第9話 ブタと三人男
———スライムのような砂丘
洞窟の穴からまだら模様の石が飛び出してくる。
“ごそごそごそごそころんころん……”
「ど、どうしたもんだろうかい」
まだクマさんが状況を飲み込めないでいる。
「じっじん、これ見て!」
ダンゴを並べていたユーラが何かを感じていた。
「うん?何どい」
“ぶいーん”
突然、砂丘の空間に丸い切り込みがはいった。
“ぱかっ”
空間がまるでフタのようにきれいに開く。
“どやどやどや……”
そのフタの中から何者かが現れた。
“おた、おた、おた”
三人は随分慌てている。
大騒ぎしながら、転がっているまだら模様の石を元の穴の中に戻している。
「ほっせ、ほっせ、ほっせ」
ある程度もどして、穴に向かってブツブツ言いながら何かやっている。
“ピカッ”
にぶい閃光が走った。
「まぶしい!」
ユーラとオーラは思わず目をつぶる。
再び目を開けると、そこにはもう穴は無かった。
「……これで安心ですわい、とりあえず」
男達のひとりがつぶやいた。
「よかった、よかった、わいわい」
ちょっととぼけた様子の男達。
鬼瓦のようにいかつい顔にお腹が出てチョビヒゲをつけた男、そしてキューピー顔でモミアゲの男。
男達は落ち着つくと、ようやくクマさん達と目が合う。
「……」
ちょっと間があって、クマさんをしっかり見た。
「ウンチワ!」
「やっと会えましたな」
「探しましたわい、ご老人」
鬼瓦顔の男が話しかけた。
「な、何者どい!オマイ達」
クマさんは三人の男にまったく見覚えがなかった。
「その顔のまずさからいってオマイらは地獄の使いか?」
そして足下の白いドロドロを足でかきあげなら、
「このドロはこの世のモノではないどい」
さらに周りをみわたしながら、
「さ、三途の川か!
川だったらワタイは死んだのか?」
ここで鬼瓦の男がようやく口を開く。
「立て続けによくべらべらしゃべりますな。
ワシらの顔がどうとか、失礼な話まで……」
クマさんの焦りと裏腹に男達はずいぶんのんびりしている。
「まあいいじゃいよ」
とチョビヒゲの男が言うと
「そやそや」
とキューピー顔の男が相づちを打った。
「それじゃあ、ひとつひとつお答えしますと……」
その言葉の続きをチョビヒゲの男がとりあげた。
「先ず、ここは三途の川じゃのうて、《亜空のとば口》じゃらいよ。
この白い地面は《素雷土(すらいど)》じゃらいよ」
「だからあんたは死んどらんのやでー」
と最後にキューピー顔の男がのどかに答える。
「ワシらは地獄の使いじゃのうて《バープル様の弟子》じゃらいよ」
チョビヒゲの男がヒゲをなでながら気取る。
「なんどい、その“ババーが来る”とは」
「亜空の母、バープル様の弟子ですわい」
「訳がわからんどい」
「ところでご老人……」
三人の男達は改めてクマさんをじっと見る。
そして顔を見合わせる。
「この老人が《図抜(ずぬ)け人(びと)》なんじゃろか」
「こんなよぼよぼのじいさんがねえ……」
「あの子達は?」
「あの子ども達、なんとも無邪気じゃらいよ」
「こらー!
何をブツブツいうとるんどい!」
“ブンブン、ブーン”
クマさんの頭にまた他人には見えないハエがたかる。
「おおお、やっぱりこの人は図抜け人だわい」
鬼瓦顔の男がクマさんのハエを指差す。
「何どい、オマイらもワタイのハエが見えるとか?」
「これはハエではないですわい」
「そや、そや、特別な人である証(あかし)やで!」
「それはアンタの『念』ですわい」
「ワタイの念?」
クマさんの感情が高ぶると、その念がブンブンと頭の回りにまとわりついていたのだ。
「念とは特別な人の特別なチカラですわい」
「そうか、そうやったんどいか」
クマさんはハエの正体を聞いて、何となく納得した。
「ブヒ!」
鬼瓦顔の男は一匹の生き物を抱いていた。
「この《カサブタ》を覚えておいでかな?」
カサブタと呼ぶブタは、全身がナスのようなムラサキ色をしている。
頭には笠をかぶり、おしりにはナスのヘタがくっついている。
「ブヒブヒ!」
「おお、そのそのブタは最近よく見かけるな」
「見た見た!何度も見たよ」
ユーラとオーラも何度も出くわしているブタだった。
「かわいい!」
“トコトコトコ……”
「ブヒ!」
カサブタはユーラとオーラに近づき、挨拶したように見えた。
「このカサブタは《図抜け人(ずぬけびと)》の前にあらわれるんですわい」
「ずるむけびと?」
「図抜け人ですわい!」
「とってもずば抜けている人やでー」
調子のよさそうなキューピー顔の男が説明する。
「こんなじいさんなのにたいしたもんですわい」
「じいさんで悪かったな」
「アンタのその怒りっぽい性格が特別なんじゃらいよ」
もうひとりのチョビヒゲでおなかの出た男も付け足す。
