第33話チョコレートパフェ(後編)
「……おいしかった~」
「それはようございました」
ふう、とため息をついて、お客様は椅子の背にもたれかかります。
お腹をこわさない程度に、量は調整していましたが、お客様は見事なまでに綺麗に、ぺろりと、パフェを完食されました。
見ている私の方も、幸せになるくらい、それはそれは嬉しそうに。
美味しそうに。
ですから、次のお客様の台詞に、お答えするのは心苦しいものでした。
「また、たべにきてもいい?」
思わず、答える表情が暗くなります。
これを告げることは心苦しい。本当なら、いつでも来ていただきたい。
けれど……。
「……。申し訳ございません。お客様は、もう、こちらにはこられないと思います」
「どうして!?」
「ここは、そういうお店なのでございます」
「だから、どうして!?」
「……。ここは、ひと時の夢のようなお店。お客様は、こちらで一度満足を――心の充足を得られました。そして、鱗を落とされた。それならば、お客様はもう、当店に頼ることなく、ご自分の力で歩んでいかなくてはなりません」
「なにいってるのかわかんないよ! ぼくが『びんぼう』だから、だからもうこられないの?」
「そうでは、ありませんよ……」
お客様は私の顔をじいっと見つめておられました。
そして、私の悲しそうな顔を見て、何かを察してくださったのでしょうか。
「もう、こられないんだね……」
寂しそうに、そう、つぶやきました。
私は頷きます。
どんなに来たいと願っても、ここはあちらの世界とは切り離されたお店。
いつでも、好きなときに、訪れることができる場所ではないのです。
「……じゃあ、ぼくがつくる!」
「……え?」
ひと時の沈黙の後。
これまでとは打って変わって、明るく発された言葉に、私の目は丸くなりました。
「おねえちゃんがつくってくれないなら、おねえちゃんのあまいものがたべられないのなら、ぼくがじぶんでつくるよ! とってもおいしいのを! それで、おかあさんにもたべさせてあげるんだ!」
「……!」
私は、絶句しました。
お客様の強い強いその笑顔に、圧倒されてしまって。
食べられないなら、自分で創ると言う、その熱い思い。
そして、その言葉に。
どこか既視感を抱いて。
(――わたしがつくる。おかあさん、いつかきっと、わたしもおいしいおかしがつくれるようになってみせるわ)
めまいがするような、一瞬の思い出。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
はっと気がつけば、お客様が心配そうに私を覗き込んでおられました。
私は慌てて取り繕います。
「だ……大丈夫ですよ。ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「おねえちゃんのことばはむずかしいね……。でも、げんきになったならよかった!」
ぴょこん、と。お客様は立ち上がります。
「じゃあ、ぼくはいくよ。『べんきょう』して、あまいものをつくれるひとになるんだ! それで、じぶんであまいものをいっぱいつくって、いっぱいたべるんだ!」
お客様がおとした鱗はカルサイト。
宝石の意味は、自信・豊かな感受性。
「そうですね……。お客様ならきっと、素敵なパティシエになれますよ」
「ぱてぃ……なに? うん、でも、きっとおねえさんにまけないくらい、おいしいものをいっぱいつくってみせるよ。そうすれば、いつでも、あまいものをたべられるもんね!」
「……ふふ。そうですね。お客様の作ったスイーツを、いつか私も食べてみたいです」
「じゃあ、ぼくもうおかあさんのところに、もどらないと。『パフェ』たべさせてくれてありがとう! おいしかった! それじゃあね!」
あくまでも明るく元気なお客様に、私の顔も思わずほころびます。
「ええ、お客様。お客様の旅路に幸あるよう、お祈りしています。――それでは、また」
「よくわからないけど……ぼくのこと、おうえんしていて! またね! ばいばい!」
そうしてお客様は、お店の扉から出て行かれました。
***
「よう、シュガー」
「……あ、ウロさん!」
「どうしたよ、ぼーっとして。いつもふぬけた顔をしてるが、今日はより一層だなあ? ええ、おい?」
「ウロさん、ひどいです!」
とっさに言い返し、それからぽつりと、私はつぶやきました。
「……思い出したんです、昔のこと。少しだけ、ですけど」
「……」
「今日のお客様と同じ。私も思ったんです。昔むかし、今よりもっと小さかったときに、願ったこと。とっても美味しいスイーツを食べて、その味が気に入って気に入って……。いつまでも食べていたくて、帰りたくないってお母さんにだだをこねました。お母さんにいくらたしなめられても、どうしても我慢できなくて……とうとう、宣言したんです。私が、自分で作る――って。私もいつか、こんなに美味しいものを創れるようになりたいって、思ったこと。――思い出したんです」
「そうかい」
ウロさんは、飄々としてそれを聞いています。
私は苦笑して続けました。
「でも、思い出したのはそこだけですけど。私は、そのあと、どうしたんでしょうね……? 今こうしてお菓子を作っているということは、無事にお菓子職人さんになれたんでしょうか? ――そして、それから私はどうしたんでしょうか?」
「それを知るために、シュガーは今ここで働いてるんだろ」
「……そうでした。そうですね」
忘れていました。
ここでの生活に、あまりにも慣れ過ぎて。
もともとは、それが目的であったこと。
私は、自分を探すために、ここでこうしてお菓子を作っているのだということを。
でも、そのまたずっと昔――。
本当のはじまりは、この甘くて素敵な食べ物への、熱いあこがれ。
それを、本日のお客様は、思い出させてくれました。
「この分だと、残りの記憶を取り戻すのも、そう遠いことではないかもしれませんね――ね? ウロさん」
「さあ、どうだかな」
「ふふ、ウロさんの憎まれ口にも、だいぶ耐性がついてきましたよ」
貯鱗箱に貯めた鱗を、ウロさんに引き渡します。
引き換えに、幼い日の思い出を胸に秘めて。
私はまた明日を過ごしましょう。
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