっついている。

「何じゃこのブタは?

笠なんぞかぶりおって……」

ブタはトコトコ短い足で三人の周りを回りだした。

まるで三人を観察するように。

一回りして今度はその場でぴょんぴょん跳ね出した。

「ブヒーッ!」

ひと鳴きすると頭の笠がクラゲのように上下に踊りだした。

「なんどい!おかしなブタやな」

「ハハハ、おもしろいや」

“シュッ、シュ、シュ……”

踊る笠とブタの頭の間から、中から何かが飛び出した。

“ぷしゅー”

「何か出た!」

それは白いワタアメのような物。

勢いよく飛び出したワタアメはふわふわと漂っている。

「何だろうな、あれは懐かしい甘いにおいがするどい」

訳もわからずあんぐりと見上げる三人に対してワタはまるで意志を持ったような動きを見せる。

“ぱっ”

突然、みっつに別れた。

“シャッ!”

すばやくクマさんとユーラとオーラの口の中に飛び込んできた。

「ん、ぐぐっぐ」

ワタアメは素早く口の中で溶けて体に吸収された。

「なんだ?食ってしまったどい」

クマさんはワタアメは飲み込んだが、事態は飲み込めずムラサキのブタを見る。

「ブヒヒヒヒ、クビヒヒヒヒ」

ブタは体を前後して満足したように鳴いている。

まるで勝利のダンスの様に……

「ユラオラ大丈夫か?」

「うん、何ともないけど……」

「けっこうおいしかった」

「甘かったよね」

ユーラとオーラには全く抵抗感がなかった。

「じっじん、口から泡が出てるよ」

ユーラとオーラに指摘されてクマさんは口に手を当てる。

「どうしたんどいな」

手にとった泡をみてクマさんはつぶやく。

不審に思っていると、体の芯が熱くなってきた。

熱いものが体の中で暴れている。

“ぐり、ぐり、ぐり”

それが次第に広がっていく。

“ぐりり、ぐりり”

体が引っ掻き回される。

「ううう……」

今までいつも感じていたいら立ちが数倍になった。

「うんだぼぼぼぼ!!!」

そのいら立ちはクマさんの体では耐えられなくなり、暴れ回る。

“ぐりりるるるる……”

「ごああああ!!!」

クマさんは白目をむき、体中の血管がピキピキと浮き立った。

「じっじーん」

ユーラとオーラの声も聞こえない。

“すーっ”

突然体が軽くなり、クマさんは宙に浮かんだ。

次の瞬間、雑木林の木々やシダに何かにはじかれたように叩き付けられる。

“バシッ!ドシッ!”

クマさん自身がそうしているようにも見えるし、誰かにそうされているようにも見えた。

「うああああ!」

地上にいるユーラとオーラは逃げ惑う。

「ブキー!」

うかつにもムラサキのブタに当たってしまった。

ムラサキのブタは涙を流して痛がっている。

「ぐえええええ!!!」

死に際の獣のような声をあげてクマさんは静かになった。

“はあ、はあ、はあ……”

「じっじん!」

ユラオラはクマさんに駆け寄る。

あたりは折れた木々や葉っぱが草が散乱している。

「じっじん!」

「う、うーー……」

クマさんはなんとか生きていた。

「じっじん!」

「うう……うー……」

ユーラとオーラの呼びかけにクマさんはうなるだけ。

「おーい、ユラオラ!」

三人を心配してゲンドロウがやってきた。

「こっち、こっちゲンちゃん」

「なんだよ、もう」

ゲンドロウがブツブツ言いながらやってきた。

「どこ行ったかと思ったらこんな所にいたのか」

ゲンドロウは首や肩をかしげながら、散らかった小枝をかき分ける。

「こんなヤブなんてオレ初めて来たよ」

「ゲンちゃん……」

ゲンドロウはクマさんの現状をみて血相を変えた。

「と、父ちゃん!どうした!」

ぐったりしたクマさんに慌てて駆け寄る。

「うううん、ゲンドロウか……

早く一人前になれよー」

「ううううう……

父ちゃん……

今までありがとな……」

ゲンドウは涙を流し、すっかりその気になった。

「ゲンドロウ、ゲンドロウ……」

「なんだよ、わかってる、わかってる。

だからほら永久の眠りを……」

「違うんどい、ゲンドロウ!」

「何も言うな父ちゃん」

「こ、こら!

重いから手を離せ!

ワタイは死んどらんどい!」

クマさんはゲンドロウをはねのける。

「えっ!

なんだ元気じゃないか」

「まったく……

早とちりなんどい、オマイは」

クマさんはブツブツいいながら服のゴミをパンパンはたきながら、立ち上がった。

「さて、帰るどい!」

「と、父ちゃん!」

「じっじん!」

ゲンドロウとユラオラの視線を感じて初めてクマさんは気付いた。

「おろっ!

ワタイはちゃんと立っとる!」

いつもヨロヨロとしていたクマさんがしっかりとした足で地面を支えていた。

「そうだよ、父ちゃん!

しっかり歩けてるじゃねえか!」

「おお、そうどい!

それどころかほら、これどい!」

クマさんはぴょんぴょんその場で跳ねた。

「どうなってんだ?

ユラオラ、何があった?」

「ブタだよ」

「ブタ?

どこ?」

「ワタアメだよ」

「はん?

ワタアメ?」

この奇妙な出来事がやがてとてつもない広がりをみせる。








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