「オマイらおかしななまりがあるどいのお」
「お互い様ですわい!」
「しかし、ご老人。アンタはめんどくさい人ですなあ!」
「何がどい!」
「このカサブタがアンタを図抜け人と認めて、何度も招待したのにその都度、コイツをぶっ飛ばしおったでしょ」
「そうやったかな」
そう言われて、クマさんには心当たりがあったが、とぼけた。
「やい!」
「な、なんですか?」
「じゃあ、そもそもこのブタはワタイをどこに招待したかったんどい?」
「それはここですわい」
「ここって、ここか?」
クマさんは地面を指差した。
「はい、ここが《亜空界(あくうかい)》ですわい」
「ア、アクウカイ?」
「アンタが今まで暮らしていたのは《現空界(げんくうかい)》ですな」
「それとは違う世界じゃらいよ」
「ゲンクウカイ?」
「そうやでー」
「アンタは現空界ではもう用済みの存在なんですわい」
「はあ?用済み?ワタイがか?」
「だからカサブタが新しい世界に招待したんやで」
「それを無視するとは……」
鬼瓦の男が軽蔑気味に苦笑いする。
「そして今度は自分からやってきたんですかな、勝手なお人ですわい」
「何でどい?」
「知らんですわい」
「あげくの果てにここに穴を開けてござったわい」
鬼瓦の男がさっきまであった穴のあたりを指差す。
「ああ、穴が空いて、まだら石がゴトゴト出てきたどいなー!」
「あれはまだら石じゃのうて《邪卵(じゃらん)》やで!」
「ジャラン?」
「そうですわい。
アンタは邪卵の
「邪卵は亜空の奥深くから溢れ出て、あっちこっちの邪卵房に溜まるんじゃらいよ」
チョビヒゲの男が突き出たお腹をさする。
「ワテらは邪卵を邪卵房に閉じ込める仕事をしてたんやでー」
キューピー顔の男が自慢げに語る。
三人は穴を防ぐ為にやってきたらしい。
「ワテらが来たからよかったんやでー」
「でも相当の数が飛び散りましたからなあ」
「出て行った邪卵、あれはもう回収でんのやでー」
「おかげでまた災難が降り掛かるんらいよ」
三人はそろって腕組みして口をへの字にした。
「災難か?まずい状況か?」
「はい、アンタの暮らしておった、霜霧山にね」
「ワタイの町にか?」
クマさんは嫌な予感がした。
「そ、その災難とはどんなもんどい」
「いやあ、昔からあるんじゃらいよ」
「そうやで、昔っからあいつはいたんやでー」
「あいつって、何どい?」
「《悪さ生物》ですわい」
「わるさせいぶつ?
か……?」
「人間に悪さをして喜ぶ、どうしようもないヤツらですわい」
「そうやで、突然、どわーっと……」
キューピーの男がツメをたてる仕草をする。
“どわーっ”
そのタイミングで三人はまるごと後ろから来た大きなカエルに捕まった。
「うあああああああ!」
カバほどもあるカエルの大きな口の中に三人が消えていく。
「お、おい! カエルが“どあーっ”と、来たどい!」
“んむむむむ……”
カエルは三人を飲み込もうとしている。
「ユラオラ!逃げろ!」
「うああああ!」
カエルの怪物から逃げるクマさんとユーラとオーラ。
「あ、あんなでっかいカエルは初めてどい!」
逃げるクマさんの目に入ったのがクマさんがタタッ剣と呼んでいたハエたたき……
クマさんは夢中でそれを拾い、カエルに立ち向かって行った。
「このお、こら、吐き出せ!」
しかし、おろおろと震えてかまえているだけ。
“うぐっ”
そのうち悪さ生物の様子がおかしくなった。
目を白黒させて
「まずい!」
と言ってと吐きだしてしまった。
“どぺっ!”
目の前に転がる、ネバネバだらけの三人。
「うあい!吐き出してくれたじゃらいよ!ラッキー!」
「うえええええ、汚いどいー」
クマさんは二、三歩後ずさりした。
「じっじん、カエルがいないよ」
いつの間にか悪さ生物は消えてしまった。
「ふう……」
「ワシら、まずくて良かったわい」
「だ、大丈夫か、オマイら」
「おじちゃん達、くさーい」
“ぷううううううん……”
「こ、これは悪さ生物の口臭ですわい」
「うんにゃあ、オマイらの体臭やろ」
“クンクン……”
クマさんが三人を覗き込んでいるとキューピーの男がのんびり返した。
「あんたも食べたらまずようやねー」
「ほっとけ!」
「ご老人、これがさっき言った災難の悪さ生物じゃらいよ!」
「あのカエルがか?」
「いや、カエルとは限りませんけどな」
「あれがアンタが穴から出してしまった邪卵から出て来たんじゃらいよ」
「あのまだらの石か」
「そう、邪卵を放り出したのは……」
「ご老人、アンタのせい!」
三人が一斉にクマさんを指さす。
“ずううううううん”
クマさんはしくじりの烙印を押された思いだった。
「どんたこ……」
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