第19話 マクラウリの夢2
「こんちわ」
ミツさんの手には光を放つ《導きの実》があった。
「あ、あんたが導いてくれたどいか」
奇妙な運がもたらすミツさんとの出会いだった。
ミツさんの持っていた導きの実は後にゲンドロウとミドルとも引き合わせた実でもあった。
『その後、ワタイの行く所、どこでもミツが付いてきたんどい。
ワタイは突き放すのをあきらめた』
『じゃあ結婚したの?』
『そうどい、しょうがなくな』
『はじめの頃、ミツは穏やかでおとなしかったんどい』
『ふーん』
『ミツは手打ちソバをよく作ってくれた。このソバが実にうまい!』
『ふーん』
『こんなうまいものを食べられるなら結婚した価値があるかなと思ったもんどい』
『じっじん、昔からばっばんのソバはおいしかったんだね』
『そうどい、そうどい』
『その後、世紀の大事故と言われたトンネル事故の原因究明が行われたんどい。
だけんど、原因はわかんかった』
『山から転がって来た石も見つからんかった。ワタイは確かに見たとに……』
『どこに行ったんだろうね。あの石』
『あれだけの事故がおきて、その原因がわからんでは示しがつかんようになってな。
会社の奴らは自分達の責任のがれを企てたんどい』
『えっ?!』
『事故の原因は流れもんの石割り職人のせいだという噂を流したんどい!
ワタイは英雄から世紀のヘボ職人に転落して、業界から追放されたんどい!』
『じっじん、かわいそう……』
『ワタイは悔しくて、悔しくてなあ!』
『うん、うん』
『そのショックで石のスジを読む気もなくなってしもうたんどい』
『そうなの?』
『霜霧山は再び閉ざされた盆地になってしもうた……』
『ふうん……』
『ワタイはここで転々と仕事を替えるが、不運ばっかりで、長続きせんかった。
毎日酒をあおるようになったんどい』
クマさんの記憶のデータをもとに、荒れて酒を飲み、ミツさんに当たるクマさんがいた。
『そんな生活が何十年も続いた頃、ゲンドロウが生まれたんどい』
『ゲンちゃんもじっじんはいつも酔っぱらっていたって、言ってたよ』
『そうどいな、ゲンドロウはダメなワタイしか見とらんからなあ』
『あっ、ゲンちゃん!』
幼いゲンドロウがハナを垂らして泣いている。
『ゲンちゃん、ゲンちゃん』
『ゲンドロウは生まれた時から賢そうには見えんかったな』
そんなクマさんに文句も言わず、静かに見守るミツさん。
一人息子のゲンドロウの成長だけが楽しみだった。
『ばっばんだ!』
『この頃のミツは優しかったなあ』
縁側に立つと、いつもクマさんはひとり、自分の運の悪さを嘆くようになる。
ある、雲一つない澄み切った空の下。
縁側で相変わらず酒を飲むクマさんの前でミツさんが洗濯物を干している。
すると、ミツさんは突然喉を押さえ、苦しみ出した。
酔っぱらったクマさんが飛び出してきた。
「どうしたんどい、ミツ」
「ううっ……ううっ……!」
「何か喉につまったとかー!」
ミツさんに顔を近づけて様子をみていると、突然ミツさんは灰色のホコリを吐き出した。
“ぷっぷぱあああ!”
“ホサホサホサホサ……”
あたりにホコリが広がる。
洗濯物は灰色になる。
クマさんも全身にホコリを浴びて灰色だらけ。
周りも灰色の光景。
『そう、そう、ミツはホコリを突然吐いたんどいなあ。
あのトンネル事故の影響かいのう』
ミツさんはホコリを吐いて、まるで体中の“詰まり物”がとれたみたいに人が変わった。
おとなしい性格は活発になり、穏やかな物腰は消えた。
「こあっ!こあっ!」
ときどき破裂音みたいな声を出す。
それと引き換えにクマさんは急速に体が弱って行く。
クマさんは弱い体にいら立ち、いっそう人生を悲観するようになる。
「ミツ、おまえと結婚するんじゃなかったどー!」
と精一杯怒鳴るが声は弱くミツさんには届かない。
たまに聞こえても相手にされない。
『そうだった、そうだった、なつかしいどい』
『これはじっじんの記憶でしょ』
『自分の記憶なのに想いだしたように見ているね』
ミツさんは手打ちソバを作り、売り歩いた。
クマさんには人には見えないハエがたかるようになる。
いつも縁側でハエたたきするだけの毎日になった。
想いだすのはあのトンネル事故のこと。
『そうどい、そうどい、何もかもあのトンネル事故が原因どい。
今、こうやってじっくり振り返ってもそう思うどい』
じっくりのクマさんはふと気がついた。
『うん?ちょっと待てよ』
『どうしたの?じっじん』
記憶の再現を見せられて、何かが見えた。
『おい!マクラウリコ!
ちょっと巻き戻してくれい!』
『はいはい、お客様』
『あのトンネル事故のところどい!』
“キュルキュルキュル……”
想い出を巻き戻してみる。
あちこちの山肌が爆発している。
今まで掘ったトンネルがつぶされる。
山から転がってきた大きな石。
その石と一緒に無数の爆弾も転がってくる。
『あれだ!』
開通したばかりのトンネルの上の山に何者かが居る。
『ホントだ!』
モグラのような姿でヘルメットにサングラスをした悪さ生物だった。
『邪運化だ!』
『あの時の事故は邪運化のせいだったのか!』
『そうだよ!じっじん』
記憶の再現で初めて知った真実だった。
クマさんは歯をむき出して眉間にシワをよせた。
『くー、悔しいどい……』
いつものクマさんなら頭がカーッと熱くなり、無念のハエがたかっていた。
しかし、食肉植物、マクラウリに包まれて怒りの念が出ない。
重くのしかかった眠気のせいだった。
『ああ、眠い、眠い、負けそうどい……』
『お客様—お楽しみいただけましたかあぁぁぁぁ……』
マクラウリコの声が優しくて余計眠気を誘った。
『ほおああああ、おやすみー』
半透明のクマさんは次第に深い闇に落ちて行く。
消えてなくなりそうな意識……
“あっくる!あっくる!”
『じっじん!寝ちゃだめ!』
『じっじん!起きて!』
ユラオラの必死の声がする。
“あっくる!あっくる!”
“あっくる!あっくる!”
眠り込む寸前のクマさんは耳元のあっくる玉の強い信号で目を覚ます。
“あっくる!あっくる!”
あっくる玉は危険を示す赤い光を点滅させていた。
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